第54話 久しぶりの会話

 いきなり大声が聞こえてきた。

 友明の病室から?

 「…、それは俺の勝手だろう。あんたの子供は3人のうち2人は結婚した。

 優人は子供も生まれ、あんたには自分の血を引く孫が出来た。

 それに、俺は結婚なんてまだ考えてもないし、相手もそうは思ってない」


 え、なんだ?

 誰と何を話してるんだ?

 そう思うと、壁に耳を押し当てて聞いていた。

 「私は、男である『あの人』を好きになったわけではない。

 ただ、好きになった人が男だった。それだけだ」


 え…。

 はっきりと聞こえてきた、その言葉に凍り付いてしまい、そこから動けなくなった。誰を好きになったんだ?退院時期を考えるのに、そろそろ外出時間を長引かせたいと脳外科から打診があった矢先に、この言葉だ。


 そうしてると、誰かが出てきた音が聞こえてきたので振り返ると父親だった。

 しばらく考えて病室に入ろうとした。


 こんこん。


 ノックして入ってやる。


 「お加減いかがですか?」

 「今日と明日は回診は休みのはずですが」

 「昨日のうちに連絡を貰っててね。外出時間を長引かせたいと聞いたもので、その事をどう思ってるかな、と打診のつもりで聞きに来たのだけど…。その表情から察するに、嬉しいなと思ってるだろう」

 「はい、すごく嬉しいです。だって3時間なんて、あっという間なんですよ。せめて午前から夕方までとかは欲しいですね」

 「我儘を言ってくれるが、当日の体調にもよるぞ」

 「はい、万全を期しておきます」


 聞きたい、友明は誰が好きなのか。

 なかなか動けずにいると、友明の方から寄ってきた。

 「どうかされたのですか?」

 「い、いや…、腹減ったなと…」


 ぷぷっ。

 久しぶりの笑顔だ。

 「ともあ」

 「ここに居ると上げ膳据え膳でしょ。なんか、腕が鈍ってるようで料理したい病が出てくるんですよ。そうだ、外出許可が出たら、自分で料理して食べよう」

 「そうだな。その時は声掛けてくれ。お前の味を忘れそうだ」

 「え…」

 「どした?」

 「そういえば、まだ返事を聞いてないのがあるんですよ」

 「なにを?」

 「脳外科の先生に聞いたのに、返事は保留だって言われて…」

 「どんな事だ?」

 「『激しい運動は止めるように』とドクターストップを貰った、その時に聞いてみたんです。それなら、セックスは?って」

 「えっ」

 「セックスは運動ではないと思うのですが、それでも身体は動かすわけでしょう。院長先生、どうなのですか?」


 熱心な表情で聞いてくるが、何も言えない。

 それどころか、セックスという言葉に反応してしまってる自分がいる。

 「あの時は、『まずは退院が先だ』と言われたのですが、院長先生はどう思われますか?」

 「そ、そうだな。先に退院をして…、そこからだな。じゃあ」


 クルッと身体をドアの方に向け昼食を食べに行く。が、引っ張られてる。

 「院長先生。セックスは運動っ」

(セックス、セックスばかり言うなっ!)

 自分の顔が恥ずかしさから赤くなってるのが分かる。

 「担当の脳外科の先生がそう言ったのなら、そうだ」

 振り向かずにそう言うと、手が離れた。


 バンッ!


 その音は、ドアが顔に、鼻にぶつかった音だった…。


 鼻の辺りを手で押さえ蹲っていた私に向かって、友明は笑いながら言ってくる。

 「あーあ、だから引っ張ってたのに。大丈夫ですか?」

(嘘つけ)と思いながら睨んでやる。


 私にぶつかってきたドアは、ナースが開けたみたいだ。

 「院長、大丈夫ですか?顔が赤くなってますよっ」


 赤いのは、ドアがぶつかってきたからだ。

 うん、そうだ。

 決して、友明とセックスをしたいから赤くなったのではないぞ。

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