第35話 酒のツマミ

 友明の言葉は続いていたが、あまり聞いてなかった。集合写真を見ながら、どこに写ってるんだと疑問だったが。


 友明の言葉に引っかかった。

 「そのマルクから何も聞いてないのか?1人の人間について。医学部だけど、声楽で歌ってる人のこと。なにしろ医療の事についてはドイツ語で専門用語の話しができた、ってことを」


 それは、電話してきた日に聞いた。

 『女子学生の1人でね、歌の凄い上手な人がいたんだよ。その人、すごく美人で私好みで。つい楽しくなって自分の仕事のことを話してしまったんだ。

 そしたら、ドイツ語なのに医療の専門用語で返されてビックリしてしまった。

 たけど、その人は医学生なんだって。

 なので、言ってしまったよ。「卒業したらおいで。面倒みてあげるよ」って』


 いつの間にか、iPhoneは友明の手に移っていた。

 そしたら、そのiPhoneの拡大写真を自分の顔に横つけて言ってきた。

 「よーく見て、なにか分からない?」

 そしたら、写真と同じ笑顔をしてきた。

 でも、写真は女性だ。

 マルクとのやり取りを思い出して、もしかして…と思った。

 友明の顔にメイクをさせてカツラを被せて想像してみる。

 暫らくして、まさかと思ったら脱力を感じた。


 色々と弁を述べてくれた友明を前にして、言い切った。

 「でも、これは持っておく。

 女装すると、こんな美女になるんだ。とっておきな、貴重な一枚だ」


 片思いだったのに、失恋してしまった。

 しかも、最悪な形で…。

 しかし、分からないもんだな。

 手に入らないと思っていた女性が、実は女装した男だったとは。

 しかも、その男が側にいるんだからな。

 世間は狭いというが、ほんとに狭いんだな。

 泣きたくても、驚きの方が強くて涙は出てこなかった。


 友明が寝室を出て行ってから数時間経ったが、戻ってこない。

 リビングで酒かなと思い、リビングに行くと呑み潰れて寝ていた。ソファに横たわり、テーブルには空の日本酒瓶が1本と飲みかけのグラスが置いてあった。その傍らには、アルバムと数枚の写真が無造作に置いてあった。

 それには、声楽科アルバムと題されていて、友明の顔写真が載っていた。  

 『3年の夏 in ドイツ』とタイトルが書かれているページが開いてあり、私が持ってる写真と同じ場所で撮った写真が数枚程貼ってある。

 そこには初日の日付が印されてあり友明の顔写真が載ってる。

 観光したのであろう観光スポットでの写真が違うページに。

 他のページには、なぜかドイツ本部正門前での写真に、本部長のボス=ジョシュアと人事部長モーガンとのスリーショット写真が載っている。

 本部に行ったという証拠か。

 たしか、モーガンから何か言ってきてたな…と、記憶を探る。


 フェス最終日にはafterとbeforeの写真まで載っている。

 それを見て、はっきりと思い知った。

 歌いに行ったのに、嫌々ながらでも女装して写真を撮って皆と談笑してる写真もある。おまけに、マルクまで写ってる。

 鼻の下を伸ばしたマルクは隣の美女の腕を支えてるように見せかけて、彼女の腰に手を回して写ってるのが3枚ある。

 彼女の嫌そうな表情のが2枚あり、残り1枚は澄まし顔で写ってる。

 どの写真にも、赤色でバツ印がされている。

 そこで「セクハラ」と言った友明の言葉を思いだし、ハッと気がついた。

 もしかして、嫌なことを思い出させてしまったのか。

 すごく嫌そうな顔をしては憎たらしいという表情をして言っていたのを思い出す。


 ウキウキと癒されていた私は、大切にしていた心の支えをバカにされ、しかも失ってしまったという思いで、本気で怒ってしまった。


 ソファで寝てる友明を見ながら、ベッドに連れて行くべきだろうなとは思ったがやめた。酒瓶を丸々1本も呑めば潰れるだろう。

 私もなにか…、水ではなく酒を呑みたい気分だ。

 何かないかなと思いキッチンに行くと、私が持ってきた日本酒がキッチンの入口にある冷暗所に置いてあった。その瓶とグラスをリビングに持って来ると、その声楽科アルバムをツマミとして呑み始めた。

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