第29話 新しい門出

 その後、サトル経由で打診OKの返事が来た。

 弁護士なりたてのヤツに、その事を言うと、なりたて弁護士はビックリしていたが、本人はどう思ってるのか。それが一番だと言われた。


 優介には打診OKの返事があった時に言っていた。

 そこは、私の、友明の信頼してる人の家だという事。

 そこでは、使用人がたくさん働いてるけど、お前はそこで働くのではない。

 そこで、勉強するんだ。

 しばらく考えていた優介は、私に聞いてきた。

 「トモ兄は?」

 「その家には1年間に3回位しか行かない。親戚の家と、そこの家とどちらが良い?」

 即答だった。

 「そこの家」


 親戚の家に対して、なにやら思うところがあったらしい。

 どうしてもイヤだ、と。

 子供の純粋な本能は、危険を避けるって言うからな。

 だから、弁護士なりたてのヤツの勤務先に行き、そこのトップと話しを付けた。

 親戚の家ではなく、新しく移り住む新居先の方に。

 そこの場所と人物を言ったら、ビックリしていた。

 まあ、当然な態度だろう。


 その月の終わり、優介は新しい家に入る。

 サトルが迎えを寄越してくれて、車はその家の門をくぐり玄関先に着いた。

 そこの主人が玄関に出てくれてるのに気づき、真っ先にお礼を言いに行った。

 「『御』、お久しぶりです。お元気でしょうか?」

 「おお、ボス。久しぶりだな」

 「この度は、受け入れてくださりありがとうございます」 

 「ボスも、このまま来てくれてもいいんだぞ」

 「はは、考えておきます」と返して、優介を手招きする。

 「この子が、そうです。優介、自己紹介を」

 「斎藤優介、5歳です。よろしくお願いします」(ペコリ)

 きちんと言えて、持ってきた菓子も渡すと礼もしてる。

 康介、お前は礼儀だけでなく色々と躾けていたんだな。


 御は、優介の頭を撫でながら言ってくれた。

 「『斎藤優介』か、いい名前だな。それに自分で言えるのは大したものだ。

 悟、お前も早く子供が欲しくなるだろ」

 と振られたサトルは、ただ一言。

 「何言ってるのですか、私はまだ学生ですよ」

 サトルは優介に振り向き、

 「優介君、この人は頑固ジジイと思ってれば良いからね。

 おいで、君の部屋へ行こう」


 優介に、これだけは言っておきたかった。

 しゃがみ込んで優介の肩に両手を置き、私は言った。

 「優介」 

 「うん?」

 「忘れるなよ。お前は斎藤優介だ。斎藤康介の子供だ。

 人に優しく、また人を助ける。そういう思いで付けられた名前だ。

 自分の名前に、康介に自信持て」

もう一つ。

 「自分でやれる事は、自分でやれ。いいな。約束だ」

 「うん、約束する!」

 久しぶりに優介のキラキラとした瞳を見た。


 「御、よろしくお願い致します」

 「ああ、任せなさい」

 「サトルも、よろしく」

 「ラジャ。毎日大学で会うのだから教えてあげますよ」


 「優介。それじゃ、また会おうな」

 「うん」

ふう…と溜息が出た。

 優介に教えてやるかと思いながら、口を開いた。

 「優介」

 「ん?」

 優介の頭をグリグリしながら言ってやった。

 「そこは、『はい』というものだ!」

 「はい、分かりました!」


 ワハハッ!と、そこに居合わせた運転手も含み、皆が一斉に笑う。

 優介は彼らの様子を見回していたが、一緒に笑ってる。


 ここには年に数回来る。

 声を掛ける時があるだろう。


 今日は、あっちの家に帰ろうかな。

 そして、優人と久しぶりに夕食を食べるか。

 まだ5歳の優介は15年後には、どんな人間になっているのだろうか。

 楽しみだな。


 たまには歩くのも良いもんだな。と思ってたのに、後ろから車が近づいてきた。

 「友明様、お送り致します」

 「いえ結構です。運動不足なので歩いて帰ります。今日はありがとうございました」

 「そうですか、それではお気をつけてお帰りくださいませ」

 それでは、失礼いたします。


そう言って、運転手は、そのままバックで玄関近くにある駐車場に入れた。

お見事!と思ったものだった。


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