第21話 服の貸し借り

 「え、ここは…」

 「私の家だ。知ってるだろ、入口には来たことあるだろう。マンションに」


 あぁ、あの高級マンション。

 まだ『Home』でバイトしてた頃に、自転車で来た所か。

 「え、でもなんでここに?」

 ため息をついて、答えてくれる。

 「なんで、あんな所で呆けてたんだ?雨が降ってるのにもかかわらず…。

 たまたま近くを通ったから見かけただけなんだけど、風邪でも引きたかったのか?

 ずぶ濡れだったから、連れてきただけだ」


 そう言うと、紅茶だと言って目の前に出された。

 頂きます、と言って紅茶を飲む。

 茶葉を用いての紅茶だ。

 何も入れずにストレートで飲むと、気持ちが落ち着いてきた。

 気持ち的に落ち着いてきたので、親友の死と、それに対しての自分の気持ちを言っていた。

 それを聞いて、ひろちゃんは言ってきた。

 「私には、そんな時期というのは無かったな。

 父が死んでも、ああ死んだのかという気持ちだけだったからな。

 私には親友と呼べる人はいないが、そういう呼べる人がいるだけで幸せだと思うぞ。

 それに…、医者を辞めるのは、いつでも出来る。

 学生時代というのは、一度だけだ。せっかく医学に入ったのだから、医師免許取るまで頑張れば?医学に行ったのだから、医者しか道が無いというわけでは無いだろ」


 え、何か目からウロコが…。


 「ん、なんだ。医者しか道が無いと思ってるのか?

 お前は、合気道やってるだろう。合気道の先生というのも有りだぞ。医者の資格を持った合気道の先生ともなると、道場と診療所が開ける。しかも、有段者相手にもテキスト試験対策のアドバイスも出来るよな。違うか?」


 その時、私の頭の中には、ある人の言葉が蘇ってきた。


 医学に通ってるのは父の意思だが、本人はコンピューター関連に就職すると言ってるサトル。その為に、サトルは夜間の部でコンピューターを専攻してる。


 医学に通ってるのに、就職先は父親と同じ警察関係だと言ってるマサ。

 マサも、公務員試験に臨むための勉強をしてる。


 地元の香港に戻れば、父親の跡を継ぐことが決まってるワン。

 ワンも、世界を知るために日本に来てる。


 その彼等の顔と言葉が浮かんできた。


 では、自分には何がある?

 少林寺と合気道しか無い。

 ピアノなんて独学だし、声楽も教養科目として4年間やった。

 「まあ、しばらくは頭の中を空っぽにするのも手かもな」

と、ひろちゃんに言われ(それもそうだな)と思うようになった。


 「ところで、どっちがいい?」と聞かれ、なんのことだろうと思うと、

 お前の服、ずぶ濡れでクリーニングに出してるのだけど2,3日かかるんだよと言われた。

 って、え…、クリーニングに出したって?

 

 「ふ、服お借りできれば、貸してください。」

 自分の顔が真っ赤になってるのかが、分かる。

 そういえば、この人には自分の裸を見られた事があったんだ。

 それを思い出したら、ドキドキと鼓動が鳴ってくる。

 クローゼットに近づくと、何かに足を滑らせた。

 「うわっ」

 転んだ私は、着ていたバスローブがはだけて何も着てない下半身を晒していた。

 すぐさま、起きては「見るな」と言っては、隠していた。


 くすっと笑い声がしては、ひろちゃんが言ってくる。

 「隠さなくてもいいだろう。正月明けだったかな。あの時は、じっくりと見させてもらったしな」

と、ウインクまでしてくる。


 うわっ…。

 思い出したくない事を言ってくるなー。

 「それに、風呂場に入れるのに裸にして放り込んだのは、誰だと思ってる?」

 それを聞いてグッと詰まり、何も言えなくなってしまった。


 くすくすっと、人の悪い笑い方をしては言ってくる。

 「まあ、男同士だからな。心配しなくてもいい」

 「どういう意味だよ」

 「ん、私はノーマルだという意味だよ」

 ところで足見せてみろと言われ、この人、ほんとに目ざといなと思ってしまった。


 少しばかり考えていたら、あろうことか横抱きされてしまった。

 「え、降ろせっ」

 「黙って、素直に足を見せてれば済むことだったのにねー」

 と返されてしまった。

 これって、横抱きって…、お姫様抱っこ、だよな。

 どこに連れて行くきだ、もしかして…。


 素直に抱きかかえられていると、「何も言ってこないと、不安になるんだけど」と言われたが、こっちも不安なんだよ。

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