第69話 黒翼斬魔と微生界王の連携


「では行って来ます。国王二人は住民の避難指示や誘導を、他の侍たちや警備兵たちに伝達をお願いします。敵の強攻撃だけは何が何でも阻止しますが、万が一に備えてください」


 そう言い、ハーネイトは背中からバーニアを展開し、城の窓からそのまま飛び立つ。それをアレクサンドレアルと夜之一は見送り、至急部下たちに命令を出した。


「さて、何番を使うか。氷と風、後は無属性か」


 どの魔法を使用するか考えつつ、数十秒でヴァンオーヘインの近くに到着した。大分弱っているものの、魔獣の再生能力は健在であった。そしてヴァンオーヘインが足元を破壊されても拘束を力づくで振りほどこうとし、突撃しようと伯爵にいきなり襲い掛かろうとした。


「ぬっ!こいつしぶといな、ってうおおおお! 」


 伯爵は突然の奇襲に一瞬動きを封じられ、ヴァンオーヘインの巨体をもろに喰らう寸前であった。その時一人の男の声が聞こえた。


「悔いの牢獄 無快の大箱。捕らえし者に適し与えよ苦悶の罰。黒界の魔檻は魂逃すことなく只其処に有り!大魔法が73の号!黒獄暗界(こくごくあんかい)」


 その声と共に上空が突然暗くなり空から巨大な黒い鉄檻が落下しヴァンオーヘインの巨体を完全に覆い尽くした。そして伯爵は瞬時に後方に移動した。


「更に重ねる!魔より来る 大いなる枷 黒く空を染めおおい重なる蛇のよう、捕らえろ鉄鎖の無限牢獄!大魔法26の号・鎖天牢挫……っ!(さてんろうざ)」


「グギ、グウウウウウウ!ッ!」


 ヴァンオーヘインは、ハーネイトの放った大魔法により完全に身動きが取れなくなりもがき苦しむ。そして檻から発せられる邪悪な気と、鎖天牢座による魔粒子で作られた鎖に縛られ、行動選択の余地を奪われていた。


「間にあった、な」


 伯爵は自身の上方からその声を聴くとその方向を見た。そして彼の顔が笑顔になった。


「相棒!目覚めたのか!ったくよ、心配したんだぜ」


「ああ、どうにかな。しかし相変わらず恐ろしいものを。というか切ったところに微生物をまぶしてくっつけられなくしたらどうだ。そうすれば勝負ついていたはずだ」


「あ、そういうことか。確かにできなくはない」


「それはいいんだが、こいつには倒し方の順番がある」


 ハーネイトは伯爵に戦い方について助言をしつつ、倒し方について説明をした。


 彼は過去にこのヴァンオーヘインと三回も戦っているため、破壊する順番についてよく理解していた。最初に尾っぽ、次に立派な牙、最後に首元を攻撃することで再生能力と大攻撃の両方を封じることができる。その話を聞いた伯爵は内容を理解した。


「おもしれえな。魔獣狩りは」


「本気で活躍したいなら、俺の書いた本を読めばほとんどの魔獣は楽に倒せる。帰ったらあげるよ。だからまずは!」


 伯爵に自身の書いた本をあげることを言った後、ハーネイトは魔力で体を覆い、大魔法の詠唱を始めた。


「無進の刻 命時の秒針、回りて巡りて運命辿りて 古よりの大時計が時天を御する。大魔法が9の号・運命時計(うんめいどけい)!」


 そう彼が詠唱を終えると、空に手をかざし、それを振り下ろす。すると魔檻に囚われたヴァンオーヘインの足元に巨大な時計盤が現れ、黒獄暗界の呪いの効果を更に早めながら、その巨体の動きをまるで時間が止まったかのように固定したのであった。


 大魔法の70番台は闇に関係する属性魔法である。その中でも73番目の黒獄暗界は状態異常を与えつつ動きを封じる巨大な魔檻を呼び出し落とす大魔法であり、無属性以外では珍しい拘束系である。


 これで最悪の結果である直接攻撃による城下町への被害の懸念は封じることはできた。そしてこれは魔猪の放出攻撃も封じるほどの強固な結界でもあり、動きを拘束した状態ではもちろんのことだが他の大魔法も成功率が格段に跳ね上がる。


 ハーネイトの選択はヴァンオーヘインの抵抗する力を削ぐ事にあった。更に9号の無属性大魔法「運命時計」で呪いの浸食速度を上昇させつつ、動く速度を時を歪ませて遅らせていた。


「ほう、これが魔法と言うやつか」


「リリーも使えるぞ。てかリリーはどこだ?」


「あ、そういやどこにいるんだ」


 その時ヴァンオーヘインの背後から強大な魔力を感じた二人。そしてさらに上空に移動してリリーを見つけた。彼女は精神を研ぎ澄ませ、手にした宝石がきらめく杖を素早く頭上で回転させる。


「疾翼の羽 暴風の威。地を削り岩を食む。裂き断つ青嵐よ交われ吹き荒れろ!大魔法が51の号、蒼碧暴風嵐(そうりょくぼうふうらん)」


 リリーも高い声で叫ぶように詠唱しながら大魔法を解き放ち、魔獣の側面から青と緑の竜巻を発生させ巻き込みぶつけ、凄まじい風の爆発を引き起こした。その一撃は周辺の草木を広範囲に渡りなぎ倒すほどであり、ハーネイトと伯爵も思わず咄嗟に身構えるほどであった。


「ありがとう、師匠。おかげでよく決まったわね。フフフ」


「ちょ、そんな奥の手。旅をしていた時は見せてなかっただろ!」


「いい女には、秘密の一つや二つ、ね?」


 伯爵の言葉にリリーがニコッと笑いながら杖を手元でくるくるっと回転させた。そして師匠であるハーネイトの役に立てていることに彼女は喜びを感じていた。


「よくやった。まさか一撃で3か所を同時に破壊するとは。私が教えた者は全員大成するのだが、リリーは弟子の中でも一番魔法を早く覚えた。流石だ」


 ハーネイトは弟子を何人も育ててきたが、その中でもこのリリーという少女の潜在能力に嫉妬するほど、その高い魔粒子運用能力を評価していた。ひとつずつ敵の弱点を攻略しようと考えていたが、リリーの一撃でそれが不要と判断した彼は、近くにいる仲間たちにこう伝える。



「残すは頭の部分だ。各員総攻撃を!胴体の肉の部分は食材として有用だから極力攻撃は避けるんだ。頭部を破壊すれば終わりだ」


 そんな中、騒ぎを聞きつけ、城下町に住んでいる住民が城のある丘の方に駆け上がり、戦闘の様子を見ていた。伯爵の攻撃を見ていた住民はその破壊力に期待していた。あのハーネイトと肩を並べる男は誰だろう、集った民たちは誰もがそう思わずにいられなかったのであった。


「すげえ、あの紫の男」


「ハーネイトといい勝負してるな」


「ハーネイト様とあの男は仲間なのかしら、でも頼もしいわね!」


「あの巨人、夜之一様を助けたあの褐色の男だ!いいぞ、やれやれ!」


 ハーネイトたちの活躍で、魔猪の動きが明らかにおかしい。それを見ていた民衆たちはひたすら応援し続ける。


「あの男の大剣、すげえ威力だった。あの化け物を豆腐を斬るように楽々と切り裂きやがる」


「新しい英雄か、あれは」


「あれが何だろうと、俺たちを助けてくれたことは間違いねえよな?」


「だろうよ、あんな化け物に恐れず立ち向かえる、それだけで救いだ」


 そして伯爵の存在が徐々に認められつつあったのである。夜之一の目論見は的中し、ハーネイトだけでなく伯爵にも声援が送られる。


「遠くから、聞こえてきたな」

「これが、声援か。なんだか漲ってくるな!」


 伯爵は自身が応援されていることを嬉しく感じ、闘気をさらに上昇させる。彼は調子に乗りやすく、それが良い方向に働いていた。


「いいぜ、俺もみんなを守る!認めてくれる者達のために戦うぜ。これが、一つの答えだ相棒、ド派手にいくぜ!」


「無論だ、速攻で片を付ける。それと、今の自分ならこれくらいは制御できる!戦形変化(フォームアウト)・黒翼斬魔(ディアヴル・ノワールレゼル)!」


「いいわ、私に続いて!」


 リリーがそう言い、再度詠唱を始める。そしてハーネイトは手元にエクセリオンキャリバーを呼び、しっかりと両手で持ち構える。そして伯爵は再度菌帝剣を作り出し、魔猪を空から見下ろしながら双方が並ぶ。


「5の鉄塔 5の玉座。互いに引かれ、撃ち合う光。五色に束ね焦点を黒焦がす!大魔法が17の号・黒塔五光(こくとうごこう)!」


「黒き斬翼(ノワールレゼル・ペネターヴァルラム)!」


「菌帝剣!醸して喰らうぜ!」


「それに、私の雷!一点集中・ライトニングペネトレート!」


 リリーは17番目の大魔法「黒塔五光」を発動する。魔物のいる地面から五つの黒い塔が地面からせり上がり、その頂点にある巨大宝石からそれぞれ魔物の頭部に向かって五色の光線が発射される。それは頭部の分厚い装甲を破壊した。


 だが最後の抵抗を見せ、口から強烈な白いエネルギー弾を発射しようとしていた。それをぎりぎり間に合ったエレクトリールが走りながら叫び、強大な雷撃を天から打ち込み感電させて完全に動きを止めることに成功したのであった。


 そこにベストなタイミングでハーネイトと伯爵が、頭部めがけて菌帝剣と、戦形変化したハーネイトの黒翼を伸ばしながら刃の如く切り裂くようにクロスさせながら直撃させ、ヴァンオーヘインの頭蓋骨を粉みじんに砕き、その中にある脳を完全に破壊することに成功した。


 それによりゆっくりと、最後の声を叫ぶ間もなく頭部を失った胴体が地響きをあげながら横たわった。その衝撃で周辺の地形の一部が変形するほどの衝撃であった。

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