第53話 魔本変身と戦形変化(フォームアウト)
「は、はははははは、こんな隠し球とはさすが唯一のライバルだ、ついに来たか。これが幻聴の正体かよ!」
伯爵は苦しみで悶絶するオプタナスの中から出てきたものを見て、彼の快活な笑い声が森の中を振動させる。
そう、胸を引き裂かれたオプタナスの中から、黒褐色の生々しくも金属的な、前腕が太く弾倉のような、異様な形をした巨大な腕が現れた。
「ひ、ひぇぇぇえ!」
その姿を見て凛音がさらに叫ぶ。すると更に腕が突き出て、オプタナスからハーネイトがずるっと脱出した。そして勢いよく飛び出し、地面に降りるとすぐさま振り返り、オプタナスの血に濡れながら重たい悪魔の腕を素早く突き出した。
「何てパワーだ。おったまげたな」
伯爵がその力に驚いていると、ハーネイトは武器庫のような悪魔の前腕から、ガトリングを展開するないなや無数の魔弾を発射した。その無数の橙色の弾丸はすべて、今にも息絶そうなオプタナスの体を一発ごとにずたずたに引き裂いていく。
それにより崩れていく魔物の体を見て、さらに追い打ちをかけるようにフォレガノの腕から魔力を噴射してその勢いで突進すると、オプタナスのコアを変化させた腕、デス・マニピュレートクローでがっしりと掴んだ。
「は、ハーネイト、ハーネイトだよね。何て姿なの?こんなものが彼の体の中にあったなんて。
「心臓をあっという間に、なんて力なのよ」
「ピギィィィィ!キシャャャャャ! 」
今にも命の火が消えそうな状態の中、最後の抵抗を見せようとするオプタナス。ミカエルとリリーはその光景に絶句しながらも、瞬きせず見つめていた。そしてハーネイトとフォレガノがその掴んだコアを鋭く太い爪でつかみ潰した。その砕けたコアからは体液が激しく噴出していた。
「失せろ、化け物が」
「ギェアアアアアアアア、ギ、ギ……ッ」
心臓を破壊されたオプタナスは断末魔を盛大に上げ絶命した。その断末魔を聞きつけ、さらにリルパスの群れ、そしてイルゴルという大型の猿の魔獣が伯爵たちを包囲する。オプタナスが消えた今、ひっそりと隠れていた魔獣たちは飢えを満たすため今にも彼らに襲い掛かろうをしていた。
しかしその反応をハーネイトとフォレガノは見逃さなかった。だがハーネイトの方に限界が来ていた。
「ぐ、っ。まだこれだけ、いるのか。振り回される、力にっ」
「ぬう、そろそろか。初めてにしては良くやった」
「ほう、目覚めると面白い状況だな」
「貴様か、何をしにきた。機神の書が第1の機装鎧、ネイビーゼファー!」
紫の空間の中に新たに現れたものは、肩や腕を流線型の美しい装甲で覆い、肩から巨大な金属の羽を生やした紺色の機鎧「ネイビーゼファー」と呼ぶ古代人の超兵器が一つである。彼はフォレガノに交代を提案する。
「時間切れだろう?しかし敵はまだ来る」
「仕方が、ないか。あとは任せたぞ」
そういうとフォレガノは心の中から姿を消し、代わりにそのネイビーゼファーという者が意識の中に割り込んでくる。そしてハーネイトは、紫の空間にあったある本を心の中で手に取り、その所の一ページ目を開くと手をそっとかざした。
「一瞬で片を付ける。力を貸しな。俺があんたを守ってやる。それと、眠っている龍の力とやら、引き出すのを手伝ってやる。そうでないとこの俺は力を発揮できねえ」
そういうと、ハーネイトの体が赤黒い光に包まれ、次の瞬間フォレガノの腕は消える。
それとほぼ同時に、彼の胸に黒と青の不思議な見たこともない紋章が浮かび上がり光る。すると体の奥底から、今までに感じたことのない膨大な力が溢れだすのを感じる。それはシャックスから攻撃を受け目覚めた霊量子感知運用能力と合わさる。
それから少しして、全身を紺色の装甲で身を包み、肩から巨大な羽を生やし手甲から青黒く光る剣を形成した彼の姿がそこにあった。
それこそが、古代人が研究に研究を重ね、異世界からの侵略者に対抗するために生み出された超兵器が一つ、機鎧(きがい)という兵器である。しかも、青の龍と黒の龍の力を一気に解放したことで今までにない力を、ハーネイトは手に入れ感じていた。
「喰らえ、絶望紺嵐(ネイビーフィアーヴォルテックス!)」
そう詠唱すると、周囲全てにいる魔獣を地面から紺色の剣で串刺して突き上げる。魔獣たちの、複数の苦しむ声が森中を震わせるが、すぐさまその剣から、すべてを切り裂く紺色の竜巻が噴出し吹き荒れ、刺された魔物たちはミキサーにかけられ粉々になったように絶命し、塵の一つも残さず消滅した。
「残りはあのでかい猿か、逃しはしない!」
さらにネイビーゼファーとなったハーネイトは両腕から紺色の剣を伸ばすと、5体いるイルゴルの1匹に対し素早く間合いを詰めながらその剣で首を刎ね、更に両腕の剣を射出しそれぞれがイルゴル2匹の胸を貫く。
とどめに残りの個体に対し両肩から禍々しく赤黒い光線を発射し肉片の一片すら残さず焼き払ったのだ。一連の素早い動きに伯爵以下その場にいた人全員が硬直していた。
そうしてすべての魔獣を倒すとすぐに、彼の変身は解除されて彼は元の姿に戻った。そしてハーネイトはそのまま地面に膝をついていた。
「ありがとよ、肉体を貸してくれてな。気に入ったぜ。それと、龍の力とやらも直接使ってみな」
ネイビーゼファーは彼にそういうと心の中から姿を消した。
「こんな力が眠って、いたのか。桁が違いすぎる」
「……ようやく、力が目を覚ましたな、ハーネイト!」
「ようやく、見つけたぞ」
あまりにも恐ろしく、制御するので精一杯な、新たな力。魔本による変身術を獲得した彼は戸惑いと、わずかな歓喜が体を支配していた。そのさなか、森の中に二人の男の声が響く。すると突然ハーネイトの前に、フューゲルとミザイルが現れた。
「き、貴様らは!」
「待て、ハーネイト。……俺らはお前の敵ではない」
「何故俺の名を?」
「ようやく、力が目覚めたようだなあ。まずはよくやった」
「何だと……っ!しかし、お前らはDGに所属している敵だ、味方なわけ」
「それは、こうだ!」
ハーネイトの問いに対し、フューゲルはかすかに笑った後すぐに振り返り、空に向かって手から炎弾を発射する。それに何かが当たり、地面に墜落する音が聞こえた。
「尾行しても無駄だ、徴収官・ミルコ!」
「貴様ぁああ!裏切るつもりか!」
「裏切るも何も、最初から俺とミザイルはDGの駒ではない。潰すために入ったのだ!」
フューゲルが攻撃した相手は、同じDGに属する異星人のミルコという、液体人間であった。ハーネイトの心配を取り除くため、彼は仲間を撃ったのであった。
「ハーネイト、私たちを外に出してください」
「頼む、マスター!」
その間にシャックスとユミロがハーネイトに話しかけ、それを了承すると二人をその場で召喚した。
「ふう、また会いましたね、フューゲルさん」
「お前ら、何を企んでいる」
「何をだと?それはこちらの台詞だお前ら。霊量士(クォルタード)でありながら、何故寝返った」
ミザイルは二人の姿を見るな否や拳を向ける。
「私は、この男、ハーネイトの在り方と人柄にほれ込んだだけですよ」
「うむ、マスターならば、DGを倒し平和な世界を取り戻してくれると、信じている」
ユミロとシャックスはそれぞれ、ハーネイトを守るかの如く立ち彼の可能性と在り方に惹かれてここまで来たことを告げる。
「だから、そうじゃねえ。それはまああれだ。よもや、霊量子の力を教え込むためじゃねえのか?」
「だとしたら、どうしますか?」
「ここで討つしかねえ」
「ミザイルさん、それを命じたのはこの私です」
なぜハーネイトの下にいるか、それぞれがそう述べるとミザイルは語気を強め、ある疑惑を向ける。けれどそれをフューゲルがかばう。
「んだと?」
「しかし、どちらにせよ彼は目覚めないといけない運命だ」
「さっきから、何を話している。……わかっていることがあるなら、すべて話せ」
「それならば、白い服の男をお前も探すんだな。それと、力とやらを見せてもらおうか」
ミザイルとフューゲルの話についてこれないハーネイトは苛立ちを隠せずに語気を強めて二人を脅そうとする。それに対しフューゲルは白い服の男、つまりあのオーダインを探せばすべてがわかるという。更に付け足し、今の力量がどれだけか見たいという。
「どういうことだ」
「徴収官を倒せ、先ほどの力でな」
「……ははは、お前らをまとめて、消去してやるぅううう!」
フューゲルの言葉を聞いていたハーネイトは、不意を突いてきたミルコの変形した腕に襲われるが、それをわずかな動きで彼は回避した。
「思ったより厄介だな。液体状が故に動きを読みづらい」
「……醸せ、菌幻自在。喰らい尽くせ・菌閃刃! 」
伯爵がハーネイトを助けるため飛び上がりながら腕を突き出し、菌でできた巨大な細い剣を瞬時に形成し、その人型生物の腕を食い落した。
「ぬぐがあああ、これは。うぐおおおお、体がしびれて、動けん! 」
「お前はもう、醸されている。今だハーネイト、ミカエル、リリー!こいつDGだ、腕のあのマークがその証拠だ。お前らがなんなのかあれだが、相棒は俺の物だ。口出しすんな!醸せ、神経死配」
さらに伯爵は敵に追い打ちをかける。それは伯爵の切り札の一つである相手の神経を微生物で冒し意のままに操る能力、神経死配であった。
そう、伯爵が微生物の剣で切り付けたところから無数の菌が侵食し、液体人間の神経を蝕み動きを封じるように命令した。伯爵の残虐な面が垣間見えるこの技はとてつもなく危険である。
「っ、くっ……何だこれはッ、身体の姿が……っ」
「ちょ、おい、お前その姿は」
「とうとう発現したか。それは、龍の力を持つ者だけが手に入れられる、戦形変化(フォームアウト)だ。龍の力を支配し、それに合った戦闘形態にお前は変えられるようになった」
「……戦形変化(フォームアウト)・黒翼斬魔(ディアヴル・ノワールレゼル)!」
ハーネイトは、黒の龍の力にて新たな力を獲得した。それは戦形変化。黒き6枚の翼と仮面、髪まで黒くなったその姿は、まさに黒い魔物。
「消えろ、黒翼斬壊!!!」
ハーネイトの首元から生える6枚の翼が意思を持つように動き、まるで刃のように見る子に突き刺さり悲鳴を上げるが、彼女は突然腕を限界まで伸ばし無差別に周囲を攻撃し始めた。
「うしゃああああああ!」
「ぐっ!何て奴だ」
その伸びる腕は鋭い刃の如く周囲の木々を切り裂いていく。その場にいた全員は防御するため戦技を発動した。
「醸せ、我が眷属よ!菌壁!」
「私たちのこと忘れてない?大魔法92式・離瞬想甲!(りしゅんそうこう)」
「残りは任せて!渦巻く熱気 散焼する陽炎 全てを惑わす灼熱の結界 獄禍の大炎よ私を燃やせ!大魔法35式・焔禍帳!(えんかのとばり)」
ミルコの攻撃を、ハーネイトは戦形変化、伯爵は菌技、ミカエルは大魔法でフューゲルや忍、シャックスらを守り攻撃のチャンスを作り出す。
それでも襲い掛かる腕の群れに対しリリーは炎系の大魔法、焔禍帳を発動した。それは炎の竜巻で自身らを守り、襲い掛かる脅威を強烈な炎で蒸発させる大技であった。
「DGを戦争屋集団にしたのは、徴収官たちの存在です。……ソニックアロー!」
「粉微塵に、変えてやる!大撃震!」
「逃しはしない。業魔炎渦(グラボロス)!」
攻撃が止んだ一瞬の隙を突き、シャックスとユミロ、フューゲルが同時に攻撃を仕掛ける。その連携にミルコは防ぐことができず大ダメージを負う。
「貴様らあああああ!DGに仇名して生きてられると……っ!」
「終わりだ、剥奪の光章 五式の牢鍵 肯綮穿つ閃光の帯 止まりて問え汝の罪を!大魔法83の号・五絞篭(ごこうろう)」
ミルコの叫びがつんざくように響くも、既にハーネイトは上空から詠唱し、五絞篭(ごこうろう)でミルコの体に光刃を打ち込み動きを封じる。それにもがき水の弾丸を無数に彼に対し打ち込むが、部分的に右腕だけをアンフェルという悪魔の強靭な腕に変えそれを受け止める。そしてその手に握った藍染叢雲で彼は強力な剣技を放つ!
「弧月流・魔皇斬月!」
ハーネイトは魔本変身の力も刀に乗せた、弧月流の一撃を放った。その一撃で、ミルコの体は修復不可能なほどに蒸発し、跡形もなく消えたのであった。
地面に着地し、ふらっとよろめくハーネイトは変身が解けて、息を切らしながらも力の可能性に、かなり体力を消耗して息をあげながらも改めてハーネイトは魔本の力と、龍の力を実感し興味を抱いていた。
戦形変化、それは創金術の力とにシャックスと戦った際に内側から感じた力、更に龍の力が共鳴した物であるとハーネイトは理解し、とんでもない物が眠っていたなと困惑を隠し切れなかった。
「……ここまでとは、な。……ハーネイト。一つ教えてやろう」
「な、何だ一体」
ミザイルは、ハーネイトに近づくと肩を貸した。そしてある話を切り出したのであった。
「お前は、女神ソラを倒すために生まれてきた男だ。女神を倒し、彼女から世界の支配権を奪う。それがお前の存在理由だ」
「ハーネイト、俺らはまだDGでやるべきことがあるが、終わった時は改めて話をしよう。何故Dカイザーが、お前を剣士の家に預けたか、それと龍の力についてだ」
フューゲルもハーネイトに対し意味深な話を切り出した。そしてシャックスたちに引き続き彼の力を引き出させるようにこっそり伝えた二人は、その場から瞬時に姿を消していったのであった。
「何なのだ、あの二人は……っ!だが、放ってはおけない。……彼らから情報を聞き出せば、全てがわかるはず、だ」
「そのようですね。女神ソラ……龍……」
「マスター、この戦いで、全てがわかると、いいな」
「そう、だね。ユミロ。……すまないが少しここで休ませてほしい」
「ええ、ハーネイト。……あなた本当にすごいわね」
意味深なことばかりを言う侵略魔、そしてもう一人の怪しい男。彼らがハーネイトの心を乱していくも、それでも彼はすべてを知りたい、その一心で突き進むのであった。シャックスとユミロも、ハーネイトの身を案じながら、この先どう導いていくかを考えていた。
「大丈夫?じゃないわね。伯爵、ハーネイトを治してあげて」
「リリーの頼みならいいぜ。従え、眷属ども。菌治癒(バクテリアリジェネレイト) 見た目だけでもきれいにしてやる。相棒、ナイスファイトだったぜ」
「私も手伝うわ。ほら、無茶するわね、本当に」
ミカエルや伯爵がハーネイトの体を手でかざし、微生物を光の粉にしてからやさしく彼の体に振りかけた。すると、ハーネイトの体についた残りの血や汚れが徐々に消えていった。伯爵の能力は破壊だけでなく再生や浄化も備えており、こういった面でも非常に丈夫なのである。
しかしハーネイトには一つ問題があった。肉体そのものは強靭なのだが、他人からの回復も、自身が放つ回復系の魔法も十分の一しか自身に効力が適応されない呪いがかかっている。
その代わりに彼自身が他人に与える回復力は数百倍にもなるという。その制約のため、本来ならば91番の大魔法とほぼ互角の力を持つ菌治癒(バクテリアリジェネレイト)も効果が半分も発揮されていない状態であった。
「あら、伯爵のも便利な力ね。しかし魔法ではないみたい。あなたは何者? 」
ミカエルは伯爵の能力を観察する。魔力反応は特にないのに、血や汚れを完全に消し去る。その力に関心を抱いた。
「何者かって?微生物の王様だが」
「王様…え、あなた王様なの?なんからしくないわね。てか微生物って……ええ?」
自身は王様だという伯爵、しかしミカエルからするととても王の威厳はなく本当にそうなのかと疑うほどであった。理由は様々あるが、恐らくノリの軽さがそういう認識を指せているのだろう。
「まあな。菌界、つまり別の世界からここにやって来た。まあよろしくな。美しいお姉さま?」
「言ってくれるじゃない、まあいいわ。とりあえずよろしく。だけど、あなた本当に味方なの?見るからに角とかあるし」
いきなりそう言われても何を言っているのだという表情を見せたミカエルに対し伯爵は微笑しこう言う。
「安心しな。ハーネイトの仲間なら、絶対に危害など加えるつもりはねえ。それは相棒が悲しむからな。それよりもハーネイトの体力を回復させねえと」
「ようやく、声が出せます、ね。戦いがすごすぎて、割り込めなかったです」
「これを、ハーネイト様に」
様子を窺っていた凜音は彼らの下に駆け寄ると一粒の薬を入れ物から取りだし、ハーネイトの口にそれを入れて飲ませる。
「一粒に相当な栄養が入った丸薬よ。どうかしら」
「うっ、まず、っ……苦いのは苦手なのだっ!」
口に入れられた薬の苦さに思わず目をかっと開くハーネイト。彼は苦いものが大の苦手であるため、結構堪えた様な表情を見せていた。
「妹よりは弱いけど、私だって。万象の癒し、全てを治す慈悲の光、ヒールセイントライト」
ミカエルは短杖を取りだし、ハーネイトに魔法をかけて癒しの光で癒す。すると徐々に彼の顔色がよくなってきた。
直接的な回復ではないものの、一時的に体内の気の流れを調整する魔法はそれなりに効果があるように見えた。
「はあ、ん、ふう…。助かった。迷惑をかけてしまったな。申し訳ない」
「それはいいけど、あとでああなった理由を聞かせてほしいわ。すごい力だったわ。あれはジルバッド譲りじゃない力だよね」
ミカエルはそう言いながら疑問を彼にぶつける。悪魔の腕、機械の体、魔人の力。そのどれもが破格の強さ。本当に人なのかどうかすら、フューゲルとミザイルの話を聞いてミカエルは疑問を感じずにいられなかった。
あの話が本当なら、ハーネイトはきっとこの先想像を超えた戦いに身を投じなければならない、そう思うだけで彼女は息が苦しくなった。
「しかしさっきのミスはハーネイトらしくねえよ。まあ結果はいいんだがなあ。時間のある時に話してくれや」
「これは、ハーネイトにとって一大事なことよ。この力の出現で、さらに力の由来への答えが遠のいた感じがするわ」
「いや、リリー。逆にこれは大ヒントにもなりうる。後で彼らと話をしてみる。そうすれば何があったか分かるはずだ」
リリーの発言に、そうではないと否定する彼は紅葉と凛音の方を見る。
「すみません、皆様。助けてくださってありがとうございまた。申し訳ないのですが、急ぎの用があるのでそろそろ離れたいのです」
「わかったわ。今起きたことは、他言無用よ」
「そうだ2人とも」
2人に対し、先ほど起きたことを口封じさせる。もし彼の能力が根も葉もない噂で捻じ曲げられてしまったらどうなるかと考えたミカエルと伯爵の意思であった。
「どういえばいいかわかりませんよ。でもすごかったです。ハーネイトさんは昔から、何もかも味方につけてしまう力があるとは言われていましたが、本当だったのですね。それと情報ですが、日之国の先にある街や国の幾つかに、DGと思われる不審人物がいるようです。擬態していない宇宙人みたいなのがいますのでもし見つけたらぎったんぎったんなのです」
「目的は不明ですが、何らかの作戦を行っている模様。更なる調査を行いますが、気を付けてください」
2人はそれぞれ敵に関する情報をハーネイトたちに教えた。それを手早くメモしたハーネイトは彼女らに礼を言う。
「ふふ、そうか。ご苦労だったな。早く里に戻るといい。慎重に、引き続き頼む」
「はい!では、失礼します」
「またよろしくお願いします。皆様にご武運を! 」
そう言い、2人は森の奥に走って消えていった。
「さて、先を急ぐか」
「その前に。こうしないとな」
ハーネイトは、引き裂かれたオプタナスに触れ、その場から消して転送した。心の中で見た光景、その中には彼が転送した様々なものが存在していた。
オプタナスも、同じところに飛ばされるのだろう。彼はそう認識した。この認識こそ、彼の新しい能力「次元力」である。このタイミングで、ハーネイトは内なる力の二つを受け入れ、今後運用できるようになったのであった。
「あの世界が、俺の心なのか。そして次元の裂け目、狭間。本当にどうなっているのだろう。イマージュウェポンの件と関係があるみたいだし、エレクトリールなら知っているかもしれないな。味方ね……。前々からそうだったな」
彼は複雑な顔をしながら、改めて自身の体も心も人とは違うなにかがあるのだと認識した。そして、自身がすべてを味方につけて戦える不思議な力があることを再認識していた。天使も悪魔も、古代兵器も魔人も。自らが受け入ればみんなが答えてくれる。
その理由までは自覚できなくとも、彼にとってはそれよりも大切なことを学ぶことができた。しかも、龍の力という者まで手に入れることもできた。
それは宿っている力、背負った運命、定めに目を背けるなということであった。それを自覚した時、ハーネイトは避けられない戦い、終わりのない闘いの日々に身を置くことになったのであった。
「どう、行けそう?」
「ああ。先を急がねばな」
彼はそういいながら立ち上がると、手早く服や髪を整えた。
「きついなら、私と伯爵でどうにかするからね」
「それには及ばん。もう大丈夫だ。ユミロとシャックスはまた中に。魔力の霧が濃くなってきた」
「んじゃ、助けにいくか」
ハーネイトはユミロとシャックスを空間に格納して、4人は更に早く駆け抜け、1時間かけて森を突破した。その先には、幻想的な、しかし立派な作りの建物が町中に存在していた。森の先を初めて抜けたハーネイトは、その光景に目を奪われていた。
「改めてこの目で見ると、味のある町並みだな」
「そうね。昼間もあまり明るくないけど、前に読んだ本に書いてあった、別の世界にあるヨーロッパと呼ばれる大きな範囲の地域で一般的に見られる建物群に、この雰囲気は不思議と合っているわ。流れてきた人たちが思い出を、故郷を忘れないためにこうしているのよね」
森を抜けた先にある多くの建物は地球でいう中世ヨーロッパで多く見られるような建物が多く、それと煉瓦でできた家も少なからず存在していた。しかし町全体が濃霧の影響か昼間でも暗く、日差しがほとんど差し込まない状況のため全体の雰囲気は不気味な様相を呈していた。何よりも人の気配をほとんど感じないからである。
「この先にベストラがあるわ。ここからでも、あの異様な白く光る結界が見えるわ」
確かに街の先には、街並みにはとても不釣り合いなドーム型の光の結界が彼らには見えた。そしてその全体の大きさからしてもベストラ全体を覆うほどであった。
「この結界に触れると体がダメージを負うわ。これさえなければ!」
「この距離か、もうあれを使った方が早いな。一撃で破壊する。あまり、使いたくないが」
刀やイジェネート能力で強襲しようと思ったが、事前情報と合わせて考えるに、魔法使いも太刀打ちできないほどの結界を、力押しで壊せるのか疑問に思った。また以前旅をしていた時に聞いた、龍の結界という非常に強固な結界に、今回展開されている物がよく似ていることを思い出した。
そのため例の力を使った方が勝負が早いと彼は考えた。何せ時間との勝負、もたもたしていては騒ぎが大きくなり救出が困難になるのではと判断したからである。
「みんな、俺の前に立たないで後ろに来て」
これは味方をうっかり割ったり斬ったりしないようにするためであり、それと目を見られたくないという理由もある。
「では、やるか。はあ……イメージするは、時、物、形。全てを破界する事象、位置把握、空間固定……」
「なんだ、魔法の詠唱か?」
「それにしては長いわ。大魔法、ではない。全く違うものだわ」
「こんな詠唱聞いたことがないわ」
以前力を見たリシェル達ならばこの詠唱の意味が理解できるだろう。しかしそうでない伯爵たちは、次に彼が何をするのか見当が全くつかなかったのだ。
ハーネイトの詠唱が辺りに響き、そして更に詠唱を重ね、目をカッと開いた。
その少し前、ハーネイトの中にある異界空間にいたユミロとシャックスは、ハーネイトの能力を目の当たりにした後、しばらくその場から動くことができなかった。
「彼の体の中に、あの悪魔たちが住み着いていたとは。気づけなかったのはなぜでしょうねえ」
「それだけでない、人や機械もだ。ハーネイト、思ったより恐ろしい存在なのかもしれない」
「そうですねユミロ。このようなこと、普通にはあり得ないです。ああ、だからこそ私は期待していたのでしょうか。あの龍の力を、全て宿している彼が上に立つことを」
「ああ。しかし彼はすべてを、受け入れた。その力こそが、周りを期待させ、王になってくれと、そう願わずには、いさせないのだろうな」
シャックスもユミロも、ハーネイトが悪魔たちの力を受け入れた光景を目撃していたのを見て驚愕していたが、彼ならば不可能ではないという謎の安心感と期待が彼らを満たしていた。そしてユミロは、彼の懐の広さに改めて感激していた。
敵同士になるはずの自分たちさえ受け入れ、仲間として見てくれていることに感謝していたのだ。
「しかしユミロ、一つ言いたいことがあります」
「どうした、シャックス」
「流石にここ怖くなってきました!」
「ど、同感だ」
二人は共通の考えを確かめ合いながら、今は眠っている彼らを刺激しないようにおとなしくしておこうと考えていた。
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