第42話 研究者同士の作戦会議とジュラルミンの言動


「これは何とも……おぞましいな。培養液の中に魔獣の子供が所狭しと。悪趣味と言いたくなる」


 ボルナレロが見ていたのは、古城ガンダス城内で極秘裏に行われていたDGの研究、その中でも大きな容器の中に緑色の液体と、数種類の生物を掛け合わせたような獣が管理されているものであった。


 それはまだ幼体のもあれば、すでに成長しきった物も存在していた。


「ううむ、あまり見たくなかったものだ。しかし魔獣を操る研究の大半はDG側に技術リソースを確保されている状態だ。そうなると、もう一つのシステム、RTMGISだけは守り通さなければな」


 彼は自身の研究に関する情報と技術が、既に上層部に漏れていることを想定し、もう一つの独自に進めていた地図に関する研究のことだけは漏らさないようにしようと脳内で確認をしていた。

 

 ボルナレロの構築していたシステムは、魔獣を特定の周波数の電波で部分的に操る部分と、そうして集めた魔獣たちをリアルタイムで連動するレーダー、そして地理情報システムを掛け合わせた独自のソフトで森の中に誘導するものであった。


 のちにこのシステムが今の戦況を大幅に変えることになるとはこの当時、彼自身も把握していなかったが、もしこのシステムまでDGのものになれば、彼は魔獣の群れを都市部に効率的に誘導して戦乱を広げる可能性を懸念していた。


「おやおや、貴方は。久しぶりですな」


「あなたは、ホミルド・レイッショナー!ご無事でしたか」


「ああ、そなたもな」


 数々の研究を見ていたボルナレロの背後から、1人の老け込んだ男が話しかける。彼の名はホミルド・レイッショナー・アルトン。医者でもあり、医学系や遺伝子系の研究で多くの実績を残してきた機士国を代表する研究者でもあった。


 また一部の人しか知らないが、ハーネイトに医術を教え魔法医療学の祖となるきっかけを与えた重要な男である。


 彼もまたクーデターの混乱に巻き込まれ、事前に情報を聞いていたDGが開設した研究組織に勧誘されここにいた。といっても、ホミルドも新組織の対応や体制に不満を抱いており、いざとなれば事を起こす覚悟であった。


「大分老け込みましたな」


「ああ、正直こんなこともうやってられない。わしらは実質脅されて研究しておるからのう。そもそもわしの本職は医者じゃ。なぜこのような恐ろしいことに加担せねばならんのだ」


 ホミルドは、遺伝子を組み替えたり融合させる実験をこの施設の管理者、ハラヤシニフ・ウィンストとDG徴収官・ボノフと上級幹部ボガーノードという人物に強制されており、もし拒めば殺すとまで言われていたのだ。その話を小声でボルナレロに話すホミルドであった。


「それは、私がいたところよりもひどいですな。それで、どのような研究を強制されているのですか?遺伝子絡みと言いましたが」


 ボルナレロの言葉に、ホミルドは困惑した表情でそっと小声で話し出した。


「わしらは魔獣同士の遺伝子を掛け合わせた新たな生命体。俗にいうキメラというものを生み出せといわれている。ここには多くの魔獣や人が捕らわれていてな。先ほど見たやつも、その研究成果というやつじゃよ」


 ホミルドは、所属するチーム内で魔獣同士を掛け合わせたり、強引な遺伝子融合による新たな生命体の研究について、ゆっくりとボルナレロに説明する。


「ここだけの話だが、そうして誕生した生命体を操り兵器とする予定らしい。そしてその技術をもって、更によからぬことを企んで居るようじゃの」


「それって、実現した場合只では済みません。この星が取り返しのつかないことになる。ああ、こんなとき研究者であることが嫌になる」


 ホミルドの話に、ボルナレロは驚愕する。DGの恐ろしい目的を聞き、自身の行ってきた研究が鍵を握りかねないことと、そして罪の深さを再度感じた。


「そこでな、私の友人、いや最強の弟子がおってな。そやつらに協力してもらいここを襲撃してもらいながら、救出してもらおうと考えている」


 彼の言葉に、ボルナレロは一瞬顔を真顔にするがすぐさまその話に乗ることにした。


「私も協力させてください」


「そうか、慎重に事を進めるぞ」


「はい、ところでその友人とはどのような人物ですか?」


 彼の言葉に、ホミルドは軽く笑みを浮かべる。


「アルシャイーンという名に覚えはあるか?」


「そ、その名前は。怪盗として悪名高い大犯罪者……。と言うか前にハーネイトが言っていた最悪の教え子たちだ」


 そのアルシャイーンと言う名を聞いたボルナレロは更に驚いた。その名は、機士国民ならば誰もが恐れる存在として語り継がれる、伝説の怪盗一味である。


「この前たまたま出くわしてな、大量の金になる資源と引き換えに協力を持ちかけた。そうしたら、あの解決屋を連れてここに来ますといってな。密かに連絡を取り合っているのだ。まあ親戚だからのう」


「解決屋か、そして少し待ってください、その怪盗たちと親戚って」


「そうじゃ。今回ばかりは選んでおれんのだ。何にでもすがるさね。ハーネイトが救出しに来てくれるのだから安心したまえ」


 ハーネイトの名前が出た瞬間、希望に満ち溢れた顔をしたボルナレロ。様子がおかしいことに気付いたホミルドは顔をうかがう。


「だ、大丈夫か?」


「いや、これは我らに運が巡ってきたかもしれませんな。私は、彼らの仲間になって、罪滅ぼしをしたいのです。少し前に彼と会いました。私の技術を高く評価してくれて、吹っ切れましたよ」


 その言葉に、ホミルドはボルナレロの肩をそっと抱いて話しかける。


「国にいた時一番ハーネイトに助けられていたようだからなボルナレロは。私も彼の言葉をヒントに幾つか研究を完成させてきた。仲間に加わりたいのは私も同じ気持ちだ。ではばれないようにな。そろそろ会議の時間だ、これで一旦失礼する」


「はい。ではまた」


 ホミルドはそういうと、一階にある会議室に向かうためその場を後にした。


「ハーネイト。多くの人を動かす存在か」


 彼は前に言ったハーネイトの言葉を思い出しつつ、研究施設を眺めながらそう思念していた。その表情は、決意と覚悟で満ちていた。


 その一方で、機士国内にある、ハイレルラル宮殿では、恰幅の良い男が、高級そうな椅子に座りながら部下数人をがなり立てていた。


「貴様ら!まだあの元国王を見つけられんのか!」


「はい、申し訳ありません!」


「今も捜索、もとい追跡に当たっております」


 恰幅の良い、ビール腹が目立つ中年の禿げた男、彼こそが今回の事態を作りだした張本人、ジュラルミン・アイゼンバッハ・ビストフェルクである。そして目の前にいる若い兵士たちはミリムとガルドランドといい、高級幹部として主に、侵略している部隊からの情報をまとめ伝達する任務を受けていた。


「ぐぬぬぬ、国王の件もそうだが、北大陸の侵攻スピードが想定の半分も進んでいないではないか!」


 彼は低いだみ声で2人に対し怒鳴っていた。


 現在機士国軍は西大陸の主要都市の占領を完了し、北大陸の方に兵を進めていた。しかしDGの足並みと合わず、連携もまともに取れていない状況であった。魔法使いの洗脳により邪念がむき出しになっているジュラルミンはそれを敵に利用されていた。


 しかしDGの真の目的はジュラルミンとは関係のない話であり、お互いのやっていることが違うのにうまくいくはずがないと、聡明なガルドランドは心の中でそう思っていた。彼はすでにDG達の更なる陰謀について答えにかなり迫っていたのである。それは多くの人を生贄に霊宝玉という道具を作ることについてである。


 そして現状の被害であるが、これが実に少なかったのである。それは機士国の兵隊がろくに仕事をしていない状態であった。その理由はジュラルミンのあまりの変貌ぶりに違和感を感じ、自らも死にたくないためまともに戦闘をせずあくまでしている振りの状態であること、何よりもガルバルサスという男が秘密裏に機士国軍兵力の95%を自身の下に置き、各地に潜ませDGの動向を探らせていたからであった。つまりこの時点でクーデターなどあってないようなものであった。


「ジュラルミン殿、北大陸には幾つもの強国が存在することをお忘れでは?」


「そもそもするにしても戦力数が十分ではないですぞ?」


 2人のその言葉にもろくに耳を貸さず、ジュラルミンは叱責し続ける。そして出ていけというジュラルミンの言葉に、2人は軽くお辞儀をした後部屋を後にした。


「畜生め!何でうまくいかないのだ。ぐっ、あ、あれ…。頭が、うぐっ」


 部屋の中から外にまで聞こえそうな怒声が周囲に響き渡る。


「はあ、ジュラルミン様も魔獣や転移現象について全員で結束するという信念は理解できるのですが。しかし何であんな暴挙を」


「まるで誰かさんに洗脳されている感じですね。聡明なお方であるはずのジュラルミン様があんなことを言って部下を怒鳴るなど、以前の状態と比較しても変わりすぎだ。そういや、あのうさん臭い魔法使いがあの男のそばに来てから何かがおかしかった。後は分かるだろ?」


「魔法使いに調教されたとか?」


「言い方がおかしいぞミリム。洗脳だろそれを言うなら」


 2人は各自持ち場に戻りながら、そう雑談をしていた。そしてガルドランドの指摘は大当たりであった。その人物こそ、ジュラルミンをたぶらかした謎の魔法使いXと言う人物である。二人が部屋を出た後電話をしていた魔法使いとジュラルミンは、しばらく話をしていた。


「焦りは禁物ですぞ?そなたの秘められた野望、成就するには時間が必要です」


「ふん、抵抗する奴らに悲惨な目を合わせなければ気が済まないのだ」


「そうですか。(しかし洗脳はうまくいっている。この調子だな。しかし…)」


 その魔法使いはジュラルミンの洗脳には成功したものの、思うように事が進まず苛だっていた。そして各地での抵抗とある男の存在についていら立ちを隠せない状態であった。


「とにかく技術をじゃんじゃか戦線に投入しろ。いいな?」


「了解しました」


 そうして、その魔法使いはまた遠隔でジュラルミンに洗脳魔法をかけて電話を切った。


「くっ、20年前の時とは勝手が違う。誰だ、邪魔をしているものは。私の研究を邪魔したあの黒羽の男はもういない。なのになぜ。私の異業の力を恐れたあの男。そして私を受け入れてくれるDG。霊界人の世界を作り上げるために、私は……」


 この邪悪な魔法使いはかつてDGが攻めに来た際に敵に寝返った魔法使いであるという。そして黒羽のジルバッドと因縁のある男でもあった。この存在とその能力に彼らがいつ気づくか、それがこの不毛な争いの終結に大きく関わるのであった。


 一方で街の雰囲気は戦争中であるにもかかわらず平穏であり、空に立ち込める工場群の排煙とその中で鈍く光る建物の光。それはこの先起こる事態を暗喩しているようであった。

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