第25話 夜之一との会談とエレクトリールの秘密
メイドたちが事務所に辿り着く少し前、ハーネイトは城の入り口で出会った男を見て少し微笑んだ。
「よくぞお越しになられました。そして殿の命を、幾度も助けてくださり誠に有難う御座います。ハーネイト様。では早速、部屋と風呂に案内いたします」
「やはり田所か。久しいな。いやいや、たまたまだ。とにかく良かった。私はともかく、後ろの二人に温泉を案内してあげてくれ。部屋は何処に行けばいいか教えてくれるか?」
水色の袴を着ている男がハーネイトの目の前で正座し一礼する。
この優しげで礼儀正しい、褐色の肌に糸目の顔をした男の名は、新城原田所誠武蔵野輔(しんじょうばるたどころまことむさしのすけ)と言う。ハーネイトが過去に天日城を訪れた際に城内の案内をした、城のことを知り尽くしている案内人でもある。
この国では珍しい肌色が特徴的である若い男性であり、身なりこそ質素で表情も常に穏やかだが、これでも八紋堀に劣らぬ戦闘凶であり、爽やかな印象とは別の顔をたまに見せることがある。狂犬の異名があり、その戦いぶりは相手に恐怖をもたらすほどであったという。
また、彼の持つ妖刀「風吹吸(ふぶききゅう)」は抜刀時に強烈な風を吹き起こす特殊剣である。
「はっ、ではお二人を案内いたします。ハーネイト様、4階の大広間に向かってください。場所はお分かりですか?」
「ああ。そこの階段から行けばいいはずだったな」
「はい。大広間でしばらくお寛ぎになってください。すぐに使いの者がお茶とお菓子をお持ちいたします」
「わかった。ありがとう田所さん」
ハーネイトはコートを脱ぐと腕にそれをかけた。そして屋内をぐるっと見渡す。あれから6、7年経つが廊下や壁などの手入れが相変わらず良く行き届いていると彼は感心していた。
「温泉か、機士国にいた時に読んだ本で知ったが、中々いいものらしい。気になるな」
「これがお城ですか、いい場所ですね。故郷の星で読んだ本の写真と見比べても、荘厳ですね」
「はは、そうですか。それは何よりです。では私についてきてください」
田所は2人を案内して、2階にある城内大浴場に案内する。それをハーネイトは見届けてから階段を上り4階の大広間に向かう。
「そういえば田所さん、このお城はいつからここに在るのですか?」
「このお城、天日城は61年くらい前に建てられたものであります。10年もの歳月と、協力してくれた多くの労働者の手により堅牢な造りとなりました」
「それは歴史の授業で習ったなあ。他の地域にある城とは大きく異なる作り、数々の防衛設備、難攻不落の設計、子供ながらにあれは驚愕したな。俺の地元はそういう仕組みを持つ建物はなかった」
「リシェルさん、でしたか。元から攻めづらい地形にある機士国と違い、山や平地の多いこの国は、他勢力からの襲撃や侵攻が絶えなかったのですよ。昔から伝わる別の世界の技術と合わせ、攻められにくい形や機能にしています」
リシェルとエレクトリールに対し、城の歴史や機能について丁寧に説明をする田所は久しぶりの来客、しかもハーネイトが連れている仲間と聞いて嬉しそうに話をし続けた。
「おおう、場所変わればまた違う面がたくさん見られるなあ。勉強になるぜ」
「確かにそうですな、っと、着きましたよ」
天日城の内部には、100人近くが入れる大浴場や、最新技術を生み出す研究所、数十万冊にも及ぶ書類庫など、多様な設備が設置されている。城と言うよりはすでに要塞と化しており、隠された機能が存在するとも言われている。そして田所は、大浴場の説明とマナーを二人に教えた。
「マナーですね、気を付けないと」
「そういうものか、了解した。では前から期待していた温泉を楽しもう。いやあ、故郷にはこういったものがなかったから新鮮だぜ!エレクトリールもそうだろ?」
「はい。確かに、私の星にもこのようなものはありませんでした。今のうちに、様々な体験をしておきたいですね」
田所は二人に軽く挨拶をしたあと、ハーネイトのいる大広間に向かう。リシェルとエレクトリールは更衣室で服を脱ぐ。その時に事件が起きた。リシェルがエレクトリールの体を見た瞬間、体が固まってしまったのだ。
「どうしました?」
「お。おまっ!女だったのか!!」
リシェルの指摘にもエレクトリールは全く動揺していない。彼と思っていた存在が、彼女だと分かり狼狽するリシェル。引き締まった肉体と、アンバランスな胸部が目を引く。どうも彼女は着やせが激しいようで、体を締め付けるボディスーツと、顔立ちや髪型で、中性的な見た目になっていた。これが周りが勘違いする原因となっていた。
これについては彼女が意図的に行っていたものであり、軍人になるときに男装して入隊し、それがそのままばれなかったという経緯がある。彼女はどうしても軍の司令官になりたくて、そのような選択肢をとったのである。そしてそのような生活が続いていたため、自身が女性であることを完全に忘れていたのであった。
「あ、すみません。事情で男装をしていたので、ついうっかり」
「うっかりにもほどがあるわ!服を着て女湯に行け!」
「まあまあ、そう焦らないで。ほら、こうすれば見えないでしょう?」
彼、いや彼女はにこっと笑いながら大きなタオルで体を包む。少しは話を聞いてくれよと言う感じでリシェルはため息をつきながら呆れた顔をしていた。
「何か、衝撃がすごすぎて目が覚めた。てか恥じらいとかないの?ハーネイトさんには、女だということは伝えたのか?」
リシェルは目を逸らしながらそう質問する。
「い、いいえ。初めて会った時から、なかなか言い出せなくて」
「これはまずいな」
「何がまずいのですか?」
「いや、なんでもない。とにかく女湯へ、いけ。それとハーネイト師匠にはしばらく隠しておけ。女性が苦手だと昔から有名なんだ」
「そうなんですか?意外です、ね」
そういいながら、リシェルも服をすべて脱ぎ、手ぬぐいを持って浴場に入った。体を軽くお湯で流してから、温泉にゆっくりと浸かる。リシェルがまずいと言ったのは、ハーネイトの有名な伝説、もとい噂話の一つにある女性が苦手という一面である。
もしエレクトリールが女とばれたら、ハーネイトさんはショックで死にかねないだろう。リシェルはそう考え、今まで以上に複雑な顔をしていた。そして女湯に行けといったはずなのにエレクトリールが何食わぬ顔で、体を布で包んだまま入ろうとしてくる。
「あのさ、タオルとか身に着けて入ってはいけないはずだよね?」
「でも、そうしないとリシェルさん困るでしょう?」
「だーかーら!早く女湯に行け!人の話を聞け!」
リシェルの叫びが浴場内にこだまする。エレクトリールはなぜかぶつぶつと不満を言いながら、仕方なく女湯に入りなおした。
しかしリシェルの直感は大したものである。もし彼女を湯船に入れようものなら、彼は確実に感電死していただろう。彼女が常に発している電気は、いつも着ているアーマーボディスーツで抑え込んでいるのだが、その拘束がない場合、ハーネイトですら致命傷になりかねないほどの威力を持つという。
「さすがに、心臓に悪すぎる。はあ…。折角の温泉も、楽しめないぞこれ。ぐすん。女の子だったなんて」
彼はエレクトリールのことが気になって、温泉を楽しむ余裕をすっかりなくしていた。李シェルも実は、ハーネイトのファンなだけに彼の過去の一片を人づてに聞いていた。
ある事件で愛していた人を失って、その後もさんざんな目に遭ってそれ以来異性を苦手としているのを聞いていたため、彼の前で消して色恋事に関する話はしないようにと決めていたと言う。
それから浴場で起きた事件をよそにハーネイトはというと、
「はあ、やっと休める。少しだけ寝たいところだが」
今にも部屋の中で寝そうな状態であった。無理もない。ゲルニグを仕留めたあの大技はイメージ力に加え、遥か先を見る力と併用したものであり、かつてリンドブルグを襲った災厄に対し使用した以上に高等なテクニックを用いて行使していたのである。その反動で彼は精神力が疲弊、つまり心が疲れている状態であった。そこに田所がやってきた。
「おやおや、珍しいですね。ハーネイト殿は眠たそうですな。邪魔をしましたか?」
田所が彼の状態を気遣う。それは普段ならばどんな時でもしゃきっとした状態を見せている彼がだるそうにしていたからである。それに対し、少しぼんやりした調子でハーネイトが答える。
「いや、それは構わない。しかし依頼に調査にてんてこ舞いでな、さすがにしんどくなる」
「風の噂であなたのご活躍は聞いていますよ。6年前のあのときから、更に名声と力を世界に響かせていますね。あと断れない男第一位というのも」
田所はハーネイトに関する噂について話をした。そして何と呼ばれているかにも言及した。
「最後のは余計だぞ。結果がそうなったと言うだけだ。おかげで最初の頃よりは格段に仕事はやりやすいが」
「名が知れ渡る、いかに大切かよくわかりますね。しかし今回はどのような用件でこの日之国に来られたのですか?」
「ああ、それは」
田所の言葉にやや不満そうに答えながらハーネイトが質問に答えようとしたとき、部屋のふすまが開き、着替えた夜之一領主が入ってきた。
「ぬ、話の邪魔をしたか」
「いえいえ、ちょうどいいところです。夜乃一王」
「それならいいのだが、今のうちに聞きたいことがあるのだがよいか?」
夜之一が専用の席に座り、部屋の中をゆっくりと見渡す。
「はい、それで質問とは」
それに対して、夜之一が複雑な表情を見せながら口を開く。
「機士国の話は知っておるかの?」
「ええ、はい」
夜乃一は、クーデターが約1か月前に発生したが、その事件の裏に、怪しい組織の存在があるということを持ち出し、それについて知っているかを聞いた。
「はい、青嵐殿。今回の旅もその調査とその組織に占拠された機士国の奪還作戦が目的です。国王から依頼を受けて行動中です」
「と言うことは国王は本当に無事なのだな?」
「その通りです。改めて申し上げますが、私とエレクトリールが保護致しました」
夜之一はその言葉を聞いて胸を撫で下ろす。実は機士国王と仲が良く、年もさほど変わらないため、互いに理解しあえるところが多かったという。
「そうですか。機士国王様がご無事で、私も安心しました。それと、実はこの日之国でも不審な組織の存在があるのを確認しております」
「そうじゃ、そこで秘密裏に特別部隊を派遣し調べたら、この紋章を発見したのだ。八頭ノ葉らの拠点でな」
夜之一は田所に紋章を見せろといい、田所は服の中から一枚の紙を取りだしハーネイトに見せる。それは明らかにDG。そして機士国の機械兵にも同じものがついていた。
「ああ、これだ。機士国の兵器が襲ってきた件で見たやつと一致しているな。間違いない。DGだ」
ハーネイトが目を細め、難しい顔をしてそれをじっくり見た後感想を述べた。
「DG、か。約20年前くらいか、この星に来た奴らがまた来ているのだな」
「青嵐殿は何かそれについて知っているのですか?」
ハーネイトは夜之一の言葉に反応する。今この星を襲っている連中が以前にも来たことがある、その事実を彼は14の時に知った。そしてDGが以前訪れた際ハーネイトは推定6歳前後であり、師匠で父でもあるジルバッドが死んだ時期と重なるのであった。
それを思い出し、師匠が死んだのはその連中と戦ったからなのではないかと考えた。
それは実際事実であり、押さなかったハーネイトにジルバッドがただ一言だけ言い、その後二度と帰ってこなかったのである。
その時の彼の後ろ姿だけは、今でも記憶から離れなかったという。それに、師は最後にあるコートを渡して、そのコートが似合う男になれと言い去ったことを忘れることができないと言う。
師匠の死後、彼の元を訪れた謎の黒い男に連れられとある剣士の家に預けられたのだが、その男に師匠のことを尋ねてもほとんど答えることがなかったことも思い出していた。
「あの戦いは凄惨なものだったといえますね。敵に寝返った魔法使いによりこちら側の前線を崩され、窮地に至ったという記録が当時の資料にありました」
田所はそう説明し、当時のことについて思い出しながら他にも話をした。
「もしかすると、以前の時以上にひどい状態になりうるかもしれません。私たちも調査し続け、彼らは今弱体化しているという情報を耳にしました」
その話を耳にして、先ほどの件も含め驚いていたハーネイトはお茶を一口飲んでからその事実について確認する。
「それはどういうことだ、敵の戦力が思ったよりも少ないということか?いや、それよりも、寝返った魔法使いだと!」
「少し違うが、DGと言う組織はこの星に攻め込んで以降、急速にその活動を衰えさせていると。真実かどうか定かではないが、別の組織がDGの邪魔をしているらしい」
夜之一の説明を聞き彼はその組織に興味が沸いた。そして前にユミロが話した白い服の男について関連があるのか質問をしてみた。それに対し夜之一はこう答える。
「流石にそれ以上は把握できていないが、幾つもの星を食いつぶしてきた非道な宇宙人たちに引導を渡す機会なのかもしれぬな。こちらでも別組織について調べておこう」
「そう、ですね。ありがとうございます。こちらも例のメルウク人から白い服の男について話は聞いています。……実は、私を探すために各星を回っているとか何とかで、実は不安でして」
ハーネイトはユミロから聞いた話をまとめて彼らに伝えた。その中で女神を止めるための存在という話が上がると夜之一らは目を大きく開いた。
「女神を止めるものが、お主だと?……しかし、何の女神か分からんのに何を言うのかね」
「そうですなあ。しかしその女神という存在自体があれなものが、本当にいてそのようなことをするのであれば……」
「困りますね……ハーネイト殿の過労も増えますね」
白い男の目的は、どうやらこちらの邪魔になるものではないが別の意味で問題がある。そう共通の認識を交わした。
「田所さん……?しかしその上に、寝返った魔法使いが恐らく、今回の一件の首謀者である可能性が高い。……だとしたら、どうすれば……」
そう言いつつも、表情が穏やかでない彼を見た夜之一が疑問に思う。
「どうした、いつになく元気がないぞ?あの伝説のようにどーんといけばいいだろうに」
「以前よりも力が出なくて、1人で無双するのは今は辛いです……。胸が時々疼いて、前よりも血を吐く量が……」
彼のその発言について2人が質問しようとしたその時、八紋堀とリシェル、エレクトリールが戻ってきて部屋に入ってきたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます