第24話 ハーネイトの愉快で凶悪な召使たち
休暇から帰ったメイドたちが、リンドブルグの町はずれにあるハーネイトの事務所の中に入ろうとしていた。しかし、その事務所から耳慣れない声がしていた。
「本当にここは快適だな」
「そうね。流石ハーネイト。掃除も行きわたっているわね」
リノスからハーネイトの魔法で飛ばされてリンドブルクに来た機士国王たちは、ダグニスの案内によりハーネイトの事務所の中でひっそり生活をしていた。時々ハルディナが尋ねに来て、彼らの様子を確認する。
「メイドさんたちがいないときは、彼自身で掃除をしていましたし、私もよく来るのですが、あまり手伝うことがありませんでした」
「そうなのか。しかしメイドに執事か。彼も意外な一面があるのだな」
国王がそういうのは、ハーネイト自身にあまり趣味や嗜好と言うのがないのではと彼が機士国に在籍していた際に思っていたことである。
ハーネイトがメイド、執事を持ちたかった理由は、機士国にいた時に100名以上の召使やメイドが宮殿内で働き、国王らが身の回りの世話や掃除などをしてもらっていたのを目で見て、体験してみたいと考えたがための話である。そんなハーネイトについて少しだけ欲が出てきたなと言うことに国王も安心したという。
以前報酬の話をした際にも彼はそこまで興味がなく、本当に大丈夫かと心配していたという。だからこそ少しは人間らしいところが増えたなと王様は感心していたのである。
「しかし、メイドたちは帰ってこねえな」
「え、ええ。でも、あの人にだけは出くわしたくはないわ」
ハルディナはそういうと珍しくため息をつく。ハルディナは、ハーネイトに命を助けてもらった経緯があり、しかも父まで救ってもらったことからハーネイトを一人の男性として好意的に意識をしている。
事務所によく来るのも、彼の顔を見たいが為である。しかしそんな彼女にも一人苦手な人がいる。
「怖いメイドさんでもいるのかい?」
国王はソファーに座り、優雅に紅茶をたしなみつつ質問する。
「は、はい。仕事は完壁だし、非の打ち所がないような人ですが、とにかく恐ろしく怖いのです」
彼女は少し身を震わせる。しかしこのハルディナの方が数段本当は恐ろしい、なんてことを言ってはいけない。
「おいおい、それは気になるな」
「大丈夫?」
2人が質問したその時、突然階段へ続くドアが激しく吹っ飛ぶ。いきなりのことで全員が硬直すると、3人の男女がリビングに上がってきた。
「この不審者め!今すぐ立ち退きなさい!」
「待つのだミレイシア。この人たちは、アレクサンドレアル6世機士国王だ」
「生きていたのですか、よかったですなあ。妹よ、面倒ご苦労」
3人は国王やハルディナの姿を見てそう言った。この3人こそ、ハーネイトが現在雇っているメイドと執事である。
美しい髪を後ろにまとめ、きっちりとしたメイド服を着ている女性はミレイシア・フェニス・ヴェネトナシアといい、純粋な古代バガルタ人である。完璧に仕事をこなし、動きに一切の無駄がないのだが性格に難がある。とにかく毒舌であり冷酷、まるで鬼のような雰囲気を漂わせ、目つきも鋭い。
しかしそんな彼女もツンデレなところがあり、それが分かると面白い古代人であることも分かる。雇われた経緯が最も問題があり、ハーネイトをして最も苦手な人だと称される。
次に白銀に光る美しい髪と、厳つくも優しい風貌をした、黒と銀の執事服をピシッと来ている初老の男はミロク・ソウイチロウという。彼も古代バガルタ人であり、ハーネイトのことを孫として見ている初老のおっさんである。
魔剣豪ミロクの愛称があり、ハーネイトに弧月流を教えたのも彼である。3人の中で一番の常識人であるが、たまに天然なところがあるという。少々主を甘やかしてしまうところがあるが、基本的に厳格な人物である。
そして存在自体が一番の問題である、明らかに身長が3m近い、筋肉がムキムキで、異常に体つきががっしりした世紀末覇者のような、そして黒いゴスロリメイド服を着た恐ろしい風貌の男。名前はシャムロック・ガッツェ・アーテライトという。
この男も古代人であり、しかも今は無き最強の軍国「マッスルニア帝国」の王子であったという。その国の男子は6歳で徴肉制という鍛錬の義務があり、国内の男子全員が筋骨隆々とした屈強な兵隊を持っていたとされる。
まず見た目からして突っ込みどころ満載であるのだが、さらに恐ろしいのは素のハーネイトが彼と戦うと優勢をとれないほどに彼が強いということである。そして、ハルディナの兄でもあるという。
「あんじゃこりゃあ!これが召使だというのか?」
「ひぇえええええええ!何よこの人たち!」
「な、なんだ?新手の罰ゲームかこれは?クハハハ!笑わせてくれる」
近衛兵2人の絶叫をよそに、国王は余裕のある発言をしながら笑っていた。
「きちゃったわね……。まあそんな私も古代人なんだけどねエヘヘ」
「こ、古代人?ハルディナさんも?」
ハルディナのさりげないカミングアウトにさらに驚く3人。そしてミレイシアが、国王の前にやってきた。
「あなたが、国王様ですか。失礼いたしました。しかし、ハ―――ネイト様!また私たちに報告もなくどこかに行くとは、いい加減お仕置きが必要ですね」
「いえ、ワニム・フニムの手紙を見たでしょう、3人で」
ミレイシアの言葉にミロクがそう言葉を返した。確かにワニム・フニムは3人に手紙を渡してはいるがハーネイトの書いた手紙の内容が文章不足であり、それにミレイシアは怒っていたのである。それとなぜ自分たちを連れて行かなかったのかが不満でもあった。
「あのですなあ、主殿は条件がそろうまでは隠密行動をしてくれと命じた。しかし二人とも、それができると思いますかね?」
「ええ、やるときはやりますわ」
「ですが、二人の戦いぶりは嫌でも目立つ。 まあ、時期に私たちにもお呼びがかかるでしょう。待つのも大切です」
「しかし、帰還中に出くわしたあの悪魔のような男の言葉が気になるぞミロク。……我らも後を追わねば、主を危険な目に合わせかねん」
ミロクは二人を落ち着かせようとするが、どうしてもシャムロックが言うことを聞かない。
それもそのはず、事務所に帰る際3人はあのフューゲルという男に出会っていたからである。そして彼からある伝言を言い渡されたのであった。
「貴様の隠れた力を解放しろ。でなければ、命はない。内なる龍の力を導けと」
3人は彼の言葉を疑っていたが、確かにハーネイトの調子がおかしいようにも感じていたため、どこか胸に引っかかっていた。
「な、お仕置き?いや、メイドさんが主に対してそんなことをしては」
「黙りなさい、そこの不潔髭男」
「あ、は、はい……」
ルズイークは、反論むなしくミレイシアにやり込められ沈黙する。
「しかし、そのフューゲルというのも気になるな。何故悪魔がハーネイトのことを」
「それも調査すべきでしょうね。あの生意気な小僧、潰すまでよ」
「本当に、ミレイシアはいつも過激ね。いっつもハーネイト様にそんな態度で、いつ契約がなくなってもいいの?バイザーカーニアから派遣されてるのは知っているわよ」
ハルディナはミレイシアに怒ったようにそういう。温和で格好も典型的な文学系乙女だが、実は気性の荒さはシャムロックよりも上で、かなりの武闘派である。その力はハーネイトを拳でノックアウトするほどのパワーを持つほどである。
彼を気絶させたのはおそらく彼女だけ。そして何よりも、彼女もマッスルニア帝国の出身であるということだ。そして彼女は、ミレイシアのハーネイトに対する態度にいつもイライラしていた。
「泥棒猫さんが、何を言いますか。彼には、古代人としての風格や態度を学んでもらわなければなりません。あなたが甘やかしては、彼はあのままですよ?それといい加減彼のことをあきらめてください。そもそも彼は、心に傷を負っているのです。それでも無理やりあなたを……」
ミレイシアは、ハルディナにそう冷たく言い放つ。この2人は犬猿の仲と言うべきかとにかく相性が悪く、ハーネイトも頭を悩ませていた。ミレイシアをどうにかしようとしたが、彼女の勤務態度は完璧ではあり、彼女にしかできないこともあるため対応に苦慮していた。もっとも脅されているという話もあるようだが。
「ハルディナお嬢様、ミレイシア、その辺にしなさい」
「わ、わかりました。ミロク様」
「ええ。しかし、心の傷って」
「孫は昔、魔女に体を狙われていたようでしてな。だがこの話を彼に聞いてはならぬぞ」
2人はミロクの鋭く光る眼光を見て言い争いをやめた。そしてミロクとシャムロックは国王の前に立ち、片膝をついて深々と頭を下げる。
「御無事で何よりです」
「行方不明の報を受けた時、本当に心配しました」
2人は、国王が行方不明になったことに触れ、改めて無事を喜んでいた。
「あ、ああ。皆さんには心配をかけたな。ハーネイトとエレクトリール、そしてダグニス。この3人が私たちの命を救ってくれた」
「そうなのですか、流石ハーネイト様だ。しかし、エレクトリールとは?」
シャムロックの質問に、アンジェルとルズイークが話をした。今起きていること、この星の外でも大事件が起きていること、エレクトリールのことを詳細に説明した。
「はあ、主どもももう少し、落ち着いて行動をしていただきたいものだ」
「まあ、まだハーネイトは若い。しかし別の星の人まで助けるとは、流石だ」
「あまりお人好しも命取りになるわ。幼い時からそんな感じだとサインは言っていたけど、いつか心が本当に壊れるわよ」
その報告を初めて、国王たちから聞いた3人は少し呆れた表情をしていた。けれどどこか、彼らの表情は笑っていたのであった。
「まあ、というわけで、ハーネイトは今情報収集、仲間探し、事件解決の3つの仕事をお願いしている」
「彼らの働き次第で、この星の運命は大きく変わるだろう」
「これは、忌々しき事態ですな。DG、懲りない奴らだ。これは私も含め、戦いに参加するしかなさそうですな、ミロク、ミレイシア」
「そんな奴ら、私がこの世から塵一つ残らず消しましょうか。4千人の人形兵が火を噴きますよ。あのゴミ屑めが」
ミレイシアがまた不穏当な一言を言い、周りの人間を凍てつかせる。彼女は古代バガルタ人の人形師であり、魔力で数千体の魔動人形を操作できる屈指の実力者である。その人形たちの一斉放火は数百万の軍勢をあっという間に焼却するほどである。
「なんて人だ。空気を当てられただけで胃が痛くなりそうだぜ」
「だから、主殿は二人を連れていけないのですよ」
ルズイークはみぞおちを手でさすり始めた。そしてミロクが疲れた表情を見せそういう。この二人を落ち着かせるのにどれだけ苦労しているかがよくわかる。
「胃薬でも用意するか。しかし、こちらも何か動かねばならないな」
シャムロックは、ルズイークに胃薬を渡し、全員にこう提案した。
「実は、私が用意した移動拠点が事務所近くの倉庫にあります。それで移動し、ハーネイト様が動きやすいように支援しようかと」
シャムロックは長年生きており、その中で得意なことに機械いじりや、車の運転、車の製作がある。しかも一人で設計から製作までをこなす人物であった。密かに用意した巨大な拠点車両「ベイリックス」を用いて、主の支援を行おうと考えていたのだ。
「それは素敵ですね。ハーネイト様もお疲れかもしれません。私も行きたいです」
「確かにハルディナお嬢様がいれば、魔獣の群れなど拳1つで消し炭にできますが、あなたにはこの事務所を守っていただきたいのです。すべてが終わって主殿がまた戻ってこれるように。その時は、盛大に祝いましょう。我らが未来王のために」
シャムロックは、ハルディナの恐ろしい力に触れながらも、事務所の護衛を依頼する。少しがっかりしていたハルディナだが、街長としての責任もありリンドブルグの防衛に当たることに改めてそう覚悟を決めた。
「そうですか…。分かりました。それは任せてくださいな!ハーネイトのこと、よろしく頼んだわね」
「ああ。では、残りの人たちはベイリックスでハーネイト様のところに向かいますぞ。問題は国王だな」
国王をこのまま事務所においておくかルズイークは悩んでいた。
「しかし、国王様の身に何かあれば一大事ですぞ。連れていくのは」
「国王様は残りなさい。そこのメガネゴリラさんがお世話してくれますよ」
「あ、あなたねえ、いっちいち気に障ること言って!ひねりつぶすわよ」
「はあ?やってみなさいよ。私に傷をつけることなど叶いませんが」
またも一触即発の事態に、ミロクとシャムロックはため息をつく。
「私も向かおう。ハーネイトに伝えないといけないことが山ほどあるのでな。悪魔の言う龍の話も気になるが、それと、彼の不調について調べなければ」
「確かに、以前と比べ何かがおかしい。国王様も気づいていましたか。アンジェルはどうだ?」
「兄さん、私もよ。ガムランの丘の伝説の時よりも勢いがね。こう、昔はもっと予想もつかないようなことをババンとやっていたのに、今は違うわ」
アレクサンドレアル6世はハーネイトと再会したとき、その疲れている表情に気付いていた。しかし大丈夫だと言い張る彼に対しそれ以上声をかけることができなかったのである。それはアンジェルとルズイークも同じであった。
「仕方ないですな、ではいきますよ!」
「ハーネイトが本気を出せば、あっという間に片が付くのだがな」
「とにかく護衛だ護衛。アンジェル、気合入れるぞ!」
「はい!」
こうしてメイドたちと国王、ルズイーク、アンジェルはシャムロックの用意した移動拠点に乗り込むのであった。
「ハーネイトよ、これ以上運命から逃げるというならば、この俺が直々に出向くぞ」
事務所から離れた、大木の頂上にある男が浮遊していた。そう、フューゲルがシャムロックたちの動向を観察していたのであった。北大陸での問題を分身に任せ、ハーネイトたちがこの先どう動くか期待していた。
しかし、このフューゲルはハーネイトに関して、彼自身が知らない力を知っていた。その力を目覚めさせることが、自身の使命。だからこそ、強引にでも目覚めさせてやると彼は考えその場から姿を消したのであった。
その少し前、ハーネイトたちは城内の入り口に入ろうとしていた。彼にとっては久しぶりにここを訪れたことになる。そして城の中がその時とさほど変わっていないことにどこかほっとしていた。
「お待ちしておりました。それとお帰りなさいませ、夜之一様」
「うむ。彼らの案内を任せるぞ」
先に中に入った夜之一が誰かと話していた。その声に聞き覚えのあったハーネイトはすぐに城内の玄関に入るのであった。
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