第13話 商人と銃使いの男

 

 そうしてハーネイトらが走り出した時、道の先では商人と、一人の男が魔獣の群れに襲われていた。


 オルべロスが数匹、彼らに向かいじりじりと距離を詰めていく。やや不安の表情を浮かべる商人に対し、もう1人の男は至って冷静であった。


 男は背中に担いだ銃を手元に持ってくると、起立したまま狙いを定め、素早く3発発砲した。放たれた弾は、強く吹き荒れた風に乗り、追い風とともに魔獣の頭部めがけて進む。そして3匹とも弾丸が頭部を貫き、獣たちはその場に勢いよく倒れた。


 それでも魔獣の群れは止まることを知らず、二人の元に向かう。そして、その中に一際目立つ魔物が存在した。


「あれは、見たことがないな。しかし、あれを倒せば……!」


 その男は、その魔物がこの群れのボスではないかと考え、先に迫った獣たちをすべて狙撃後狙いを変更する。そして男は手にした銃をもう一度構え、素早く引き金を数回引いて連続で銃弾を放つ。だが目の前にいる魔獣に、その弾丸は効果を示していなかった。


 彼の放った銃弾はすべて、当たる前に魔獣の目の前で弾かれたのであった。それはまるで見えない壁があるかのようであり、彼の表情に焦りの色が見られる。


「っ、直撃したはずだが、効果なしとは。物理防御が固いのかこの個体は。じゃねえな」


「ハハハハ効かぬわ。次は我の番だ、ゲルムボム!」


 ケルメと呼ばれる魔獣は、銃弾を放った男に対しそういいながら、両手を前に突き出しそこから複数の光弾を放つ。幾つも放たれた、辺りを眩く照らす光弾が男と商人に迫る。


「く、ここまでかっ!銃使い殿、せめてそなただけでも!」


 ヤカニという商人が男を光弾から逃がそうと動く。その時、2人の周囲に突然光の幕が現れ、光弾はそれに防がれ弾かれた。


「封神の紙 祝詞秘めて、元素乱し鮮やかに乱反射せよ。護符の結界よ脅威から守れ、大魔法が7の号、七天護符(しちてんごふ)」


 そう、ハーネイトが、二人とケルメの間に光の壁を作りだし、2人を助けたのだった。


 大魔法第7号「七天護符」は属性を帯びた魔法や物理攻撃を数回はじき返すお札を、術者が指定した場所に設置する大魔法である。突然の紙のお札と光の壁の出現にケルメも目を丸くする。


「な、魔力のない奴らが、何故!……っ!」


 魔獣が驚くのも束の間、魔力を放出しつつ走ってきたハーネイトとエレクトリールが土煙を上げながらブレーキをかけ、二人の前に立つ。


「間に合ってよかった。魔獣ケルメ、言葉は通じるな?何故人を襲うのだ。本来臆病な魔物で有名なお前らに何かあったのか?」


「ガルルルルル!貴様かぁあああ!壁を張った、のはっ!」


 ケルメはハーネイトの言葉に耳を貸さず、攻撃の邪魔をされたことに怒りの表情を見せていた。顔は血走り、目は赤く充血している。


「ああ、確かにそうだが。人間を襲っても何の得にもならん。てか、冷静さを完全に欠いているな」


「邪魔を、が、するなあ!キサマから、クラってやるっ!あ、頭が!あ!」


 ハーネイトにいきなり襲いかかるケルメ。頭を片手で押さえ、苦しみながらも獣の柔軟な筋肉を活かし、瞬時に間合いを詰めると、鋭い爪でハーネイトを切り裂こうとする。


 だが、彼は先を読むかのように反応し、手にした藍染叢雲で爪を打ち払い、一瞬の隙をついて刀の柄でケルメの胴体を打ち込み空へ打ち上げる。


「やはりおかしいな。エレクトリール、例のあれを」


「了解ですハーネイトさん!これを食らいなさいな、落雷撃!(ショッキングサンダー)」


「アガガガガ、ガガガ、ガウゥゥゥゥッ…」


 ハーネイトの指示に従って、エレクトリールは空から雷を落としケルメに直撃させ感電させたのであった。それでもこちらに対し攻撃の意思を目で示していたため、ハーネイトは指を杖代わりにして大魔法の詠唱をするため体を構える。


「光の縄、自在の幻 うねり跳ねて獲物を捕らえろ 光環の蛇が一切の動きを縛る!大魔法の87・蛇光縄!(じゃこうなわ)」


 詠唱が終わるな否や、彼の指先から光の縄がケルメに向かって放たれ、即座に体に巻き付き拘束し締め上げた。さらに力加減を調節し、ハーネイトはケルメの意識を奪ったのであった。


「ふう、気絶させたが…あれ、これは何だ?」


 ハーネイトは駆け寄り、ケルメの体についていた小さい機械を強引に引き剥がす。エレクトリールの電撃で機械はショートし、煙をプスプスとあげていた。アンテナと本体、そして魔獣の体に食い込みがっちりと離さない4本の爪が特徴であった。


「これは、機士国で仕事をしていた時に同じようなものを見たぞ」


 彼はそれを手に取ると、エレクトリールと共に確認していた。確かに見た覚えはある。しかしそれが何なのか、思い出すのに時間がかかっていた。


「何かの受信装置、その類かもしれないですねハーネイトさん」


「みたいだな。あれ、このデータは」


 彼は装置からむき出しになっている部品の中にデータを保存するチップを見つけ、それを抜き出し手に取った。幸いルズイークから手渡された端末とそのチップに互換性があり、一か八かで読み込ませてみた。


「電撃でダメかと思ったが魔法防御システムか。……ここまでやれる人物。やはりあいつか。えーと、フラフムの方で待っているぞハーネイト。ボルナレロより。だと……? 」


「おや、直接のご指名のようですね。向こうからわざわざこうしてくるなんて」


 そのデータの中には、ハーネイト宛てのメッセージが入っていた。それは電子的にも魔法的にも読める形態のものになっていた。魔法工学を修めた彼らしいやり口で、ボルナレロは親友であるハーネイトに何かを伝えたかったのだろうと彼は考えていた。


「はあ、前に連絡コードを教えていたのに……こっちからかけてもあれ以降応答がなかった。あの時すでに、何かあったのだろうな」


「そうかもしれませんね。でないとこんなに回りくどいといいますか。不確実な方法を取らないでしょうね。何か話せないこととか後ろめたいこととかあったのですかね」


「助かった、そなたらのおかげで命拾いしたぞ」


 ハーネイトは以前ボルナレロに相談するため、彼に連絡を取ったことがあった。それは約半年ほど前のことであり、連絡がつかないことに違和感を覚えていたが、別件に追われそのことが完全に頭から抜けていた。


 別件を後回しにしてでも彼のもとに行けばよかったと後悔しながらも、向こうから会いたいと言ってきた以上、何が何でも会うしかない。彼はそう思っていた。エレクトリールもハーネイトの顔を見ながら、なぜそのボルナレロという男が伝わるかどうかも分からない方法でアプローチしたのか不思議でたまらなかったのであった。


 そんな中商人の男が、ハーネイトが手にしている受信装置を見ながら二人に深く礼をした。


「いえいえ、間に合ってよかったです」


「お怪我はありませんか?お二人さん?」


「こちらは大丈夫だ」


「おかげさまでな。しかしあのケルメが人を襲うとは驚きですな。商人の間でもケルメは放っておけ

ば無害だという認識がありましたのでね」


 二人の無事を確認したハーネイトは、商人のその言葉を聞き話をする。


「確かにそうですね。オルガべスと行動を共にしていたのも不思議です」


「そうなると、やはりその装置が怪しいと見たな」


「そう、でしょうね。困ったものですよ」


「そうですか。そしてそのマークは機士国のだ。最近そちらの方で大きな軍隊の動きがあったと他の商人仲間からも連絡が来ていたが、これはきな臭いな」


 ハーネイトと商人の男はそうやり取りしながら、ケルメに取り付けられていた装置をまじまじと見ていた。


「臆病で有名、本来人畜無害なケルメが先ほどのように凶暴化していた。もしこの装置がそれと関係あるならば、使い方次第では未曽有の災害が起きかねない」


  ハーネイトが先ほど違和感を覚えたのが、ケルメという魔物の性格であった。人語を話し、知能も高い彼らは実に臆病であり、通常人のいる場所には決して近寄らない特性を持つ。


 他の魔獣とも関わることもないのに、群れを率いて移動していたこと自体が、彼にとっては違和感の原因であった。

 

 そしてそのような芸当を行える人物は、彼が思い当たる限りそのボルナレロしか該当者がいなかったのであった。


「早く会って何があったのか聞きださないとな」


「そこの緑髪の人、その装置を作った人に思い当たる節があるのですか?」


「ああ」


「それならば、早くそいつを捕らえないといけないですね。その装置がもし他の所でも使われれば先

ほどのような事件が無数に発生する可能性があります。他にも……」


 銃を手にし、赤茶髪をワックスで斜め上の方に伸ばし固めた若い男は魔獣を操ることによる利益を幾つか挙げた。


 わざと街を襲うようにして、住民にその際武器を売って利益を稼ぐことや、魔獣自体を軍事的に利用し、兵隊として運用するなど、実現した場合恐ろしいことを淡々と上げていった。


「ありえなくはない話だな。敵がDGだとしたらの話だ」


「DG、だと?あの20年前ほどに遭ったあれか。また来ているのか。宇宙人めが!」


「そうですね。しかも調査の中でDGが機士国の一部の勢力を操り乗っ取っているという証拠を見つけました」


「なんと、それはまことか」


 商人の男の方は、そのDGという単語を耳にすると顔色を変えた。しかも悪い情報を更に聞き驚きを隠せずにいた。


「はい、私たちはその調査を命じられていましてね。ついでに戦う仲間も集めています。そして聞きたいことがある。そこの青年、ルズイークと言う男は知っているか?」


 ハーネイトは赤茶髪の銃を持つ青年に声をかけた。すると質問の内容に彼は目を大きく開き驚いた。


「隊長のことを知っているのか?確かに俺はルズイーク隊長の元で訓練を受けていた。鬼のルズイークとはよく言ったものだ。あの訓練生時代が懐かしい」


「そうか。そうなると1つ訪ねたいことがある。ルズイークから、これをリシェルという人に渡してほしいと依頼を受けたのだが、まさかお前がリシェルではないのか?顔も彼から見せてもらった写真のと特徴が一致しているようにみえて」


 恐らくこの銃を持つ男がルズイークの教え子だろう、教えてもらった特徴やしぐさも当てはまっている。だからこそこう尋ねたのであった。


「そういうあなたこそ、その隣にいる人がハーネイトさんと呼んでいたが……まさか!」


 そうして二人は互いの顔をよく見ながら対峙していた。 

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