第7話 リノ街道を歩いて


  街の住民に見送られたハーネイトとエレクトリールは、リンドブルクを離れたあと目的地であるリノスに向かい、最短で向かうことのできるリノ街道を歩いていた。

 

 本来魔法使い、魔導師であればハーネイトが設置した各地にある転送石を起点に自由に行き来できるのだが、2つ問題があった。


 まず魔法の素養がない人はそれによる移動ができない。つまり異星人であるエレクトリールはその移動方法を使用できない。いや、これはまだどうにかなるほうであり、そもそも魔法での治療が成功した時点で、エレクトリールは魔法を使うに耐えられる体であることは証明できた。

 

 彼曰く、問題はそれよりもここ数か月、転送石の調子が非常に悪く、まともに移動もできない状態であったという。それについて、ある人物の協力を請おうとしていた矢先のことであった。

 

 最後に、国王の捜索に当たり、王の部下であるアンジェルが大魔法を行使し続けているとすれば陸路で地道に気を探るしかないということもあり、こうして二人は整備された街道を歩いていたのであった。

 

「やはり、風がまだ寒いな。エレクトリールは寒いのは大丈夫か?」


「それは問題ないです。上着もありますし平気です。故郷の星はいつの時期も気温が高かったので、ここは過ごしやすいと感じます。暑いのは苦手ですね」


「ならいいのだが。春先とはいえ今年はなかなか気温が上がらない。風邪を引かないように」


 2人は時々、北から来る強い北風に少し体を震わせながら街道を歩き続けていた。春先なのに気温が上がらないというハーネイトの言葉は、2つもある太陽に類似した天体の関係によるものである。


 今年は陰年と呼ばれる、星の活動が弱い年のため日光の照射量が少ない傾向にある。それが寒さの理由である。

 

 このアクシミデロ星は、星の直径や大陸と海の割合の比率など幾つか異なる点があるが、環境全般は地球によく似ている星であり、四季も存在するし時間の流れ、暦すら地球とほぼ同じである。


 そういった条件が、異世界から流れ着いた人類が生存しここまで文明を栄えさせたといっても過言ではないだろう。そのため、北に行けば行くほど寒くなり、その逆は暑くなるといった法則も、地球型惑星と変わらないのであった。

 

「しかし、こんなに整備された道があるなんていいですよね。すごく歩きやすいですね。宇宙からこの星の景色を見たときはどれだけ山があるのだろうと思っていました」


「ああ、それはそうだね。この道は100年ほど前に出来たとされているんだ。この辺りを通っていく商人や運送屋の人たちが、長年の努力で開拓した道だ」


 エレクトリールは、その言葉に反応し、歩いてきた道をもう一度振り返りながら目で確認した。


「100年も前にできたのに、この道は整備が行き届いて本当に歩きやすいですね。私の故郷なんか、岩とかが礫が多くて歩くのも大変でしたから」


 エレクトリールは、故郷と比較し移動のしやすさに感謝をしていた。


「そうなのか、故郷の星はそういうところなんだな。この星は、標高の高い山脈に囲まれていて、その上危険な猛獣、魔獣が出やすい森など、他の所に行くにしても苦労するんだ。話によると、昔ガーディーンという男が、数名の商人と技士を連れて、行き来のしやすい道を各地に作ったという。そして、今でも商人や土木系の仕事を行っている人が、道の整備を定期的にしているのだ」


 彼もこの街道について感謝をしていた。だからこそ、その一帯に魔獣が現れ警告を聞かなかった場合、彼らと戦い素材として解体することで魔獣に対する抑止力として、商人たちへ間接的な護衛の役割をしている。そしてその素材を卸売業者に買い取ってもらうことで多額の資金を稼いでいた。こうしてうまく回っているのである。そうして稼いだ金額は軽く兆単位を超えるという。

 

 さらに彼は、将来性のある集団や企業に出資を惜しまず街の整備や発展などにもそれをつぎ込んでいた。そのお金が結果的に帰ってきて、それをまた人のために使うことで多くの国や街は豊かになりつつあった。彼は戦う以外の面でも才覚を表していた。


「そうですね。先代の人の努力と精神、そして今も整備している人たちに感謝です。それにしても思ったより人がいませんね」


2人は一度立ち止まり、周囲をぐるっと見渡す。確かに、人の気配がない。本来このリノ街道は、商人が多く通行するため、特にハーネイトが違和感を覚えていた。


 通常1時間で多い時に50人ほどが、必死に重い荷物を背負いながらこの街道を歩いているため、今の状態がどうしても違和感を覚えてしまう状況であった。


「確かに昼間だというのに、すれ違う人は1、2人ぐらいしかいない。何があったかもしれない」


「そうかもしれませんね、この先気を付けて行きましょう」


 そうして2人は警戒しながら先を急いだ。できれば夜になる前に町にはついておく必要があるからだ。この街道が整備されていて、比較的安全とはいえども護衛を付けていなかった商人が魔獣に襲われる、なんて話は今でも少なくはないのだ。


 いくら彼が監視にあたっても、1人で行うには限界がある。つい最近も若い商人が魔物に食い殺されたという悲惨な事件も起きている。ハーネイトも気軽に話しつつ、意識は常に周囲を警戒していた。


「少し急ぐか。夜は魔獣に魔物が出やすいからな」


「魔獣、魔物ですか?」


「そうだ。異世界から来た獣や半獣人、悪魔とかな。度々街や村を襲ってくるのが多いし、面倒な奴らだ」


 彼は面倒と言ってはいるものの、魔獣殺しの異名の通り、それらを狩ることについては他に右に出る者はいない。魔獣を葬り、無駄なく解体することからそのような呼び名がついたのである。


 次第に名声が世界に広がると、本来の解決屋の業務よりも魔獣がらみの事件の解決、討伐、素材収集依頼などが数多く持ち込まれるようになったという。


 本人曰くそれよりも難事件の解決や遺跡の調査などを中心に活動したく、現状に不満を抱いている点があるものの、それでも多くの人の笑顔を守るために刀を取り戦っていたのである。


「私の故郷にはあまりそういうのがいなかったので新鮮ですね。しかしなぜ魔獣とか、他の世界から来たものは私たちを襲うのですか」


 リラムから貰った干し肉を、2人はかじりながらハーネイトが質問に答える。


 彼は、魔獣など異世界から来たものの多くが自らの飢えを満たすために、無差別に人間のいるところを襲撃するということ、別世界からくる魔物や魔獣が長い漂流で飢えており、凶暴化しやすいことをエレクトリールに説明した。


 それに付け足し、わざわざここを狙いにやってくる侵略者もいることも話す。それを聞きエレクトリールは複雑な顔をする。彼の故郷も件数は少ないながらも同様のことが起きており、そして前に起きた事件のことを思い出していた。


「この星って、思っていたよりも生きていくのが大変なんですね……どこもおなじ、ですか」


「そうだな。生きるためには、襲い掛かる脅威と常に戦う必要がある。だから全員で力を合わせ、居場所を守らないといけない。それができない人は、みんな食べられてしまう」


ハーネイトは、この星特有の事情と、魔獣への対策について説明を重ねていく。規模の大きい国や街単位では戦士や魔法使いなどを雇う資金や地力があるが、そうでない町や村では資金や人材不足で思うように対策が進まなく、魔獣の被害が後を絶えない状況であった。


 そこで格安で魔獣退治を引き受けて各地を回っていたのが彼であるという。そして倒した魔獣などから素材を頂き販売する。実にうまく回ったシステムであった。


 けれども中には、協力を拒む街もあった。ハーネイトはそれを残念だとしたが、相手を尊重しそれ以上介入することをしなかった。結果として、そう言ったところは巨大魔獣などの襲撃で街がなくなったという。


 このことからハーネイトを邪険にすることは自身のみを危うくするという一種の方程式と共通概念が生まれ、次第に多くの地域で彼は歓迎されるようになっていったのである。


 また、彼の圧倒的な活躍と、ハーネイトという名前の意味から彼は「戦神」と称されている。


「そうなのですね。商売上手と言うものですか?尊敬しちゃいます」


「はは、しかしそうはうまくいかないのが常ってものさ」


「なぜですか?」


ハーネイトは更に、星の地形がもたらす人や物の交流の難しさに触れながら、なぜこういった仕事を行っているのかを話した。


 この星は人同士、街や国同士の交流が地形により断絶され希薄な状態であった、そのため余所者が来てもなかなか心を開いてくれず、本来の旅の目的である遺跡の発見や調査などにも悪影響があったという。


 それならば街の人から信頼を得ることで認められればおのずと情報が入りやすくなるのではないかと考えたと彼は丁寧に説明した。


 それに師匠であるジルバッドの教えを実践するために、魔法を駆使して事件を解決したり問題を解決する魔法探偵になったという。


「そうだったのですか。ハーネイトさんのやることって、人のためにすごく役に立っていると思います」


「結果的には、な。探偵業と言ってもついでに家の掃除修理から雑用、人探し、トラブル解決、魔物や盗賊退治、色々やって来た。リンドブルグを拠点にする前は機士国の元で働いていた時期もあった。様々な経験が生きているが、私は自分のためにやってきただけだから誉められるのはどうなのかなって」


 エレクトリールの好意的な発言に、ハーネイトは少し困った顔をする。そもそも自分がやりやすいようにやったことが先駆者として、結果として全員を幸せにしていることに複雑な感情を抱いていた。果たしてそれは褒められてよいものなのではないかと考えていた。


「でも、自身も周りも幸せになるプラスの関係、はあ、うらやましいです。私は軍人として長く働いてきましたが、人のためにそうまでして動けたかというと、自信はないです」


「でも、きっとエレクトリールも役に立っていると思う。誰かを守るためにそういう道に行く。守りたいものがある。エレクトリールも立派だと思うよ」


「ありがとう、ございます。ハーネイトさんは優しいですね」


エレクトリールは、ハーネイトの言葉に心を打たれ、彼の優しい心を感じた。戦う時とは違い、今の彼は穏やかで理知的な好みの人物であった。


 大王様の依頼とはいえ、星を逃げ出してしまったことから自信がなく、少しうつむいていたエレクトリールに笑顔が戻った時、進行方向に複数人の叫び声がする。


「エレクトリール、急いで向かうぞ。嫌な予感がする」


「はい!大変なことが起きているかもしれませんね。急ぎましょう」


 2人はその声にすぐさま反応し、先にハーネイトが街道を走り出す。それに続きエレクトリールも追いかけるのであった。

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