クソッタレ野郎の決める道

竜胆蘇芳@冬月

プロローグ とある日の出来事

────どうして?


 冷たい水が頬を伝い、地面に落ちる。時々その雫が熱を持っているのはなぜだろう。それは『自分』が悲しんでいるからだろうか。

 身体に力が入らず、ただ目の前の虚無だけを見つめている。


───どうして、こうなった?


 目の前で起きた状況が理解できない。今分かっているのは、止めどなく溢れるように出ている血が、目の前の『彼女』の血であるという事だった。

 出血多量とか言う問題ではない。否、血という問題でなく、そもそももう心臓が無いのだから。その人を証明する証が吹き飛ばされているのだから。


───あ、死んだんだ。


 驚くほどに、そんな冷酷な事実が読み込めた。いや、すでに気づいていた事実を理解したくなかっただけだろう。その人が、こんな簡単に死んでしまうなんて理解できなかった。理解したくなかった。だって、このまえまであんなに元気だったのだから。


───どうして死んだ……? あいつが殺したのか?


 『自分』の思考は、次に、その原因へと向かっていく。『自分』は確かに見た。『彼女』の心臓が吹き飛ぶ瞬間、そして誰がそうしたのかを。


───あの目。赤い目。


 彼女を殺したのは、とにかく赤い人物だった。それが可笑しいだとか、それを思える脳を彼は持ち合わせていない。 


 そして、ただ思う。あの人がいなくなって、どうしていいのかわからなくなって。今、やっと『彼女』が大切だったと気づいて。愛するとかそんなことじゃない。家族のような温かい、たった一人がいなくなって『彼』は思う。


───ああ、何もしたくない


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 加古川かこがわ 零レイという存在を説明するには、彼が生きた時間、十四年が必要だ。

 ただ、簡単に説明してしまうなら、『性格がひねくれすぎて周りから孤立した中学二年生』という事になる。

 レイはやることなすこと考えすぎてしまい、『結局意味ないだろう』と考えてしまうのだ。


 そのせいで成績は底辺。人間関係も崩壊している。だが、其れを治そうとはしない。どうせ意味ないだの、意味があってむなしいだの、そんなことばかり考えてしまうのだ。


人助けなんてしても運命の出会いなんてないから意味ない。

毎日コツコツ貯金するぐらいならその時間をほかの事に使うので意味ない。

勉強なんて、わからないから意味ない。


 なんて、頭ごなしにろくでもないことを考えてしまう。そんなことを続けていたら、友人は離れていく。だれが自信もやる気も、それこそ生きる気がないといっても過言ではないレイを相手にするというのだろうか。いや、誰も相手をしない。そんなレイにかまうのはよほどの変人か、同類かそれこそ暇人だけだろう。


 レイがこんな人間になってしまった原因は、幼馴染、知人、兄弟など、レイの周りには超人が多すぎる。さらにたちが悪いことにレイの親は完璧主義だ。


 満点に近ければ、完璧近ければいい。その為だったらどんなこともする。そういう考えを持っている。弟はいわば親の理想のような人物だった。対してレイは平凡だったため、親にも愛されずに育った。


 だが、一番の原因はそれを理由に己を磨くことを劣ったレイだろう。どうやら世界は残酷なようで、異世界からお姫様が来るわけでなく、突然宇宙人が攻めてくるわけでない。特別なこと、才能もなく、努力もしない。あいつには勝てない。どうせ敵わない。そんなことを思い続けたのが今のレイだ。


 数年前、もう引っ越してしまった最後の友人はこう言った。


─────────君、とことん『クソッタレだね』


 二ヤリと笑い、その友人はレイの元を去った。中学生になった今思えば、その言葉は全てを見透かしていたのだろう。『クソッタレ』という不名誉な称号は案外早く学校中に広まり、何時しかみなこう呼ぶようになった。

 性格がひねくれ、またそれを治そうともしない。自信もなく誇れるものが何もない。正真正銘の『クソッタレ』になったレイをクラスメイトはこう呼ぶ。


 ある者は軽蔑の意味を込めて、またある者は面白半分で。


クソッタレ野郎と────────


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「■■。■イ! 起きて!」

「っ!?」


 幼馴染の大声で目を覚ました。どうやら、思った以上に眠りが深かったようだ。

眠い目を何とか擦り、前を向く。そこには幼馴染がいた。小さい頃、幼稚園から一緒の幼馴染だ。


 名を花岬 楓はなみさき かえでと言う。綺麗なロングストレート。パッチリと開いた目。所謂美人である。成績優秀才色兼備かゆいところまで手が届く。テストはいつも満点だし、成績表は四以下を取ったことがない。ほかにも、わずか二か月で生徒会長まで上り詰めたり、所属している部。女子バスケ部を全国大会に導くなど、『完璧』という字が具現化したような存在だ。


 この少女だけはレイのことを見捨てず、何時までも構ってくるのだが、レイに言わせれば、それすら「意味がない」ことである。実際、そのことを本人に行ったこともあるのだが、「私には意味があるの」と言って、構ってくる。

 相当のお人よしとしか言えないだろう。もしかしたら別の理由があるかもしれないが、それをレイが知る必要はない。


 そんな幼馴染がこちらを見つめていた。いや、美少女楓が見つめていた。だが、そんなことで動揺するレイではない。十年――――それこそ、物心ついた時から一緒にいたのだ。いまさら見つめられたところで動揺するレイではない。


 見つめている楓に対し、レイもなんとなく見つめ返してみた。負けじと楓も見つめ直してくる。


ジー……


見つめている。


ジー……


「はぁ、もう! 私の負けでいいから、レイはなんの競技にするの?」


 何の勝負かはわからないが、とうとう沈黙に耐えられなくなった楓が根を上げた。

 競技。先ほど寝ていたレイには何の話かさっぱり分からない。だが、黒板を見ることで理解できた。


(徒競走……?ムカデ……?)


 どうやら今は、秋に開催する『体育祭』の種目を決めているようだ。席順で決めていくようで(レイ最後列)今はレイの順番らしい。他のクラスメイトが『早く決めろ』と言わんばかりに睨んでいる。


 当然、クラスメイトにも嫌われている。性格もそうだが、学校で嫌われている理由は楓と幼馴染という事だろう。その上楓がレイに構ってくるのだからそうしようもない。楓を追い払ったり迷惑だとか言ったら、それこそどんなことが起きるかわからない。

 レイが成績優秀、それこそ楓と同じような人間なら問題ないだろう。だが生憎、レイはクソッタレ野郎である。努力が嫌いだし、わざわざ幼馴染のために勉強するなどもってのほかだ。


長年クラスメイトや先生に散々文句を言われてきたレイとしては、いまさらそんな視線などどうでもないのだが、このままでは埒が明かない。やれやれ面倒だなと思いつつも、空いている競技を探した。


「(えーと……? 徒競走100mは埋まっていて? 借り物競争や玉入れも…)って、1500m走しか空いていないじゃないかぁ!?」


 思わず立ち上がりそう叫んでしまう。選ぶも何も、それしか空いてなかったのだ。

1500メートル走。運動部以外では、いや、運動部でも地獄と化す競技である。当然、運動部でもなければ普段運動もしていないレイにとっても地獄だ。


 俺に選択肢はないのか!? 内心そう嘆いてしまうが、その嘆きもむなしく、1500メートル走の項目に例の名前が刻まれ、レイは崩れ落ちた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 放課後、あの後も一応は起きていた(ただし授業は聞いていない)レイは、ボーッと窓の外を眺めていた。レイの席は窓側である。

 生憎横の席は埋まっていて、美少女転校生が横に座るスキがないのが癪だとレイは思う。


 普段、放課後になったら家に直行しているのだが、今日は少し考え事をしていた。

楓に起こされたからだろうか。一日常、レイの頭には事の言葉が浮かんでいるのだ。


────『自分は、このままでいいのだろうか』


 つまりは、自分の将来の心配だ。自ら努力を放棄しているくせに何を言っているのだと言われそうだが、そんなことはスルーである。


 はっきり言って、レイは自分の将来を心配している。だが、同時に努力は無駄だとも思っている。

努力云々に関してはレイの過去がはっきり関わってくるのだが、そこは割愛。

ようは、レイにとって努力とは『無駄だと思い知らされたもの』となる。


 最悪、肉体労働でもしようかな、なんてレイが思っていると、不意に教室のドアが開いた。


 そこから顔をのぞかせたのは、小さい頃から一緒にいる美少女。やたらと構ってくる美少女。

つまりは楓だった。


「あれ? レイ、まだ帰ってなかったの?」


 楓は意外そうな顔をして尋ねてくる。対して、レイは心の中で迷った。

 さすがに、自分の将来について悩んでました、なんて言えない。

 ましてや、自分に対して構ってくる少女に対してそんなことを告げたらどうなるか分かったもんじゃない。レイはなるべく違和感のないように話を運ぼうとする。


「あー、エッとだな……。そう! 楓を待っていたんだ。一緒に帰ろうと思ってさ!」

「……ふーん。本当に? それだけ?」

「え、あ、うん。」


 聞き返されて少ししどろもどろになってしまうレイ。

だが、楓は「まあいいか」と不満げに納得した。

 危うくバレそうだった。何とか回避したが、これからは教室でこんなこと考えないようにしようとレイは思った。


楓がくるりと振り返り教室を出ようとするが、その前にレイが呼び止める。


「あ、裏門から帰りたい」

「……裏門から?」

「ああそうだ。裏門から帰ろう」


 楓が不思議そうに頭に?を浮かべている。なぜ裏門から帰ろうとするのか、それは、レイがほかの生徒に見つかりたくないからだ。

 レイたちが通っている『桜ノ坂中学』は裏門と下駄箱の距離が近い。近いという事は、つまりスペースがないという事。そのため表門側で部活を行っているのだ。


 そしてなぜその裏門から帰りたいのか。それは、楓がいるからである。一人だったら普通に表門から帰るのだが、この学校で楓は目立つ。それこそ、部活動中の生徒なんか居たら確実に声を掛けられてしまうだろう。そんな楓の横にレイがいたらもれなく『てめえ、楓さんと幼馴染だからって調子乗んじゃねえよコラ!』という視線を頂く事になる。ひどい場合は物を投げつけられるかもしれない。


 だが、それを楓に話してはいけない。なぜなら、『楓のせいでレイが迷惑している』という事を伝えることになってしまうからだ。そんなことをしたら楓は傷つく。そのあとはお分かりだろう。前項の生徒からレイが標的になるだけだ。できる事なら楓に裏口から帰る理由を尋ねられず、穏便に帰ることが出来ればいいのだが……。


「……なんで? 理由は?」


 ……どうやら、無駄だったようだ。これはまずいことになったぞと、レイは冷や汗をかく。言い訳するにしても、生半可な言い訳では通用しない。それにさっき言い訳は使ってしまった。二度も同じ手に引っかかる幼馴染ではないだろう。どうしたもんかと正直レイの頭の中がパニックになっているところで、楓が「あっそうだ!」と声を上げた。


「……ど、どうした?」

「いやね? 今日お母さんからスーパーで買い物頼まれていたの。だから裏門から帰った方が速いんだ。なに? 私が買い物頼まれていたこと知っていたの?」

「あ、ああ! そうなんだよ。楓が忘れたらいけないからって、楓のお母さんから頼まれていたんだ」


どうやらうまく事が進み、誤解してくれたようだ。レイがホッと胸を撫で下ろし、楓に声をかけ教室を出た。


(あれ? 結局スーパーで時間かかるから、部活帰りの生徒に見つかる可能性があるんじゃないか?)


 ……どうやら、今日は災難ばかりの日らしい。

レイはどうにか見つからないようにと、天に祈った。

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