第二話

1.(ホント、犬みたい・・・。)

 ツカサはエリクシルでの騒動の後、アプリルに向かった。しかし時すでに遅く、探していた男は見つからず、その足跡すら発見することができなかった。またもや行き先を見失ったツカサは、とりあえず次のキシエルに足を向けていた。




 キシエルまで一日半くらいとなる辺りで、後ろから大きな声で


「ツカサさーん!」


一人の女がツカサの名を呼びながら近寄ってきた。じゃれる子犬のようにしっぽをフリフリしている幻影が見えるかのように笑顔でいっぱいだった。


(あ、ほんとにしっぽがあるんだ・・・、というか誰? 何故私の名前を知っているの?)


 そんなことを考えながら、向かってくる獣人の女を眺めていたが、次の言葉で戦慄した。


「やーとみつけたですー。どこにいるか、具体的なことをカレンは教えてくれないからー。」


 ”カレン”、その単語が出た瞬間ツカサは意識を戦闘モードに切り替え、懐から短刀グラディウスを抜き放ち、自分の前にかざす。


「貴女何者!?」


 視線は獣人の女に送ったまま、右手で短刀グラディウスを、左手でマテリアライズのために準備をしようとしていると、女が慌てて


「待ってくださいっ! 私です、セリカですー!!!」


とツカサの数メートル先で、手を広げて全力で否定していた。

 ツカサはその名と話し方から思い当たるものがないわけではなかったが、今この世界には居ないはずであり、


「私に、セリカという名の知り合いはいない。」


油断なく、引きつり始めた獣人の顔を見る。確かにセリカの顔だった・・・。




 ツカサは戸惑いを感じていた。

 多分本当にセリカなのだろうと思えるが、もし自分と同じように亜人の身体を得たのなら、顔はカレンと同じ、つまり自分と同じ顔になる。かつ種族はヒューマンになる。自分は選択しなかったが、亜人生成機構を利用するという手もある。ただその場合、種族は選べるが顔は変わりセリカの顔になることはない。

 だが目の前にいるのは、セリカの顔をした獣人の女である。


 すぐに反応できるよう軽く武器を下げ、万が一違っていた場合、この世界の住人に変に情報を与えるわけにはいかないため、絞りながら幾つか質問することにした。


「名前。」

「はい、セリカ=クリスタですっ!」

「所属。」

「はい、テラフォーミング艦隊マザーシップ 量子コンピューター管理 第六チームですっ!」

「職務。」

「はい、量子コンピューターカレン管理者ですっ!」

「生年月日。」

「はい、・・・五月十八日です。」

「正確に。」

「えー、全部答えたら年齢逆算されちゃうじゃないですかー。女の子に正確な誕生日を求めちゃいけないんですよー?」


 ツカサは、下げていた得物を目の高さにまで上げ、


「やはり偽物の様ね。」


と断定する。


「待って待ってっ、信じてくださいっ!」

「冗談よ。貴女は多分本物のセリカだわ。お互い亜人同士だと確認する術がないけどね。」

「良かったー。本気でちょっと身の危険を感じました。けど、確認できますよ?」


 ツカサは首を傾げ


「どうやって?」

「カレンに聞けばいいんです。」

「確かにそうね。ちょっと待ってなさい。」


というと心の中でカレンに問いかける。


(カレン、私の目の前の獣人女性は、セリカ、であってる?)

(『はい、間違いなくセリカ様の記憶を持った獣人です。先ほどお近くにお送りいたしました。』)

(そう、ありがと。)


「カレンに確認したわ、久しぶりね。五百年以上ぶり・・・。こんなのおとぎ話の中だけだと思ってたわ。まさか自分が五百年ぶりなんて言うことになるなんて。ふぅ、で、なんでここにいるの?」

「寝ているだけじゃつまんないじゃないですか! ツカサさんが起きる頃に目覚めるようにしておいたんです!」



 目の前の獣人女性は、ツカサと同じ量子コンピューターカレン管理者のセリカ。妙に自分に懐いてきていた同僚・後輩であった。

 管理者は交代でコールドスリープから目覚めるため会うことがなく、またツカサとセリカは数十年ずれていたはずだった。最後にセリカが起きた際、ツカサと話したかったセリカが、ツカサの目覚めに合わせてタイマーをかけ、わざわざ起きてきたようだった。

 起きたところツカサはおらず、カレンに問い合わせ、亜人世界に居るということを聞いたセリカは、カレンを追い自分も上陸してきたのだった。



 とりあえず確認することだけ済ませてしまおうと思い、


「同じ顔じゃないわ? ちゃんと自分の顔だし。何したの?」

「カレンに同じ顔になるって聞いて。ツカサさんと同じ顔になるなんて恐れ多いっ! カレンに頼んで少し変えてもらったんです。種族も変えてもらっちゃいましたー。」


聞いたのだが、


(そんなことできたの!? 聞いてないわ・・・。カレン、どうして教えてくれなかったのよ。)

(『お尋ねになられなかったので。』)

(そ、そう、確かに確認しなかったわね・・・。いいわ、じゃ。)


少し力が抜ける結果となった。



「信じていただけましたよね? もういいですよね?」


 何を念入りに確認しているかわからないツカサは、


「もう疑ってないわよ。」


と言ったところ、途端にセリカが飛びついてきた。


「会いたかったですー。何回か一人で作業してたんですけど、寂しかったんですー。」


とツカサの胸で泣き始めた。頭を撫でて落ち着かせながらピコピコ動く獣人の耳をみて


(ホント、犬みたい・・・。)


などと考えていたのだった。



 一頻ひとしきり泣いて落ち着いたのか、離れたセリカは少し俯きながら謝ってきた。


「ごめんなさい、ツカサさん。つい嬉しくって・・・。」

「別に気にしてないわ。」


 ツカサは微笑みながら答えると、


「やっぱ、顔が違ってもツカサさんですー。」


身体ごと腕にくっついてきた。


(この娘はスキンシップが昔から激しかったのよね・・・。)


 どうやって引き離そうか考え始めたところ、急にセリカがきょろきょろと周りを見始め


「うわー、土だ! 木だ! 水だ! 本物だー!!!」


興奮しながら言い出した。


「こんなものいくらでもあったでしょう?」

「テラフォーミングで作られたわけだから、結局の所は人工物かもしれないですけど、コロニーや艦艇の中の人工物とは違うんです! 果てしなく広い地面から生えてる木や、見えないくらい遠くから流れてくる川の水は、私の認識では自然のものなんです!!!」


(あ、そうなんだ・・・。)


軽く引きつつ、目をキラキラさせているセリカを見る。


「私はコロニー生まれで、地球に行ったことがありません。だから実際にこう言うのを見るのは初めてなんです。はー、なんか圧倒されますねー。」


 ツカサはいまいちピンとこないがセリカの言葉の意図は推測はできたので、


「多分貴女が感じているのはなんでしょうね。私もコロニー生まれで地球には行ったことないけと、でもそこまでなものかしら・・・?」

「そこまでなものですよー。」


とやり取りをした後、二人で街に続く道の先の地平線を眺めていたのだった。




 その後キシエルに続き道を二人で歩きだしたのだが、唐突にセリカがこんなことを言い出した。


「カレンがマテリアライズを開発しましたよね? あれって何なんでしょう?」


 ツカサは


(相変わらず脈絡なく話が飛ぶ娘ね・・・。)


と考えながら、自身の認識を語る。


「この世界では私たちの知っている物理法則とは少し違っているの。わかりやすいところでいうと、”水”という物質は気体・液体・個体になるでしょう? あぁ相転移でいうと第四の状態としてプラズマと呼ばれるモノもあるけど。また、”火”という現象は、物質じゃなく燃える物質と酸素が反応して熱と光を出す事柄ね。

 マテリアライズに利用するマテリアは、状態になっているの。水の結晶、それがマテリア。カレンの分析では鉱物。まぁ水のマテリアなら河原に行けば、石と同じように普通に転がっているしね。

 ではその水の鉱物マテリアは何なのか? 加熱しても冷却しても状態は変わらない。そこでマテリアライゼーション、具象化を行うことで、本来の存在として利用できるようになるの。

 単一のマテリアで、物質や現象として利用できます。水の鉱物マテリアは水という物質に、火の鉱物マテリアは火という現象に変換できます。

 複数のマテリアで、式に則って変換することで、結果を即時適用できます。例えば、水と火の鉱物マテリアを利用し、それぞれの配置と向きを持たせた方程式を変換すると、竜巻になったりするわけ。

 と、さもわかった風に話しているけど、ごめんなさいね。本当に細かな理論はカレンに聞いてちょうだい。カレンが見つけ開発したものだし、説明しきれないの。」


 少し困った顔で話を終えると、セリカは食い気味に話しかけてきた。


「最後のとこです!」

「ん? カレンが見つけた、の辺り?」

「もう少し前の、水と火の鉱物マテリアを利用して、のところです! 今の説明で竜巻はわかります。それ以外がピンとこないんです!!!」


 ツカサは教えることが嫌いではなく、わからないところが明確ならそれに答えてあげたくなるタチであり、何とかこたえようとした。


「うーん・・・、求めているものの答えになるかどうかわからないけど、私の解釈で言うとね、マテリアライズには

 ・自然系

 ・科学系

 に分類されます。。

 自然系は、火・水・土・光・闇と言った属性ごとの球・刃・矢・槍などの形態を用いたモノ。

 科学系は、電磁砲や自由電子光線束等、科学的な行為の結果ね。

 ちなみにこの世界の住人が使っていてもいいのは自然系。科学系は・・・すべてじゃないけれど、私たちの現代科学兵器に類するモノはアウトね。

 こうやって考えると、汎用性が一番高いのは水かしら・・・? 水そのままや氷としても利用できるけど、風も起こせるし、加工すれば電気も起こせるし。大体科学系は必ず使っているしね。

 マテリアライズは、想定する結果から利用するマテリアを決定して、式を思い描いて変換して、という流れなわけだから、あまりマテリアの変化過程は意識していなかったわね。」

「じゃぁ、どうやってほしい結果からマテリアがわかるんですか!?」

「・・・貴女、マテリアライズの知識、コピーしなかったの?」

「えっ、してますよ? あ、私知ってました!」

「・・・。」


 ツカサは脱力を感じていた。


「ツカサさん、先生みたいですー。」


 それに比べセリカは元気いっぱいだった。


 そんな二人はキシエルに向け歩き続けた。

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