①パラドックス破り


 それでは本日のスペシャルゲスト、神様に登場していただきましょう。


「神様、よろしくお願いします!」


 私が呼び掛けると、部屋の扉が開き、神様が入ってきました。

 普通に歩いて入ってきました。


「わしが全知全能にして宇宙の創造主たる神じゃ」


 長い白髪に長い白髭。

 鼻が高く、彫りの深い顔をした、老年の白人男性。

 服装は古代ギリシャ人のような、裸の上に白い布を纏って片方だけ肩を出しているあれです。

 ソクラテスやプラトンを思い浮かべてもらえばわかるでしょうか。

 あんな感じです。


 神様の姿を目の当たりにするのは初めてですが、なんと言うか、あまりにイメージ通りだったので、なんだか拍子抜けです。

 地に足が付いてますし、特に人間と違うところはないので、見た感じはただのコスプレおじいちゃんです。


「言いたい放題じゃな」


 突然、神様が声を上げます。


「そもそも、わしに決まった姿形はない。今日はお前たち人間にわかりやすいよう、この姿で来てやったまでじゃ」


「ええと、私なにも言ってませんが……」


「言わずともわかる。わしは神様じゃからの。すべてお見通しよ」


 神様は得意気な表情をします。

 いわゆるドヤ顔です。


「では取り繕う必要はなさそうなので、今日は率直に疑問をぶつけさせていただきますね」


「なんでも言うがよい。わしに知らぬこと、できぬことはない」


 またドヤ顔。

 少しイラッときますね。


「聞こえとるぞ」

 

 今度はムッとする神様。

 めんどくさいおじいちゃんですね。


「おい!」


 いちいち相手にしていたらキリがないので、話を進めましょう。


「では、さっそくですが、神様に『絶対に持ち上げられない石』は作れますか?」


「無論、作れるに決まっておる」


「では作ってください」


「よかろう」


 神様が床に手をかざします。

 すると、床の上にピンポン玉くらいの小さな石が出現しました。


「試しに持ち上げてみるがよい」


 手のひらサイズの石ですから簡単に持ち上がりそうです。


 しかし、


「うう、こんなに小さいのにビクともしませんね」


「どうじゃ? なんならもっと力のある人間を呼んでも構わんし、文明の利器を使ってもよいぞ?」


「いえ、それには及びません。それより、神様にこの石は持ち上げられますか?」


「無論、できる」

 

 全知全能なのだから当然そのはずです。

 でも、持ち上げてしまったら、神様は『絶対に持ち上げられない石』を作れないことになってしまいます。


 にも拘わらず、神様は簡単に石を持ち上げてしまいました。


 全知全能破れたり!


「なにを言っておる。破れとらんわ」


「え、でも、『絶対に持ち上げられない石』を持ち上げてしまったら……」


「馬鹿者、神は例外に決まっておろう」


 なるほど、そうきましたか。

 例外。

 便利な言葉ですね。


 でも、これはあいさつ代わりに過ぎません。


「では、神様にも持ち上げられない石は作れますか?」


「無論、作れる」


 でしょうね。なにせ全知全能ですから。


 さっきと同じように、床にピンポン玉くらいの石が現れました。


「では、その石を持ち上げてください」


 さあ、どうします、神様?


「馬鹿にするな。神に不可能はない」


 そう言いながら、またしても軽々と持ち上げてしまいました。

 

「おかしいですね。その石は神様にも持ち上げられない石だったのでは?」


「そのとおりじゃ」


 神様は悠然と答えました。


「どういう意味でしょう?」


「お主が言ったであろう。持ち上げられない石と。つまり、作った時点では持ち上げられない石だったが、その後、持ち上げられる石に変わったのじゃ」


 なんという屁理屈。

 まるでペテン師ではありませんか。


「こら、無礼なことを考えるでないわ!」


 無神論者は皆こんな感じですから気にしないでください。


「せめて口で言わんか!」


 だって、どうせ心が読めるなら面倒ですし……。

 

 おっと、話を進めましょう。


「では、神様にも持ち上げられない状態が変化しない石を作ってください。それから、その石を持ち上げてください」


「無茶を言う……」


 神様は呆れたようにつぶやきました。


「おや、できないのですか? 全知全能なのに?」


「できないわけではない。だが、そんなことをしても無駄じゃぞ」


「どうして無駄なのですか?」


「まあいい、やってやるからよく見ておれ。見られるものならな」


 神様が石に近付いていきます。

 そして――


「あ、あれ?」


 神様の姿がぼやけて見えません。

 石も見えません。


 それ以外のものはハッキリ見えるのに、どうなっているのでしょう?


「やはりな。因果律が崩壊を起こしよったわ」


「え、因果律って……?」


「要するにじゃ。神の力でパラドックスを打ち破ることはできるが、その状態を人間の脳で知覚することはできぬのじゃ。ねずみの脳では言語が理解できぬようにな」


 あー、なるほど。

 そっちの方向できましたか。

 考えましたね。


「おのれ、まだ疑うか!」


「だって、幻覚でも見せてごまかしてるだけかもしれないじゃないですか」


「では、どうすれば納得するのじゃ?」


「簡単です。人間の脳で理解できないなら、できるようにすればいいんです。当然、できますよね? 神様は全知全能なのですから」


「うむむ、できぬわけではないが……。無理矢理になるぞ?」


「無理矢理でいいからやってください」


「よかろう……」


 次の瞬間、わたしの目に二つの出来事が映りました。


 一つは、神様が石を持ち上げている状態。

 もう一つは、神様が石を持ち上げられない状態。


 二つの事象が同時に重なって見えます。


「え、これは、分身?」


「分身ではない。人間の脳で無理矢理パラドックス破りを知覚しようとすれば、こうなるのじゃ」


 うむむ……。

 確かに、相反する二つ状態が成立しています。パラドックスが破られています。

 ですが、この光景が幻覚でないことを読者の皆様に伝える術がありません。

 無念です。


 神様が強気な感じで言います。


「納得してもらえたかの?」

 

「仕方ありません。この例題ついては納得しましょう。ですが、まだ全知全能の力を信じたわけではありません。次の質問に移らせていただきます。よろしいですね?」


 皆さん、見ていてください。

 必ずや神様の化けの皮を剥いでやりますからね。


「おい!」

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