17 幽閉のスケラトス
昔々、ここは偉大な魔法の国。
あるところに年老いた魔法使いがいました。
彼は人目を避けて薄暗い洞窟で隠遁生活を送っておりました。
ですがそんな魔法使いにも子どもがおりましたので、あるとき魔法のすべてを譲ろうと思い立ち、ふたりを呼び寄せて言いました。
子どもらよ、私は老いた。
だがお前たちは双子なので、どちらかひとりに私の全てをゆずろうと思う。
私は若い頃、魔物を呼びだし、その恐ろしさに耐えきれずに地下に閉じ込めたことがある。その魔物を殺した者に魔法を譲ろう。
魔法使いの子供たちは地下の鍵を預かり、相談して地下に入ることになりました。
しかし双子の片割れはずる賢く、兄を先に行かせて、魔物を閉じ込める扉の鍵を外から閉めてしまったのです。
悲鳴は三日三晩続きました。
静かになったころ、扉をあけてみると、そこには無惨に引き裂かれた死体がありました。
こういうことになれば、父親は残ったひとりに魔法をゆずることになるだろうと考えたのです。
弟が意気揚々と父親に兄が死んでしまったことを伝えますと、老人は首を傾げて言いました。
はて。地下の魔物などはまったくの作り話。
大法螺であることよ。
それなのになぜ兄弟は死んでしまったのか、と。
そしてこうも言いました。
おそらく、魔法は既に譲られたのであろう。と。
そう言うと老人は洞窟を去り、二度と戻りませんでした。
これより以降、息子たちは《幽閉のスケラトス》と呼ばれました。
即ち閉じ込める者の名であり、永劫の鍵であるのです。
******
物語の最後の一節を述べ、シスター・ルビアはその場に膝をついて祈った。
物語を口にした、ただそれだけで周囲の気温が一段と冷え、空気が濁ったように感じられる。
明かりは点々とついているが、まるで洞窟のように暗い。
シキミは後ろ手に縛られて柱に繋がれ拘束されながらも説得を続けていた。
「まだ間に合う。こんなことはやめるんだ」
「どうして? 今からここにマスター・ヒナガが来る。か、彼は聖アイリーン様を殺した大罪人だ。や、奴を殺したら、そしたら、きっとお父様はお喜びになるにちち、違いない」
そうしたらもう、罪は許される。
鞭で打たれなくて済む。彼女はそう言って涙を流す。
もしかしたら、彼女の言う通り、その行いを父ヘデラは喜ぶかもしれない。
だがそれも束の間のことだ。
ルビアとて、そのことをわからないはずはない。だがほんの短い間、父親の歓心を買えれば彼女は満足だったのだ。
それほどまでに、暴力から逃れるためなら他者の命を葬り去ってしまえるくらいに、ルビアは怯えていた。
そして庇護者は存在していなかった。
恐怖と孤独によって、彼女は醜く歪んだ怪物と化してしまったのだ。
シキミはマスター・ヒナガの到来を待っていたが、連絡を入れたのは失敗だったかもしれないと考えてもいた。
こんなところには、十五歳の少年は相応しくない。
ここは地獄だ。
救われない魂の牢獄なのだ。
「――――それに、ほら、もう来ま、来ましたよ」
ルビアは立ち上がる。
シキミはあたりを見回したが、それらしい人影は見えなかった。
そこは先ほどの現場近くの、営業が終わった
店はすべて品物が片づけられ、非常灯が点くだけで全てが沈黙したままだ。
ルビアには足がなく、人質を抱えては長距離の移動ができない。市警に囲まれれば逃げようがないはずだが、場所を移動しようとする気配もない。
あくまでもここで待ち構えるつもりらしい。
「ルビア、誰もいないよ」
「す、スケラトスが教えてくれる、の。森の主が近づいてく、くる。ここに、来る。い、偉大なま、魔法使いたちの祖、はじまりの魔法使い。人食いのバケモノが……」
「それはマスター・ヒナガのことか?」
「いずれは、そ、そうなる。アレは化け物なのよ。オルドルに共感した時点で、彼も人を食わずにはいられない狂人になって、なってしまうと。スケラトスはそう言ってる。でも、わたしは大丈夫。つ、強いから。だって、貴方が強いから」
彼女は二つの鍵を両手に構えた。
それとほぼ同時に、何かが広い空間に飛び込んできた。
それは小さな筒に見える。
「水……?」
一瞬遅れて、筒から細かな水滴があふれ出した。
撒き散らされた水滴はその場で蒸発し、異様な勢いで空間全体に広がっていく。
霧の立ち込めるそこに、人影が現れた。
青地のマントに金の刺繍、杖を手にしたその姿は頼もしく魔術学院の教師のものだが、表情は少年らしい悲愴さに満ちていた。
「何故、君なんだルビア」
状況からして、路地裏の遺体を確認したはずだ。
消えたシキミを攫ったのが誰なのか、殺人を犯したのが誰なのか、彼は気がついただろう。それが顔見知りの少女であることに、彼は傷ついているのだ。
そう悟ったとき。
「来てはいけない!」
シキミは力を振り絞って叫んだ。
それは心からの言葉だった。
これまでいくつもの嘘を重ねてきたが、それだけは間違いなく心からの言葉だった。
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