バトル・オブ・マジカルフィスト

きゃぷ。

第1話 決闘〜そして終結

ーーーーそこには二人の戦士が只々ただただ静かな佇まいで対峙していた。互いに睨みを効かせる。


一方は短髪の赤髪で身体に紅焔こうえんの鎧を纏い、触れたら秒で爆死しそうな噴出力だ。

他方は腰程の空色髪で全身に氷華ひょうかを身に纏わせ、外液を全て瞬間凍結するだろう旋風だ。


「オレぁ翳谷緋色かげたにひいろだ」

「私は甕覗零かめのぞきれいだ。」

「……………………」

「……………………」


ここは異世界にある闘技場。収容数およそ一万人。如何なる魔法だろうと傷がつくことはないここでは観客の皆も息を飲んで両の出方を見守っている。

ーーーー緊張が走る。


そしてーーーーーーー痺れを切らした一方が動き出した。


ーーーールールは単純明快。拳と魔法の攻撃のみ。ただし、生死は問わない。以上だ。


「オラァァァァァーーー 『えん』」

右拳に火力を込め【緋色】が駆ける。

出遅れた観客は息をつく暇がなく、歓声が上がらない。それほどまでに単純に速かった。

しかしーーーー


「重鈍。その程度か」


【零】は慌てる様子はなく、むしろ汗ひとつ垂らさず向かう拳を最小限の動きで右に避けた。


時間差で観客の雄叫び。


「鬱陶」

熱を帯びた眼をする【緋色】に対し、【零】は酷く冷徹で鋭利な眼をしていた。


「まあまだ肩慣らしだ。オレの力量を計るにははえーよ」

足裏から炎をジェットエンジン代わりに利用し驀進ばくしんする。さすがに速かったのかようやく【零】も能力を使用する。


「煩雑。……『冷華千れいかせん』」

ただ一言だけ発言をし開いた手を相手に向ける。すると、はらりと氷華が落葉したかと思えば地面にそれが触れた瞬間ーーーー【零】の目の前に刺々しい氷の華が咲き乱れた。

これには立ち止まるしかなくなった【緋色】は急ブレーキを掛けるーーーーのではなく更に加速を強めた。要は当たって砕けろだ。


「阿保。翳谷かげたに、お前はどうしようもないな」

「うるせーよ、甕覗かめのぞき。これがオレぁのスタイルだ」

そう【緋色】は言い放ち、氷華の壁に打つかる寸前、全身から『プロミネンス』を放出させる。


「この程度ならこの爆発の熱量で足りる。『フレア』いや『コロナ』を使うまでもねぇや」

その突撃は全てを昇華しきってしまった。

そしてその間に【零】は距離をとる。


「馬鹿。自分の技を態々わざわざ提示してやるとは」

「いま、技とわざわざ掛けたのか?」

剽軽ひょうきんな口調で言う。


「軽薄。死にたいのか?」

【零】は顔からは一片も表情が読み取れないが、内心馬鹿にされたことがどうやら気に障ったらしい。

案外簡単な男だ。


「撃滅。……『細氷さいひょう』……『紅雪あかゆき』」

キラキラと輝く氷雪が宙を舞う。そして指を打ち鳴らすと紅く染まった氷ーー藻を含みーー【緋色ひいろ】に付着しようと飛行する。

【緋色】はというと御構い無しに突っ込むーーーーがそのスピードは先程までと打って変わって遅緩ちかんとしている。


「あぁん? なんだこれ⁉︎ 動きずれぇな」

「笑止。私の本命はではない……『樹氷じゅひょう』」

「っんだと? まぁこんなの燃やせばっ!!!!」


【緋色】に纏わりついた雪氷藻類が様相を変化させ、その身体を貫かんとする。その姿はまるで氷の華が木に咲くように美しく。


「なめんじゃねーーーー! 『粉塵爆発ふんじんばくはつ』」

だが、それで殺られるわけはなく自身に吸着する藻類を利用して爆撃を巻き起こす。


「あぶねぇーあぶねぇー。冷や汗かいちまった」

実際危なかったでは済むはずのない威力だったのだが、殆ど無傷で脱出していた。


「称賛。だがまだ安心するには早い……『雹風ひょうふう』」

昇華され辺り一面水蒸気となったそれを再結晶化し雹の雨を降らす。


「ウゼェウゼェ。俺にも攻撃させろや 『陽炎かげろう』」

れい】の攻撃をプロミネンスで防ぎ、右手から炎の蜻蛉かげろうを多数排出する。【零】の雹が一直線攻撃なのに対し、こちらは自由奔放に動き回る小型兵士といったところだ。


甕覗かめのぞきや。これは避けるのは難しいんじゃねーか? それに『陽炎-コロナ』」

【緋色】の合図を元に蜻蛉が【零】目掛けて翔ぶ。そして瞬間、激しい炎上と共に爆撃した。


「『プロミネンス』なんか比にならんくらい熱いんじゃないか? プロミネンスは数千度から数万度、コロナは数百万度。そしてフレアは数千万度だ。つまりオレェ言いてーのはまだまだ本気じゃないってことだ」


すると炎々の中から人影が薄っすらと見え始めた。もちろん鎮火はされていない。しかし、


「雑魚。まだ本気ではない? その話が本当ならば、熱さ的には半分の力を出しているのではないか? それでこの程度なのか……『氷刃ひょうじん』」

徐々に顔を表し、そう言うと氷の刃を無数投擲していた。


「そんなんありかよ『火柱ひばしら』」

円状の火が天まで届くのではなかろうかというほどに燃え盛った。


「提示。私も教えてあげよう。なに、単純な話だ。氷壁を張っただけだよ。破壊される前に次々と張り替えはしたがね」

原理的には水の上を走るとき、片方の足が沈む前にもう片方の足を運ぶというのと同じようなものだ。つまり相当難度の高いことをやってのけたのだ。しかし、流石に負担だったのか汗を垂らした。


「だが、お疲れの様子でー? だからって手加減なんかしてやんねーがな」

そう言い放ち、


「さぁここからはオレの土俵だ『地熱じねつ』」

【緋色】が右足で地面をそう言いながら踏むとーーーーフィールドが太陽付近にいるような熱量を放った。


「コロナの熱さを防ぐのに苦労していたなー? 教えておくとこの地熱もそうだ。いつまで持つかな?」

「相殺。…………『氷河期ひょうがき-絶対零度ぜったいれいど』」

すると冷気を放ち、みるみるうちに吸熱されていく。


「放漫。翳谷かげたに、調子に乗るのが早いな。……『細氷さいひょう』」

「その手はくわねーよ。馬鹿にしてんのか?」

【緋色】は攻撃を受ける前に【零】の1m圏内まで迫った。そしてブーストをかけ、アッパーを喰らわそうとする。


「単純。……『氷瀑ひょうばく』」

間髪入れず【零】は煌めく透明度の高い氷雪を滝状に造形し地に落下させる。

そして、それは【緋色】の肩に刺さった。血がドクドクと流れでる。


「あ? なんだよこれ⁉︎」

驚くのも無理はない。なぜなら刺さった箇所から徐々に中心の方に侵食を進めていたのだから。

試しにコロナで融解をしてみるーーーーも意味をなさない


「くそっ。なら、こうするしかねぇ。甕覗かめのぞきも一緒だ」

【零】が手に届く範囲にいたので適当に服を鷲掴みした。勿論手はコロナで覆っている。でないと壊死してしまうからだ。


「ふぅ………………『フレアぁぁぁぁぁぁぁぁ』」


呼吸を整え、腹の奥底から叫んだ。

そして、一生のうちに絶対に感じることはないであろう数千万度のエネルギー量を一挙に放ったのだ。熱いだの寒いだの概念なんか吹き飛んでしまうくらいに凄まじかった。もしもこの闘技場が万能でなければ観客は一瞬のうちに跡形もなく焼死していたに違いない。

フレアを放った当事者にも焦げがチラホラと伺える。ーー人間の丸焼き状態だった。


「これだから解放したくなかったんだよ」

フレアは敵味方関係なく、もちろん使用者も例外なく滅する究極の技、いわゆる殺される寸前の足掻きの為に存在する奥義であるのだ。


「くそ、煙で何も見えねーってーーーーーー」

この爆発力なら例え絶対零度のフィールドを敷いていたとしても【零】はひとたまりもない、あるいは木っ端微塵になっているだろう。そう【緋色】は考えていた。

だからこそーーーー


覿面てきめん。だが……『氷塊ひょうかい』」

膝をついて倒れかけている中、氷の塊を投げつける。

それよりも生きているのが不思議なほどに黒焦げで、辛うじて手脚が吹き飛んでいないという奇跡状態で動いているのにも関わらずその上攻撃など出来るものか? こう考えるのが普通であろう。しかし、【れい】は常識はずれに戦闘をすぐさま開始したのだ。


そして、氷はヒュンと【緋色ひいろ】の顔の横を疾駆する。それも当然であろう。手足ガクガクの身体で動けるだけでもすごいのだから、それに正確性を求めるのが無理な話なのだ。


ーーーーだからこそ驚愕の表情を隠せなかった。


「なぜだ! なぜ、まだ動けている⁉︎」

「嫌悪。負けなど死ぬより恥じるべきことだ」

【零】は冷淡だか意外にも根性はあるようだった。それに闘技に参加している時点で負けは絶対に許されないとそう考えていたのだ。


「なるほどな。ならオレもそれに応えなきゃならんな」

「奮起。柄にもなく興奮してしまった」


一番初めに対峙した時のように、呼吸を落ち着けながら立ち上がり睨み合う。ーーーー身体は互いにボロボロだ。


「……………………」

「……………………」


「『八大地獄はちだちじごく-焦熱しょうねつ』」

と【緋色】が右手に焔を集中させる。

「『八寒地獄はっかんじごく-摩訶鉢特摩まかはどま』」

と【零】が呼応する。


二人の間に衝撃が疾る。ここにもし立っていたら、立っていられないなどと言うレベルではなく、もう肉体は塵と化すだろう。

それに、これだけ強力なら最初から発動させればいいではないかと思うだろう。しかし、二人のこの能力には弱点があるのだ。それは、寿命の喪失ーーーー肉体の崩壊が始まることだ。だから通常は使えない。というより使いたくないと言った方が正確だろう。


肉体のタイムリミットは十分。これ以上を過ぎると生存可能保証範囲を逸脱する。


これには観客も釘付けだ。どちらが勝っても負けても興味深いという風に。


「じゃあ行くぜーー『うおおおぉぉぉぉぉぉ』」

「激闘。 『はあああぁぁぁぁぁぁ』」


先に攻撃を喰らったのは【緋色】だった。【零】が外した氷塊が彼の無意識により自動変幻で仕掛けていたのだ。


「クハッ、っでもまだおわってねーーーー」


氷塊の分があってか正確に拳がヒットしたのは【零】だった。もちろん【緋色】の攻撃も当たり、身体の半分だけを抉った。

しかし、


「ふん、楽しかったぜ…………………………」

先に消滅したのは【緋色】だった。

「敬意。私もだ」

そうして勝敗はつき、闘技場は観客達の歓声に包まれた。そして満足した客は続々と退出していった。



とは言え、【零】は身体は半壊している。もう既にその場に身体は留めていられないほどに。勝利はしたものの戦う力は一ミリも残っていない。そして、これからも。

つまりーーーーーー


限界を迎えたのだ。


「愉快。…………私もそちらへ逝こう」


【零】は初めて笑みをこぼした。


「来世。ではまたどこかでな」


そこに立つ者は誰一人としておらず、ヒュルルと風が吹き、土煙りだけが只々ただただ舞っていた。そして先程の激闘、戦士の立つ場所には寂寥せきりょう感が漂っていた。だが、それで良いのだ。それこそがここで戦闘した者に対する敬意なのだろう。たとえこの試合を忘れる者はいても、この闘技場だけは記憶している。


幾千もの試合が行われようともーーーーーー


くして一つの物語けっとうが終結したのだった。


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バトル・オブ・マジカルフィスト きゃぷ。 @ryuryu1

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