グリーン・クリスマス

嘉田 まりこ

share-1 玄関

 日が短くなったことにだいぶ慣れたこの頃。マフラーや手袋はさすがにまだしないけれど、纏う服の色はワントーンもツートーンも深くなり羽織るジャケットは厚手になった。


 またこの季節がきたんだ。

 この季節は彼に恋した季節。

 一年前から私はずっと彼が好き。

 彼はきっと気がついてなんかいないけど。


 ***


 玄関のドアをあけるとスニーカーが二人分とショートブーツが一人分、出しっぱなしで並んでた。

 リビングから聞こえてくる四人分の声と、何だか美味しそうな出汁の匂い。


 ――あぁ、今日おでんにするって張り切ってたっけ。


 脱いだ靴を自分専用の棚に戻す。

 出しっぱなしの靴たちも代わりに片付けてあげようと、まずはブーツに手を伸ばした時、閉めたばかりの玄関の鍵がカチャリと音を立てた。


「「あ、」」


 漫画の一コマみたいに、二人の吹き出しが重なった。


 彼は、屈む私が何をしようとしているのかすぐに気がついた様で「全くあいつら、何度言っても直らないな」と苦笑いした。


 片眉が下がった困り顔。

 朝、出勤する時に纏う固い鎧を一気に脱ぎ捨てるようなその瞬間。

 好きな人のそんな顔を見れる私は、きっと幸せだ。


「いえいえ、お互い様ですから」

「お互い様?」

「はい。私はこんないい匂いのおでんは作れませんし」


 人差し指を軽くあげリビングに向けると、彼は顔をそちらに向けて鼻をクンっと一度だけ動かしてから笑った。


「確かにいい匂いだ」

「でしょ?あの子のおでんは格別ですよ」

「そうなの?」

「はい」


 いつの間にか一緒に片付けたの靴。何度か手が近付いたことに慌てた。


 武田たけだ 直希なおき


 部屋に向かう彼の背中をこっそり見るのはもう何度めだろう。最近はドキドキよりも切ない痛みが勝ってる。


 ここは、シェアハウス。

 住人は私も入れて六名。

 共同の玄関とシューズクローク、リビングとダイニング、キッチン、バスルーム。

 そしてそれぞれのプライベートルーム。

 101号室に住む彼、武田さんは私より三つ年上の30歳。


 一年前のあの日から私はずっと彼が好き。


 ただ、同じ屋根の下にいても彼のことは知らないことばかり。シェアハウスに住んでいるからといって全てをシェアしている訳ではないから。


 だから近いけど遠い。

 むやみに近づけない。

 どこまで入っていいかわからない。


 ――好きだけど……好きだからこそ私は、ずっと距離を縮められないままでいる。


 

「あ!カナコちゃん!言いそびれた」

「は、はい!」



 彼が急に振り返ったからかなり慌てた。そんな私に気付かない彼が暖かな明かりの下で微笑む。


「おかえり」

「……武田さんこそ、おかえりなさい」


 うまく返事出来たかなんてわからない。ただこの照明の色は私の照れた頬を隠してくれたはずだ。

 彼は『ただいま』と笑うと、今度こそ廊下の奥に消えていった。

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