10-06 さすがに二日分のアドバンテージはでかいな

 過信はできない、か。だけど、


「対策できるだけ安心ですよ。明日も昼あたりに部室に来ればいいってことですよね」

「そうだな。こっちの三馬も言っていたが、明日にでも新たに大学ノートの用意をしておいたほうがいいだろう」


 もう一冊の大学ノートを手に入れて、文字の浮かび上がり現象を発生させて世界の分岐ぶんきを作ることで、俺と世界の集約状態を分離させる。


 向こうの三馬さんがさっき言っていた対策とおなじだった。


「こっちでは、大学ノートはどうなってます?」

「一三日に三馬に渡したままになっている」

「実はですね――」


 俺はオカ研世界での一筆書き状態であるという解析結果と、その後の、文字の浮かび上がり現象が、塗り潰し状態であったことを伝えた。


「そこまでわかっているのか。さすがに二日分のアドバンテージはでかいな」


 柳井さんは苦笑いを浮かべた。


「次の入れ替わり日時であるタイムリミットについて確認しておこう。もし万が一、世界の変質化が起こってしまった場合、この世界で決着をつけるデッドラインは――」

「出せます。次の入れ替わりは、ええと……」


 千尋は、マウスを操作そうさしパソコン画面をのぞき込んだ。


「八月二二日一四時四四分〇七秒ですね」

「あと六日後か。そのあいだに、ちばちゃんをなんとかしないとな……」


 なんともならないなら、青葉綾乃から自宅じたくの住所を聞き出して、霧島家へ乗り込む算段さんだんを立てておかないといけない。


「柳井さん、話はかわりますが、入れ替わり前の俺は、なんでギリギリの夜九時になるまで部室に来なかったんですか?」

「ああ。磯野の家の墓参りが今日だったらしい。そこから大学へ来る途中、夜の八時ごろに大学でドッペルゲンガーの発生もあって、遭遇しないように連絡を取り合いながら近くで待機たいきしてもらっていた」


 そうだったのか。

 世界がちがうと、おなじ出来事でも時間的なズレもでてくるんだな。


「明日は青葉が部室にくるから、そこでちばちゃん対策を考えることにしよう」


 そういえば、


「怜はどうしたんです?」

「ああ。あいつは撮影旅行からずっと疲れがまっていたらしく、ここ数日、寝込ねこんでいるらしい」

「あいつらしいですね」

「そうそう、千代田といえばもう一人の磯野が「すごくなついてくるがなにがあった?」とぼやいていたが」

「……柳井さん、にやけないでくださいよ。なにもなかったんですよ。本当に、いやマジで」




 翌日八月十七日 十二時二一分。


 部室に到着すると、千代田怜が一人ソファに座っていた。


「よう。ほかには?」

「あ、おはよう。柳井さんと千尋は学食がくしょくに行ってるよ」


 ――違和感いわかん


 ……いや、空気感と言ったほうがいいか。

 千代田怜のまとう空気がとてもおだやかに感じる。オカ研側の怜が友好度ゆうこうどマイナス50だとしたら、こっちはプラス30って感じだ。


 ……まあ、気にせず気にせず。


 俺はソファに腰を下ろし、コーラのペットボトルをひと口つけた。


 無言。


 いつもなら、ふだんどおりなら、この無言は気にもならないのだ。

 ……のだが、ちらっと怜のほうを……って、なに顔をあからめてるのこの子! 目はそらされたのだが、なんだこのむずがゆい空気は。


 冷静に言語化すれば、これはおたがい「意識してる」ってやつだ。

 あ、これってラブコメ特有とくゆうの、これからエンディングをはさんでバッド・コミュニケーションが発生しそうな感じのやつだろ。うわあ、すっげえ気まずい


「ねえ」

「……ん?」

「その……また入れ替わったんだってね」

「ああ」

「おかえり」


 怜はニコッと笑った。


「あ、ああ……ただいま」


 うわあ、どうしようこれ……。

 いままで千代田怜が笑顔を見せるとしたら、スマイル五桁円をほのめかす打算ださん的なものだったはずだ。

 しかしいまのはなんだ? 万券まんけんなんかぶっ飛ぶくらいのいじらしいこの笑顔に、俺はどうこたえるべきなのだろうか。


 いな、応えては駄目だ!


 ……たのむ! 誰か、誰か来てくれ! 俺たち二人のこの甘酸あまずっぱい空気をどうにかしてくれ! いや、なんだ、ここまで言ってなんだが、この千代田怜は可愛いんですよ? とはいえ、いまはそれどころじゃないし、そもそも俺はもう榛名のことが……そうだよ。榛名なんだから、変に思わせぶりな態度なんてダメだ。男として。そうだここはビシッと、いや、まずは落ち着くために、コーラをひと口……、


「おっつかれさまでーす!」


 ぶほあ!


 ……青葉綾乃よ、毎度まいどのように気管きかんに攻撃仕掛けてくるのやめろ。


「あ、磯野さんに千代田さん! お二人だけですか?」


 絵に描いたようなムフっとした顔をする青葉綾乃。

 こいつは相変わらずだな。怜のほうをみると、こちらも絵に描いたように顔を真っ赤にしている。


 ……くそう。もともとが乙女おとめなヤツだけにどうにもやりづらい。


「げほっ……ち、ちばちゃんからなにか連絡はないのかな?」


「やっぱり直接ちょくせつ会わないと説得しようもなくて。明日、二学期の始業式しぎょうしきなので、会ったらうまく誘導ゆうどうしてみようと思います」

「明日、高校は始業式なのか」


 強制エンカウントがあるのはありがたい。

 青葉綾乃であっても、ちばちゃんをSNSだけで説得するのは難しいだろう。


「お、磯野と青葉も来てたのか」

「おつかれー」


 柳井さんと竹内千尋が、部室に戻ってきた。


「わたしが、ちばちゃんから上手く引き出せればいいんですが」


 青葉綾乃から、ここ最近のちばちゃんとのやり取り話を聞いた。

 が、昨日SNSで確認したのとほぼ同じ内容だった。


 めずらしく気を落とす青葉綾乃に、なんだか申し訳ない気持ちになる。というか、めずらしくとか失礼だな俺は。


「いや、頑張ってくれたのに悪い」

「やっぱり直接会える明日ですかねえ」


 これで一日が無駄になるのは正直キツいな。

 いまのうちにやれることはなにかないのだろうか。


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