08-04 ウォーターパークていねプールだ

 怜の浴衣姿を見ていると、俺の頭のなかで撮影旅行のあの夜がリフレインしてきた。

 しかも、座っている俺に対して、威嚇のために前屈まえかがみで顔を近づけてくる怜のその姿勢は、首すじから鎖骨、胸元までのやわ肌が絶妙に見えてしまう。


 ――やはり、俺は、


 鎖骨萌さこつもえなのか。


「はっはは。磯野のヤツ、千代田に欲情よくじょうしてやがる」


 怜は顔を真っ赤にして浴衣の前を押さえた。

 恥ずかしさと怒りが混ざり合った顔で俺をにらむ。


「この変態へんたい!」

「おまえが前屈みになるのが悪いんだろ」

「けど仕方しかたないですよ。千代田さん綺麗きれいですし」と、なにちばちゃん、その処世術しょせいじゅつに長けたフォロー。


 ちばちゃんの不意打ふいうちにふたたび顔を真っ赤にする怜。そこへ霧島家の姉のほうが面白がりながらけしかけた。


「さっきなあ、竹内が嬉しいことを言ってくれていたぞ。なあ、竹内」

「うん。怜って可愛い」

「…………ふぇ!?」


 声にならない声を上げた怜。

 そのうしろには両手で口をふさぐちばちゃん。


 あまりにも予測できるリアクション。

 だが俺にとって、このむずがゆくにやけ面を隠しきれなくなるシチュエーションに、一方の千代田怜はえられなかったらしい。

「チェックアウトだから! チェックアウトなんだから!」と、わけのわからない台詞ぜりふを吐いて男部屋から逃げ出した。


「なんです? あれ」


 誰にむけたでもない俺の疑問に、笑いすぎて涙目なみだめになっている榛名が解説する。


「ああ。一〇時のチェックアウトのことを言ってるんだろうな。「このあとウォーターパークていねプールに寄るんだからさっさと支度しなさいよ!」って意味だと思う」

「なるほどな。……手稲ていねプール?」

「ウォーターパークていねプールだ」

「ウォーターパークていねプール……」

「ウォータースライダーのあるウォーターパークていねプールに行きたいらしい」

「ウォータースライダーのあるウォーターパークていねプール……」

「もうお姉ちゃん、千代田さんにあんなことしてダメだよー」


 ちばちゃんのあまり本気になりきれない抗議こうぎに、にやにやしたまま腰を上げる榛名。


 姉にむけていた呆れ顔を、まるで猫のように微笑みへと変えてちばちゃんは千尋につぶやいた。


「けど、竹内さんがあんなこと言うなんで意外でした」

「そうかなあ」

「なあ竹内、わたしと千代田には可愛いって言ってくれたけど、我が妹はどうなんだ?」

「えっ? すごく可愛いと思うよ」


 さらっとのたまいやがった。

 だが千尋よ、こうなると女なら誰にでも言いそうでまったく信用しんようならんぞ。ところが――


「あわわ……竹内さん、それダメですから! それはダメなんですから!」


 ちばちゃんもまた逃げ出した。

 榛名は満足げな様子で俺たちに手を振り、ちばちゃんのあとを追った。


 ……まったくなんなんだよこの茶番ちゃばんは。


「まあ、あれだ。竹内よ、榛名の助言どおり、本当に好きな子ができてからその子だけに言ったほうがいいぞ」


 千尋は「わかりました」と柳井さんにうなずいて、なにごともなかったかのように荷物を整えだした。


 そうそう、手稲プールと言っていたが、つまりは帰り支度じたくなわけだよな。


「じゃあ柳井さん、このあと札幌に戻るんですね」

「それはそうなんだがなあ。千代田が、帰札きさつしたら夜は夏祭りだとか言い放ってなあ」


 ……なに怜のやつ、夏のイベントをひたすら詰め込もうとしてるんだよ。


「あの……早く三馬さんと合流ごうりゅうして色々と相談したいんですが」

「その三馬は出張中でな、都合がつくのは明日になるらしいんだ」

「えっ、そうなんですか?」


 映研世界とは大幅にスケジュールがちがうもんなんだな。


 というわけで、我われオカ研一行は午前十時を待たずにホテルのチェックアウトを済ませ、一路、手稲プールを目指したのであった。




 ウォーターなんとか手稲プールに到着とうちゃくしたのは午前十一時。


 お盆休ぼんやみということもあって、カップルから家族連れ――いわゆるリアじゅうとリア充のれのてのつどい場となっていた。ああ、水場みずばが狭い。


 そんな中、まったく泳ぐ気のないサーフパンツ姿の俺。

 同じく泳ぐことなど考えていないのであろう、サーフパンツに赤いアロハシャツをし、サボテンの花にコメントを吐きそうなサングラス姿の柳井さん。緑のボックスパンツにサメの浮き輪をかかえた、泳ぐ気満々まんまんの竹内千尋の野郎三人が、プールサイドで立ち尽くした。


 あの奥に見えるの、あれがウォータースライダーか?

 めっちゃ並んでるぞ。高所恐怖症の俺があれを楽しむことはまずないので、正直どうでもいいのだが。

 いまごろ映研世界では、ここ一連の超常現象の核心かくしんせまっているだろうに、なにやってんだか……。


「わー混んでますねー」といつも通りはしゃぐ竹内千尋。


 目の輝きはふだんとは段違だんちがいだった。水を得た魚のようにき活きしている。

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