07-06 つまり、霧島榛名は、なにかを隠している?

 柳井さんは、しばらくののち電話を切った。


「明日、ちばちゃんが来る前に、三馬に部室まで来てもらうことになった」

「三馬さん、ですか?」

「俺の友達でな。オカ研の世界にもいるようなら、もう一人の俺にも相談するよう言っておいてくれ」

「どんな人なんです?」

「俺の高校時代の同級生で宇宙物理うちゅうぶつり学者だ。もともとSF研にも遊びに来ていた人間でね、こういう話は大の好物こうぶつなんだよ」


 あれ? 柳井さんと同期どうき理学博士りがくはくしってことは、博士課程かていを終えてるわけだから、最低でも二七歳はえているってことだろ? 柳井さんが今年七年生だとしても数字が合わないぞ? いや……深く考えるのはよそう。


「明日、三馬が来たら、まずは磯野の大学ノートで文字の浮かび上がり現象を実演じつえんしてもらう」

「大丈夫なんですか?」

「さっき言っただろ、三馬はSF研に出入りしていてこういう話は大好物なんだ。超常現象なんて見たらハマること間違いなしだよ」

「それなら心強いです」

「時空のおっさんについても、言語化を遮断するものの存在について、そういうものを専門にする人間なんかを呼べればいいんだろうが、俺にはあてがなくてな。三馬に相談すれば、言語学げんごがくなのか、脳科学のうかがくなのかわからんが、その分野ぶんやのツテを頼ることができるかもしれない。そもそもこの事態は、もう俺たちだけじゃ手にあまるものだと思う」

「僕も同感です。磯野が目の前から消えて三〇分後にまた現れたんですから……」

「……あとは、磯野がオカルト研究会の世界に入れ替わった際にやるべきことか」

「霧島榛名から情報を聞き出すってことですね」

「ああ。こっちの世界の霧島榛名が「色の薄い世界」に囚われているとするなら、なんらかの手掛かりがその子にある可能性が高い」


 オカ研の榛名。

 あいつがなにか知っているなら、俺の身に起こった出来事にたいしてなにかしらリアクションがあってもよかったはずなんだが。


「まあ、それはそれとしてだ。そのオカ研にいる霧島榛名にかんして、気になったことを話していいか?」

「榛名についてですか? ええ、もちろんです」

「その榛名って子の趣味と行動だが、なんだか楽しむことに躍起やっきになっているように見えるんだよな」

「躍起……ですか?」

「人生を楽しんでいるのはそうだと思うんだが、そう思うにはあせりがある気がするんだ。充実じゅうじつせまられているっていうか、楽しまなきゃいけないというか」


 いままでの榛名の顔が、頭の中をかすめていく。

 コロコロと表情が変わり、人懐ひとなつっこくて、悪戯いたずら好きで、それでいて妙なところで頭をまわしては、さり気なく人のことを気遣きづかう。


 一方で、無邪気むじゃきという傍目はための印象は、周囲しゅういにそう見せかけるためのもので、実際はつくろっているだけなのかもしれない。


「つまり、霧島榛名は、なにかを隠している?」

「ああ。ただ今回の件とはちがう気はするがな」

「どういうことです?」

「もっと家庭的な事情がその子にはあるんじゃないか?」

「家庭的な……事情?」

「そう思うのもさ、そっちの俺がその子に放任ほうにんしながらも妙に世話せわを焼いているだろ? なんだか親心おやごころ的にせっしてる気がするんだよ。なんでかはわからないが、榛名って子本人ほんにんが納得できるまで見守みまもる感じでな」


 ああ、そうか。

 柳井さんは、オカ研側の柳井さんの様子を外から見たからこそ、気になったってわけか。


「そんな接しかたをする俺が、なにを考えているか思い浮かべてみるとだな、


 その子、過去になにかあったんじゃないのか? そっちの俺はそれをさっして、変にサークルのしばりにこだわらずに、彼女のやりたいように放っておいてやってるんじゃないか?


そう思うんだ」


 世話好せわずきの柳井さんらしい。

 とはいえ、オカ研でのここ一年のあいつの様子を柳井さんの言葉とかさねてみると、驚くほどに違和感いわかんがなかった。


「柳井さんに指摘してきされるまで、全然気がつかなかったです」

「わからないだろうよ。俺だって、磯野いそのの話からもう一人の俺の行動を思い浮かべて、はじめてヘンだと思ったからな。もう一人の俺は、その榛名って子に関して妙に気を遣ってるな、ってな」

「なるほど」

「大丈夫だろうとは思うが、榛名って子、元気そうに見えて実は繊細せんさいもろそうな感じがするから気をつけてやってくれ。直接ささえるのはそっちの俺の役目じゃなさそうだし」

「え、そうなんですか? いま言われたみたいな気遣いができる柳井さんのほうが――」

「俺にはつとまらんよ。キャラ的におまえが一番の適任てきにんだと思う」

「……正直、ピンとこないです」

「あ、おまえには千代田ちよだがいるから難しいか」

「だかられいについてはまったくの思いちがいですから!」

「とりあえず頭の片隅かたすみに入れておけ」

「……わかりました」


 オカ研に戻ったら榛名からいろいろと訊き出すことになるだろう。

 けれど、あいつも自分自身のこととなると、あまり話したがらないからなあ。ちばちゃんとは別の意味で難易度が高いかもしれん。

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