05-08 あんたちゃんとわかってんの?

「……えーと、サークルの違いと榛名の有無うむ。……あとは俺のいままでの交友こうゆう関係が少し違うくらいかな。だけど、調べてみたらほかにもいろいろと出てくるとは思う」

「やっぱり違いは微妙なんだね。バタフライ効果、なんて言葉があるけど、いま磯野のげた部室の違いや榛名の存在自体の有無って、世界的に見ればすごい影響力になるはずなんだ」


 柳井さんが「なるほど」とうなずいた。


「いわゆるバタフライ効果は、言葉通り「ちょうばたき一つがどこかで竜巻たつまきが起こるくらいの影響を与える」ってことだ。それがましてや人一人の存在が消えるなんてことがあれば、カオス理論的にこの大学含めた周囲の状況だって相当変わっていてもおかしくはないのだが……。オカ研が映研になっているというのも、榛名が存在しないことから起こったバタフライ効果の結果なのだろうが、それ以外は話を聞く限りたいした違いはなさそうだしな」

「原因と結果の連続性れんぞくせいを考えると、榛名の存在の有無という大きな違いがあるのに、この二つの世界の共通点の多さはとても不自然ふしぜんな気がします。この二つの世界は、例えば榛名の有無という選択肢から分岐されたとしても、共通点となっているのは全然別の原因が元になっているんじゃないかと。それが偶然、パズルがハマったかのように一致しているというか。世界が似ているからといって、ものごとの分岐的にはお互いが近いとは限らない。本来ほんらいはお互いとても遠い場所にあった世界……宇宙のような気がするんですよね」

「並行世界、レベル3マルチバース。多元宇宙論たげんうちゅうろんだな」


 勝手かってに盛り上がる柳井さんと千尋のやり取りが俺には理解できない領域に踏み込んできた。マルチバース? 多元宇宙論? なんのこっちゃ。


「なるほど」

「磯野、あんたちゃんとわかってんの?」


 なんだ、怜は理解できているのか?


「まったくわからん」

「わたしも」


 なんだよおまえもかよ。


「ほかにも丘の上にある駅とか、チューブ状の高架こうかとか気になることが山ほどあるのだが……まあ、話を戻してちばちゃん対策だな」

「助かります。このままだと、次に映研側のちばちゃんと二人きりになれるチャンスなんていつになるかわかりませんし」

「それなら映研の世界でも味方を作ればいいんじゃないの?」

「え」

「だから、今日ここでやったみたいに、大学ノートに書き込んで文字を浮かびあがらせれば、って……それって、」


 怜は言葉を止めた。

 俺も気づいた。

 柳井さんも竹内千尋も。


「ちばちゃんの……大学ノート」


 映研のちばちゃんが持っていた薄汚れた大学ノート、あれは今日俺たちが目の当たりにした超常現象、


 ――並行世界からの通信が書かれているんじゃないか?


 ちばちゃんのノートは、この大学ノートと同じものなのか?

 だが、そうだとしたら――


「ちばちゃんの大学ノートは、誰と通信つうしんしているものなんだ?」


 千代田怜が答える。


「磯野はもう一人の磯野と通信しているんだから――」

「もう一人のちばちゃんと通信してる?」

「あ、けどこっちのちばちゃんが隠してるとも思えないしなあ」

「怜、磯野のノートの書き込みにあったでしょ、映研の磯野が書き込んでいるって。だから、ちばちゃんの場合も、映研世界の中での並行世界のちばちゃんが互いに書き込んでるんじゃない?」


 たしかに千尋の言うとおりなら理屈は通らなくもないが、それで映研に来たってことは――


「つまり、ちばちゃんはなにかを探るために映研に来た?」

「おそらくそうだと思う。なにを調べようとしているのかはわからないけどね。あ、」

「なんだ?」

「磯野、ちばちゃんも磯野とおなじように大学ノートを使って通信してるなら、ちばちゃんも磯野とおなじ状況に置かれているってことになるよね。それって――」

「そうか! 映研世界のちばちゃんも、色の薄い世界に迷い込んだ可能性があるのか」


 もしそうなら、八月七日の眩暈めまいと色の薄い世界を引き起こした原因が、ちばちゃんの大学ノートと結びつく。


「ちばちゃんが俺とおなじ立場だとしたら、色の薄い世界についてほのめかせば、彼女は食いついてくるんじゃないか?」

「ちょっとまて」

「柳井さん、気になることでもあるんですか?」

「むこうのちばちゃんも、超常現象の件で磯野のことを警戒けいかいしている可能性もあるだろう? 磯野がちばちゃんを超常現象を引き起こした張本人ちょうほんにんとして警戒したようにな」

「あ、たしかに」


 一昨日おとといの朝のちばちゃんとの鉢合はちあわせ。

 あのときの彼女の怯え方は、俺が超常現象の原因だと思っていたのなら合点がてんがいく。だから、怖いのを承知しょうちで情報を得るために飯に付き合ったのかもしれないし。……そう考えると、あのとき打ちけられたと思ったのが悲しく思えてくるが。


「じゃあ、どうアプローチすればいいですかね」

「千代田が言いかけてただろう。味方を作るんだ」

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