天国と地獄

朝凪 凜

第1話

「死んだら私たちってどうなるのかな?」

 唐突に、そんなことを零した今は朝のホームルーム前の宙ぶらりんとした時間だ。

「死んだらあの世に行くんじゃない?」

 そう答えたのは、氷川千佳ひかわちか

「あの世って天国? 地獄?」

 質問を繰り返すのは小早川こばやかわミチル。どちらも高校一年生で、特にすることもなく、机の前後でお喋りをしている。

「良いことをしたら天国に行って、悪いことをしたら地獄に行くって言うじゃん」

「良いことって何かな。敵に遭った時に『へへっ、メイドの土産に良いことを教えてやるぜ』って言うことかな」

「それ完全に悪役だな。っていうか敵ってなんだよ」

「でもメイドさんにお土産を渡すなんて良い人じゃない?」

「いや、そのメイドじゃなくて、冥土はあの世のことだから」

「えぇ! ふわふわフリルのメイドさんがいるお金持ちの人じゃなかった!」

「うん、違う」

「じゃあ冥土ってどこ? 天国? 地獄?」

「さぁ? なんかあるんじゃん? 三途の川を渡る時に、あなたはこっち、あなたは違う方、みたいな感じで」

「なんかテーマパークの待機列みたいだね。面白そう」

「そんで、その河原で石を積んでる人がいたりね」

「なんで石を積むの? 神様の供物そなえもの?」

「あー、供物を鬼が壊しちゃうのか。地獄っぽいな、そこ」

「三途の川を渡る前から地獄だった!」

「ちなみに神様の供物で石を積むのは山とか神聖な場所だから。あの世でお供えしてももう行き先変わらないから」

「やっぱり地獄かぁ」

「でも石を積むのをかなり頑張れば変わるかもしれない」

「かなりってどのくらい?」

「自分の身長くらいかな」

「でも鬼に壊されちゃうんでしょ?」

「早く積むの。鬼が回ってくるから、一分間くらいで積めば大丈夫」

「早い! 徳が積めそう」

「誰も得しないけどな」

「神様は嬉しいよ。供物もらえるから」

「あ、なるほど。じゃあ天国行きだ」

「でも石が供物って、神様も欲がないよね」

「じゃあ珍しい石だったりしたらお宝っぽいな

「石が紅簾石片岩こうれんせきへんがんとか」

「あ、お前、この前のテレビ見たろ」

「えへへ、千佳ちゃんも見たんだ」

「たまたまだよ、たまたま」

「それで、たまに赤い石に花崗岩かこうがんとか混ぜたりするの」

「削れたりしそうだな、その石」

「で、鬼の人がやってきて『お、この花崗岩は石英が多い』とか言ってくるの」

「石のネタ続くなぁ」

「でもこの三途の川の近くには火山がないから花崗岩なんてあるはずないということに、その鬼が気づいちゃう」

「偽物の花崗岩だ」

「それに気づいた鬼が石を壊そうとするんだけど、そこでこう言ってやるの

『これは地獄から取ってきた石だ!』

 って」

「本物の花崗岩になった」

「そうして鬼は雷に打たれたようによろけて三途の川に流れされてしまうの」

「鬼に勝っちゃったよ」

「それから数百年。新たな三途の川に石灰岩が見つかったという」

「壮大な終わり方になったな。石積んでた人はどうなったんだ」

「鬼を倒してしまったので、神様から天使になるように言われたの」

「天使……。また随分飛んだなぁ」

「それで石灰岩を見つけた人は、天使に会えるという噂が流れて––––」

「死んでるのに?」

「見つけた人が『おぉ、私の天使様。どうか願いを叶えてください』って」

「叶えられるんだ、願い……」

「でも願ったのは『石を積みたくない』だったから、その天使は地獄送りにしちゃった」

「タモさんじゃないと天国いけなさそうな三途の川だな」

「それからみんな天使が好きそうな玄武岩とか片岩とかを調べてものすごく石に詳しくなったの」

「河原で楽しそうなことをしてるな」

「でも鬼がそういう石を砕いたりしちゃう」

「石なくなっちゃうな」

「あ、鬼の仕事も無くなっちゃった」

「みんな天国行きだ。良かったじゃん」

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天国と地獄 朝凪 凜 @rin7n

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