愛に薬をひとさじ添えて

作久

第1話 一つ上のところから

 人によっては天界とも呼ぶし冥界とも呼ぶし天国と地獄という場合もある。今の世界の層より一つ上あたりの場所。そこでは、我々が菌のコロニーや森の植生分布を調べるようにこの世界を観察している者たちがいる。学問として成立し権威を得ているようなものではなく。同じ趣味のものが集まって活動しているような団体である。



「ああ、フディオ。ちょうどよかった。フロハのとこにこの書類届けて頂戴。」

「えー。」

「えー言わない。えっと。うん、概要と詳細の書類と決裁書。ちゃんとあるわね。それじゃ、頼んだわね。」

フディオは一言言いたかったが逆らったところでこの上司、アルレ・オックスに対しては得にならないことをわかっていたためしぶしぶ了承する。

「もうすこしであの子とあの子の間のルート開拓出来て面白いことになりそうなのにー。」

口をとがらせぶーぶー言わせ、肩で風切りフロハの個室へと足を進める。



「そういえばあのひとこの頃変な薬の研究またやってるらしいけど?」幾人かとすれ違い、ほどなくして彼女はフロハの個室へ着く。



「こんにちは。フディオです。アルレさんから書類ことづかってきました。」


開いたままのドアをノックし呼びかけど答える声はない。


「フロハさーん。いないんですかー」

フディオは呼びながら中に入っていく。そこには整理された執務机。

「奥かなぁ?フロハさーん?」

少し奥へと歩を進めると別の机に作業中の調合道具が並んでいる。

そのなかに一段高い場所に安置されたフラスコがあった。

「あの人なに作ってんのかしら。」

フラスコの中にある透明な液は見てもかいでもそれが何やらわかりゃしない。フディオはあたりをきょろきょろと一つ確認したあと

「何かないかな?」フディオは机の上を物色する。


「あら? これは。」フディオは一枚の紙切れに眼を止めた。


 見つけた紙片にはひどく俗物的で、ひどく欲塗れの目的を達成するための薬物組成の構想がのっていた。ふざけたことに何度か実験までしているようだ。いまここ。とでもいいたげなアンダーラインとともにもう少しで完成に近づいていることをしめしてあった。


「なーにとんでもないものつくってばらまこうとしてんのよ。これ。こんなことされたらあたしの楽しみ丸つぶれじゃない。こんなものは、こうよ!」


きゅぽんとフラスコの栓を引っこ抜くと適当にその場にある原料や調合途中であろうものを手当り次第勝手に混ぜ込みだす。

「こっちのこれ色がきれいだから入れて。これ入れるとどうなるのかしら。やだ、勝手に光り出しちゃった。なにこれ綺麗。もう少し足しましょう。あは。虹色になっちゃった。」

面白くなったフディオはざぶざぶざぶざぶと足しまくり、その結果フラスコの中身はごまかしきれない量にまで増えてしまった。

「やっば。やりすぎちゃった。これ、どうしよ。このままほったらかして……。」どうしようと考えを巡らしているフディオに通牒するように足音が近づいてくる。

「やっば。これって。フロハさんの??」

近づいてくる足音。

「どうにかしなくちゃ。どうにか。と、とりあえず中身を捨てて」

フディオは異空間の口を開けるとフラスコをひっくり返してぐるぐる回し中身をトルネードで捨てる。

「早く! 早く!!」あせっているほど些細な時間も長く感じる。

「よし! 抜けた。そしたら次は。中身中身。ええい!もうこれで。透明だしにおいもしなかったからこれでいいや!」

フディオは蛇口をひねり水を注ぐ。手を服でぬぐい、おいていた書類をひっつかみ体裁を整える。フロハがもう少しで部屋に入ってくる。

「おちつけー。おちつけー」

フディオはふーふーと深く呼吸をして焦りを落ち着ける。

「おや、フディオか。いかようかな?」

「うぇ、ああ、外にいらっしゃったんですか。アルレさんから書類を託ってきたのですがいらっしゃらないのかと思って。えっと。その。あの」

「ああ、そうか。で、その書類は?」

「えっと、これ、これです! それじゃぁ失礼します!。」

フロハに押し付けるように書類を渡すとフディオは足早に部屋を後にした。



フディオは一目散に自分のブースに駆け戻ると机に突っ伏した。

「やばいやばいやばいやばい。水でどうにか取り繕ったけどいつかばれちゃう。どうしよう。」手が作る暗がりは跳ねていた彼女の拍動とかき混ぜられていた思考を落ち着けた。そして、彼女は気づく。自分がした最もまずいことに。



「一番やばいのは。あの薬の行き先よね。もともとの薬自体が相当やばかったのにあたしがいろいろやったもんだから何が起こるかわかりゃしないもの。でも、どうしよう。急いでたからどこに撒かれたかわからないし……。」



フディオは周囲を見渡してどうにかできないかと考えた。

「えっと。トレーサーで追いかけられるかな。薬は指にたぶん少し。ああ、あと服にも残ってるしこれを使えば……」湿らせた綿棒で指の腹と服を丹念に拭きあげ溶媒に溶かし直し、それをシリンジでトレーサーへ差し込み動作させる。

「頼みます。頼みます。どうか、どうかなにとぞ。なにとぞ。」両手を合わせて機械へ一心不乱に祈る。


「やた!」祈りが通じたのだろう。モニターに火がともり一組の少年少女を映し出す。

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