29, お礼
サリーナ・マハリン郊外にある林の近くの小さな家。
ぎぃ、と木の軋む音で扉が開く。
「……この家」
「お礼、だと言っていましたよ」
クシスがそう言った。
「……いつから、作ってたんだ?」
「憶えてないけど、多分2年くらい前だったと思います」
「フェレスが?」
「設計は」
「そっか」
見上げる。それは可愛らしい家だった。彼が遺した、『お礼』だった。
「ありがとう」
「……兄様に言ってください」
「そうだな」
クシスを見る。彼はまだ複雑そうな表情をしてる。
「スザンナがいつも邸宅に泊まれっていうのを頑なに拒んでいたから造ったんでしょうね」
「そうだな」
ははっと笑った。
「……あれ」
暖炉の所にあるレリーフに光る物を見つける。近寄って見る。
「兄様は」
クシスが切り出す。
「ん?」
「兄様は、婚礼の話、片っ端から断ってました」
「……へぇ」
「それ以外は全て父上や母上の言う通りにしてたんですけどね」
「そっか」
笑った。レリーフに入っていたフェレスの成人の証、指輪をつっと指でなでる。
「ねぇ、クシス」
「ん?」
「私、ここにずっと住んでもいいかな」
「……もちろん。これはスザンナのものだよ」
「うん。ありがとう」
指輪を握りしめ、目を閉じた。
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