見えないダイイングメッセージ ~波謎野警部の迷探偵譚~

長束直弥

波謎野警部の迷探偵譚/Stray detective story of the HANAZONO police inspector

見えないダイイングメッセージ

見えないダイイングメッセージ:(前)ライターの謎

 突然、激痛が走った。


 ――油断をしていた。


 書斎で締め切り間近の原稿を書き上げることに没頭していた私は、背後から近づく怪しい影にまったく気づかなかった。


 私の背中に鋭いナイフが……。


 だが、私は――。

 奴の顔をハッキリと見た。

 ナイフを握りしめた奴の顔を――。


 ――ダメだ。意識が薄れていく。


 最後に、

 最後に……。


 薄れゆく意識の中で私は、手許にあったボールペンを握りしめると、最後の力を振り絞ってダイイングメッセージを残す。



      ◇


「被害者は右手にライターを、そして左手にはメモ用紙を握りしめたまま亡くなっていたのだな?」

「はい!」


 被害者である逸香氏の自宅の書斎では、所轄の頓田とんだ警部とその相棒の琴田ことだ刑事とが現場検証にあたっていた。


 推理作家――逸香いつかのべる氏が、何者かによって背中から鋭利な刃物のようなもので刺され殺害されていた。

 四方の壁に『禁煙』と書かれた紙がいくつも貼られた書斎は、これといって荒らされた形跡はなく、デスクトップパソコンのディスプレイには書き終えたばかりであろう原稿が眩しく映し出されていた。

 遺体を最初に発見したのは、原稿を受け取りに訪れたという出版社の白井明萌しろいめも安屋敷雷太あやしきらいたの二名である。


「遺体のすぐ近くにはボールペンが転がっていた。しかも、左手に握りしめていたメモ用紙には何も書かれておらず、白紙だったというのだな?」

「はい!」


「なぜボールペンではなくライターなのだ? 被害者は何かを書き残そうとしたのならボールペンを握るはずなのだが、これはボールペンとライターを取り間違えて、何も書くこともできないまま息絶えたということなのか……?」

「ええ……、信じがたいですが、朦朧とした意識の中での行動ですから、多分そうではないかと思われます」


「おお、最後の力を振り絞って手がかりになるものを書き残そうとしていたのに、死に際に握りしめたものが筆記用具ではなかったということか……、何という不運!」

「そうですね……。あっ、警部! でも、もしかしてこれは……、被害者が意図的に創り出した状態なのではないでしょうか?」


「ん? どういうことだ。このライターを握っている状況事態がダイイングメッセージになっているとでもいうのかい」

「ええ、そうだと思います。つまりこの状態こそが、犯人に繋がる何かを伝えようとしているダイイングメッセージなのではないでしょうか? つまり、ライターと白紙のメモにこそ意味があるのです」


「おお、それだ。それに違いない。でかしたぞ琴田君!」


 ――いや、それはどうですかな!


 二人の背後から声がした。


「ん?」


 二人は声のする方向に視線を移す。


「あっ! あなたは――」


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