第7話 風鈴亭

 「何故、黙っていた!」仲村の声は狭い風鈴亭の店内に響き渡った。カウンターに沿って上から吊された色鮮やかな無数の風鈴が一斉に澄んだ音色を店内に響かせた。

 カウンターの奧からマスターが何事かと風鈴の短冊をかき分け顔を出した。仲村は自分の発した声に驚き、辺りを見回すと首を窄めマスターに何でもないと謝った。

「何故・・・?」と羽間は答えた。

仲村は一瞬言葉に詰まったが子供に言い聞かせるように話し始めた。

「当たり前だろう。そんな重大なこと。しかし、信じられん」

仲村は最近羽間の部屋で起こっている怪現象を聞かされ愕然とした。それも数日続いていると言う。羽間によれば妻のパソコンであるサイトにアクセスしてから異変が起こり始めたらしい。自分が制作している番組ネタと被るような事が現実に起き、それも羽間の口から聞かされるとは。もしかしたら事故の後遺症が原因で幻覚を見ているのかも知れない。

 ただ、私情や感情を交えず淡々と語る羽間の話には強い真実味が感じられる。仲村は心霊現象や都市伝説はあくまでも番組の素材として扱っていた。自分では否定も肯定もしていない。心霊現象や都市伝説は材料であって、どう料理すれば美味しくなるのか。その事だけしか関心がなかった。しかし、羽間の口から部屋中を走り回る足音や、霊に抱きつかれたとか、俄には信じられない事を平然と話す。羽間は嘘をつかない。いやつけない。仲村が嘘をつけと言えばつくかもしれないが、今の羽間には嘘をつく必要が無い。ロボットみたいに仲村から依頼された情報をキーワードに沿って収集し、その情報を精査しさらに付帯情報を集めレ

ポートに纏め仲村に報告しているだけだ。あの事故が羽間から自主性とか協調性や生きるための本能、家族さえも奪い取っていた。

 羽間の主治医太嶋は何度も繰り返し言った。脳にあれだけのダメージを受け然したる障害もなく生きている事が奇跡だと。今の羽間は一昔前のロボットと同じだ。一々指示を出さなければ何もしないし出来ない。何故その事を黙っていたかを聞くだけ時間の無駄だった。羽間は聞かれなかったと答えるだけだ。

 仲村は羽間の前に、食えよとカウンターの上で湯気を立てている焼き鳥の皿を進めた。

「ああ・・・」と返事をすると羽間は機械仕掛けの人形のように焼き鳥を口へ運ぶ。羽間が無表情で焼き鳥を食べる姿は旨いのか不味いのか解らない。多分味など気にしてないのだろう。身体保持の為、言われたから食べているルーチンワークにすぎない。羽間はこの風鈴亭の主人のこだわりぬいた塩と厳選された地鶏で焼いた焼き鳥が大好きだった。淡い期待を込め、もしかしたら旨いと言ってくれるかも知れないと仕事の打ち合わせを兼ね此処へ連れてきた。だが羽間は焼き鳥を食べても、酒を飲んでもマネキンのように姿勢も崩さずカウンターに座っているだけだ。

 ここ風鈴亭は、学生時代の悪友三人のたまり場だった。いつも羽間達と飲んで騒いでいた。お互いが所帯を持ってからは足を運ぶ回数も減ったが何か有ると此処に集まり飲んで与太話をしていたあの頃が昨日の事のように思い出される。それだけに無表情で黙々と焼き鳥を口に運ぶ羽間の姿を見るのはさびしかった。声を掛けなければ口を開かない。これでは一人で飲んでいる方が楽だと仲村は思う。

 仲村は一先ず羽間の部屋で起こっている怪現象の事は棚上げして仕事の打ち合わせに入ることにした。何時いかなる時でも仕事の事が頭から離れない。ましてや自分では心霊やらポルターガイスト現象などの問題は処理できない。そう、自分は自分のやれる事しか出来ないと悲しそうな表情を浮かべ羽間を見る。

「すまん。力になってやれなくて」と呟く。

 仲村は思い出したようにスマホを見ると眉間に皺を寄せ短くため息をついた。

ディスプレーには「無理」と素っ気ないメッセージらしき単語が表示されている。学生時代のもう一人の友人からだった。今日、メッセージの主と羽間に会わせるつもりでいた仲村だが自分の発注した仕事に手間取っているらしい。彼奴ならコンピュータ関係に造詣が深い。羽間がアクセスしたと言う心霊サイトについても何か調べられるだろう。

「羽間、今日は会せたい奴がいたんだが来られない」との言葉に羽間は顔を上げるが言葉もなく仲村を見つめる。羽間の反応に仲村は優しく声を掛ける。

「丁度いい機会だ。羽間、覚えているか。古林に会いに行こう。あいつならお前の部屋の異変も何か解るかもしれない」

「ああ・・・」と短く羽間は返事をするが、もちろん羽間には古林に関する記憶も跡形なく消え去っている。

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