飽きたゲームはバグらせて遊べ
田辺屋敷
第1話 非日常への一歩
毎日、ヤシロは憂鬱な気分で朝を迎える。
けたたましく鳴り響く目覚まし時計。
うんざりする。
朝の寒々しい空気。
これもうんざり。
しかし仕事のためにベッドから出なければならない。
この事実が何よりもうんざりさせられる。
――今日は怠いからやめておこう――
――今日は眠いからやめておこう――
――今日くらいサボってもいいじゃないか――
毎日のように悪魔が耳元で囁くも、実行に移せた
結局、のっそりとベッドから起き上がり、身支度を整える。そしてビジネスバッグを担いで出勤。もはや習慣と言うよりも強迫観念に突き動かされている。
会社までは電車。ぎゅうぎゅう詰めの車内に乗り込み、疲れたサラリーマンの顔に囲まれるのだ。
うんざりを通り越して吐き気がする。
会社に着けば仕事が始まるわけだが、それは規定の始業時間の三〇分前から始まり、上司の怒声と理不尽な業務内容に心と体力を摩耗させながら勤しみ、三時間の残業の後にようやく終業を迎える。
しかし今日が終われば明日が来る。当然、明日も今日のような一日を過ごすのだろう。そして明日が終われば明後日、明後日が終われば明明後日と続いていく。
「はあ~」
ため息が洩れる。
あらゆるしがらみを無責任に投げ捨てて現実逃避をしたい気分。帰宅の電車では、いつもそんなことを考えながら過ごす。無論、妄想するだけ。
一体いつまでこのような日常を繰り返すのだろうか。
朝、起きて。昼、活動して。夜、寝る。
毎日毎日毎日、飽きているにもかかわらず繰り返す。
思えば、それを学生の頃からずっと続けている。
小中学校の九年間、そして大半の人間が高校大学の七年間も加えて繰り返す。
するとどうだろうか。おおよそ十六年。
十六年間も同じサイクルを続けているのだ。
なのに、学校を卒業して社会人になってからも繰り返す。サラリーマンの疲れた顔は、十六年の歳月を掛けた人間の成れの果てなのである。
だからサラリーマンの疲れた顔にうんざりするのだ、すっかり社畜に染まりきった自分を否応にも実感させられるから。
「……」
しばらくして電車が駅に到着。ホームに降りて改札を抜け、その足でコンビニに立ち寄ると、慣れた動作で特定の弁当を手に取る。もはや食べ飽きた一品なのだが、会社帰りの疲れた頭では何を食べるかと悩むことすら億劫になるため、体が慣れた行動を自然と取ってしまうのだ。
しかし今夜はいつもとすこし違うことが起こった。
レジ前に列が出来ていた。原因は、高校生と思しき会計中の少年。煙草を売るようにと店員に迫るも、年齢確認を拒否したために販売を拒否されてしまい、相当にごねているようだった。
「さっさとしろや!」
「でもマニュアルで売れないことになってまして……」
「知るかよ、んなもん! てめえ、マジで殺すぞ!」
「でも……」
こういうとき、普段のヤシロならば事態が収束するまで様子を窺うか、いっそのこと別のコンビニに行くのだが、今夜は非常に疲れていた。仕事で上司にうんざりするほど怒られたのに、勤務時間外にも他人の怒鳴り声など聞きたくもない。
「いい加減にしろよ。それ以上時間を取らせるなら、警察呼ぶぞ」
ヤシロは少年に対して言い放つ。無論、ただの脅しだ。警察沙汰になれば、連絡は会社にも行く。そして内容の如何に関わらず上司から叱られるに決まっているのだ。
一方、少年は凄んで返してきたが、ふたたび警察という言葉を口にすると怯んだようで、不満げに舌打ちをして店外へと去っていった。
こうして解消され始めた列に乗り、ようやくヤシロの番となる。弁当と飲料を会計。その際、ふと煙草の棚が目に入った。喫煙者ではないので、普段ならば関わりなど持たない商品。しかしこの時ばかりは異様に気になってしまった。
だから。
「……十五番、一箱」
買ってしまった。
深い理由はない。おそらく先ほどの少年が原因だろう。
普段はしないことをしてしまったこともあり、その流れで普段とは違うことをしてみようと思い立っただけ。
しかし長い夜はここから始まったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます