第3話 試練と問い
ふぅ、エライ目にあった……。
こうして無事逃げられたのが不思議なくらいだ。
今でもあの殺意の渦を思い出すだけで身震いしてしまう。
もうあそこには戻れないだろうな。
ショッキングな出来事だったけど、いつまでも引きずっていられない。
今夜眠れる場所を探さないと。
見張りを用意できない一人での野宿は危険すぎる。
寝てる間に魔物に食い殺されるかもしれないからだ。
街に連絡されると困るから、さっきから人里から離れた場所を歩いている。
まぁ、生活圏から離れていくわけだから、都合よく廃屋なんてあるわけもなく。
ただただ手付かずの森と、獣道やら林道やらがあるだけだった。
陽は大きく傾いていて、じきに夜が来る。
このままじゃ今夜は徹夜になるかもしれないな。
そんな事を考えていると、前方に灯りが見えた。
あれはたぶん民家だ。
猟師小屋とか採集小屋とか何かかな?
恐る恐る近づいてみると、小屋の中からはひび割れた声がいくつも聞こえてきた。
「だからよぉ、このまま何もしないってのももったいねえだろ!」
「シスターに変な真似したら神の怒りに触れちまうんだぞ? バカかよ」
「おまえ、あんないい女に手を出さねえなんて ピーーー 生えてんのか?」
「お、てめえ殺してやろうか?」
「うるせえぞ、少しは静かにしやがれ」
「てめえこそスカしてんじゃねえ、腹ん中はムラムラしてやがるくせに!」
なんだ、ケンカか何か?
っていうか今シスターって言ったよね。
そういえば行方不明になった人がいるって言ってたけども。
どうしよう、僕には助ける義理なんかこれっぽっちもないけど……。
でも今助けられる人って他にもいないよなぁ。
そうやって悶々と悩んでいると、道具袋に入っていた黒猫が飛び出していってしまった。
さっきの怒号が聞こえていた小屋ではなく、ふた回りほど小さい離れの小屋へ。
あ、ちょっと待って!
僕は物音に極力気を払いながら、離れの小屋へ向かった。
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はぁ、何ていうことでしょう。
こうもアッサリ誘拐されてしまうなんて。
あれは昨日の晩のこと、窓ガラスが小石のようなもので叩かれました。
何事かと思って窓の外を見ても、そこには誰もいません。
しばらくすると同じく数度小石が投げられました。
気になってしまって窓を開けたら、この有様です。
彼らは私を攫ってからというもの、目的を明らかにしていません。
ですがそれはどんな話であれ、私にとって暗い未来しか示さないでしょう。
このような試練を前に、神は私に何を思わせたいのでしょうか。
一体何を気づかせたいのでしょうか。
いつものように手を組んで祈り、神と対話したいのですが。
あいにく今は拘束されてしまって、それすら叶いません。
ただ重苦しい時間が過ぎていくだけです。
ニャァーン
え?
猫?
こんな所に猫ちゃんですか?
あの誘拐犯たちが飼ってる……なんて事は無さそうですが。
それからほどなくして誰かが入ってきました。
その男は……。
ひ、ひぃぃぃいいいいいいい!!
なんかスゴイ人がきたぁーーー!!
何なんですかこの人は何で服着てないんですか着てるのかもしれないけどそれ着てるって言いませんからーーー!!
彼はまくしたてる私の口を塞いで、静かにしろってゼスチャーをしてます。
ああ、私の貞操は……こんなおぞましい人に汚されてしまうんですね。
絶望という言葉を身を以て味わったのは、きっとこれが初めてでしょう。
お父さん、お母さん、今まで育ててくださってありがとう。
……え?
レインさんと仰るんですか?
これはご丁寧に、私はオリヴィエと言います。
助けに来てくれたんですか?
街でちょっと騒ぎになっている、と。
そうでしょうね、突然いなくなってしまいましたからね。
でも本当に何もしないんですか?
なんて言うか……こう、口に出すのもはばかられるようなアレコレとか。
ええ、一切しないでくださると。
それは良かったです、安心しました。
てっきりそんな格好しているから、途方もないほどの変態の方かと。
あ、すいません、傷つけてしまいましたか。
でしたらそのような格好は止めて、普通の出で立ちにした方が。
え?
服ならきている?
だけど何故か皆にはそう見えないって?
いやいや、そんな話聞いた事も……本当だ!
え、ここ素肌にしか見えないですけど、麻の質感がありますよ。
一体これはどういう理屈でしょうか、魔女の呪いか何か……。
あ、そうですね。
雑談は置いといて今は逃げましょうか。
あの男たちはケンカの真っ最中なんですか。
では今がチャンスですね。
こうして私は、突如現れた異様な風体の男性に助けてもらえました。
神は私に救いの手を伸ばしましたが、同時に大きな問いも与えました。
私は彼と出会って何をすべきなのか、と。
無事助けられたのは運が良かったけど、気が重いなぁ。
どっかで僕一人逃げちゃおうかな。
オリヴィエと名乗ったシスターと一緒に、例の街に戻っている最中だ。
間抜けな誘拐犯達はケンカがヒートアップしてるのか、まだ脱走にも気づいて無いらしい。
遠くから剣撃の音が聞こえるし、本格的な争いに発展してるみたいだ。
追っ手が来ないのは本当に運が良いんだろうけど。
「それで猫を助けただけなのに、多くの街の人に追われることになっちゃって」
「そんな、酷すぎます! レインさんが何をしたっていうんですか!」
これまでの経緯をかいつまんで説明した。
なんとか僕だけ町に行かずに納得して貰いたくて。
ね、酷いでしょ?
可哀想でしょ?
だからあそこに戻らなくても。
「そんな話は間違ってます! 私が必ずあなたの冤罪を晴らして見せますから」
「え、そんなこと望んでないけど」
「安心してください、私には神が付いてます。きっとお導き下さることでしょう」
そんな流れになっちゃうんだ。
逃がす気は、ないんだろうな。
なんか僕の手を両手で握って笑ってるし。
ねえ、君はさっき人のこと見て悲鳴をあげてたよね?
その変わり身の早さはなんなの?
しばらく歩くと街の防壁が見えてきた。
あぁ、ほんと嫌だなぁ。
まだあの恐怖心は忘れてないよ、頭から離れないよ。
そのまま門に近づくと衛兵の声が聞こえた。
「し、シスターじゃないか、無事だったのか!」
「門を開けてください。それと皆さんにお話がありますから、人を集めてください」
「シスター、隣の男は危険だ! その男から離れろ!」
「シスターに何をする気だ、このゴミカス野郎め!」
防壁の上からいくつもの怒号が降りかかってくる。
何か悪さするつもりなら、わざわざシスターを連れてくるハズがないんだけど。
そんな簡単な事にさえ気が回らないんだろうか。
「皆さん落ち着いてください、彼は私を助けてくれたんですよ?」
「助けただと? そんな訳あるかよ」
「なんでシスターはヤツを庇うんだ?」
「なんであんな邪悪な犯罪者の肩を持つんだ?」
「おい、ひょっとしてシスターは悪魔に魂を売ったんじゃないか。あんなヤツの隣にいて平然としてるだろ。」
「なんてこった、神に身を捧げた身でありながら!」
「殺せ! 二人を生かしておくな!」
「背信者がいるぞ、殺せ!」
殺せ!
殺せ!
殺せ!
殺せ!!!
またさっきと同じだ。
こっちの話に聞く耳を持たないで殺意がどんどん大きくなっていく。
乗り手の居ない暴れ馬のように、乱雑な悪意が一斉にこちらに向けられた。
壁の上にいた衛兵が槍をとり、階段をかけ降り出した。
門が開かれて飛び出してくるのも時間の問題だった。
「レインさんすみません、私の力が及ばないばかりに」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃない! 逃げないと僕たちは殺されちゃうよ?!」
「まるで呪いにでもかかったような禍々しさ。一体どうすれば助けられるのでしょうか?」
急いでその場を後にした僕たち。
森に入って隠れるようにしながら進んで、ようやく追っ手を撒いた。
当面の目標地点だけど、行き先は限られていた。
西側はさっき街のがあるから向かいにくいし、南東方面にはさっきの人さらいが居る。
消去法で北方面に進むしかなかった。
「ごめんよ、オリヴィエ。君を故郷に帰したかったけど、こんなことになってしまって」
「いいえ、今のあの街は何かがおかしいです。恐ろしい呪いのようなものが降り注いでいるのだと思います。なので私はなんとかして、その解決方法を探そうと思います」
「そ、そうなんだ。頑張ってね」
たぶん僕がいなけりゃ戻っても大丈夫だと思うけど、約束はできないな。
あの興奮しきった様子では、シスターひとりで帰っても無事じゃ済まないかもしれない。
「解決をするといっても、当ては全くありません。ですから、あなたの旅にしばらくご一緒させてもらえませんか?」
「旅ったって、僕にだって当てなんかないよ」
「構いませんとも。足手まといにはなりませんから、どうかお側に置いてください」
真っ直ぐな笑顔だなぁ。
今までの苦労のせいか、少しだけ疑いの目で見てしまうけど。
でも、シスターってことは回復魔法が使えるはずだ。
こっちとしてはむしろお願いしたいくらいだ。
「さっきのを見たでしょ? 大変な毎日になるよ?」
「承知の上です。苦難にあっているあなたに出会えたことも、きっと神の思し召しです」
この国に転生して、初めてまともな人と出会うことができた気がする。
二人と一匹の旅はこうして始まった。
未来がほんの少しだけ、本当に少しだけだけど、明るくなった気がした。
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