3番線 鹿児島本線*門司港行

ノートの切れ端に、乗り換えの駅と時間をメモした紙と、通過するすべての駅名を書いた紙をポケットに入れた。


午前4:30、家を出た。

夜明け前の、少し肌寒い、青い朝だった。眠る静かな街の真ん中を、キャリーケースを引いて、私は校区の結界を突破する。駅へ向かう。追っ手がくる様子はなかった。夜逃げしているみたいで気分がよかった。


18きっぷは改札に通すのではなく、駅員に日付の押されたハンコを見せる仕組みになっている。

しかし始発の駅構内といえば、どれだけ遠い会社へ通勤しているのかと尋ねたくなるような、あくびをしているサラリーマンがひとり、ふたりいるだけだった。がらんとしていて、キャリーケースを弾く音だけが響いている。少し恥ずかしかった。駅員を呼ぶために、小窓を覗き込むが誰もいない。


「おはようございます、あのう、はんこください」


しばらくしてから奥から冴えない顔の駅員が出てきた。怪訝そうに私の顔を見る。私が差し出したきっぷを手に取り、やっと理解したような顔をした。


「ああ。18きっぷですね、はいどうぞ、いってらっしゃい」


記念すべき1つめのハンコだ。最寄り駅の駅名と、今日の日付が赤く刻まれている。私は、旅をしながら「下車印集め」をする予定だ。降りた駅名が刻まれた判をきっぷの隅に押してもらう。想像するだけでどきどきした。コレクト癖がある十九歳だった。


るんたるんたと足取り軽く、階段を登りホームへ立つ。まずは県越えが目標だ。県越えをする為には、小倉から下関ゆきに乗り換えて関門トンネルを電車で潜ることになる。目指すは北九州市、小倉区だ。


ーー2番線列車が参ります。危ないですので黄色い線の内側まで下がってお待ち下さい。


がらんとしたホームにアナウンスが流れる。遠くに赤と銀の見慣れた電車のライトが光る。胸が高鳴った。私、今から、本当に、たったひとりで、この街から脱出するのだ。ブレーキ音ではっとした。目の前にはもう電車があって、扉が開く。引き返すなら今しかないと一瞬過ぎったが、もちろん私は、そんな野暮なことをする女ではなかった。キャリーケースを抱えて、電車に飛び乗った。

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