第137話 要望


「初めまして、オットー・ベックマン。俺はヴァリーって者だ、よろしくな」

「久方振りじゃな、オットー」


 目の前にいきなり現れた人物は、二人。


「グラ、ウス……!」


 オットーはその内の一人、見知った顔の相手の名前を喉から絞り出すように言う。


「ほう、前は師匠と呼んでいたが、今は呼び捨てか」


 グラウスは目を細めて相手を睨む。


 オットーはその眼光にウッと怯むが、誤魔化すように大声で叫ぶ。


「そんなことはどうでもいい! なぜお前らがここにいるんだ! 私の家だぞ!」


 この家にどうやって入ったのかが全くわからない。

 普通に入ってきていれば絶対に執事達から何か言われるし、まずこの二人をこの部屋に通すことはないだろう。


 そしてこの家がある区画は貴族が住むところ。鍛冶師がここに来るまでは許可書など色々手続きをしないと来られない。

 なのになぜここまで来られて、誰にもバレずにこの部屋に入って来ることができたのか。


 しかもさっきまでこの部屋には誰もいなかったはずなのに、いきなり現れたのもどういうことか得体が知れない。


 陛下と会っていた時のように冷や汗が流れる。


「おい! 誰か! 侵入者だ!」


 大声で扉の方にそう叫ぶ。

 侵入者の二人は自分と扉の間を塞ぐようにして立っている。自力で逃げるのは難しいだろう。

 なのでこの家にいる執事や家の前で見張っている衛兵などを呼ぼうと試みる。


「無駄だ、ここには誰も来ない。ここは異空間だからな」

「なんだと? 異空間? 貴様は何を言っているんだ?」

「窓の外を見てみろよ」


 人族の剣士、ヴァリーにそう言われて窓の方を見る。


 今は昼を過ぎた頃のはずだから、窓から陽が入っているはずなのに全く入ってきていない。

 それだけじゃなく、まず外が夜のように真っ暗だ。

 いや、夜だとしても窓の外はそんなに暗闇に覆われることはない。


 まるで、この部屋だけが別の空間に飛んだような――オットーはそんな感覚を覚えてしまう。


「一体何をし――!」

「うるせえ、黙れお前」


 目線を戻し叫ぼうとしたが、首元に何かを当てられて言葉を途中で止める。

 いつの間にかヴァリーが手に届く距離まで詰まっていて、自分の首元に刀を添えていた。


 あの世界樹の素材で出来た、木刀を。


「誰も来ないとしても騒がれると鬱陶しい、黙ってろ」


 何かを言えば躊躇なく殺す、木刀から出ている殺気がそう言っているようだった。


「要件を言おうかのう、オットー。ワシ達はおぬしが何かの魔法で覗いてくることを知っておる」

「っ!」

「リューク君が暴いたのじゃが、まあ事情があってここには連れてこなかった。リューク君を覗いたのが運の尽きじゃったのう」


 グラウスが何かを知っているのでは、とリューク達がお店に行ったところ、見事に的中。


 オットー・ベックマンという昔の弟子がいきなり鍛冶師をやめて、突如平民から貴族へと成り上がっていったという話を聞いた。


 そしてすぐにオットーの家を調べたが、ここに来るまでには本来色々手続きをしないといけない。

 だがその手続きを超えられそうにないので、リュークの魔法で貴族の区画まで侵入した。


 ヴァリーとグラウスだけがここに残って、リュークが魔法をかけてこの部屋を隔離した。


「ワシ達の要件は、これ以降関わるな、ということじゃ。お互いに世界樹という禁忌に手を出したことがバレたら困るじゃろう?」


 グラウスの問いに首元に木刀を突きつけられながらも、小さく頷く。


「じゃから不干渉にしよう、というのがリューク君が考えた要件じゃ」

「わ、わかった……もう覗かない、確かにバレたら私も死刑になってしまう」

「物分かりが良くて助かるのう。じゃあそういうことじゃ」


 ヴァリーが木刀を引く。

 オットーは何も動いていないのに息が切れて、下を向いて呼吸を落ち着かせる。


 下を向いて顔が相手に見えないようになってから、オットーはニヤリと笑う。


(世界樹に行ったことがバレて死刑になるのは、貴様らだけだ……!)


 そう、オットーは先程陛下に世界樹に行ったことを見逃すと言われたのだ。

 条件付きとは言え、世界樹の木刀を陛下に渡しさえすればオットーは死刑にならない。


 バレて死刑になるのは相手だけ。

 心の中でほくそ笑みながら、どうやって木刀を奪うかを考える。


「さて、ここからはワシ達の要望じゃ」

「はっ……?」

「一つだけと言ったか? さっきのはリューク君の要望、今から言うのはワシ――いや、俺とヴァリーの要望だ」


 口調を変えたグラウス。

 その瞬間、オットーの目の前の二人から異様な気配を感じる。


 今まで我慢していたように、一気にそれが膨れ出し現れた。


「オットー、お前はここで死ね」

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