第117話 笑顔


「……見に行かなくてよかったのか?」


 ダリウスが処刑された日の夜――。


 ライバルと称されていたグラウスは、ダリウスの家に行った。

 役人達と戦ったので、二階の壁などが壊れていた。


 中に入ると、リビングの椅子の上で膝を抱えてうずくまっているレンの姿があった。


 顔は見えないが、静かな家の中にくぐもった嗚咽が響いている。


 その姿を見て、グラウスがレンに話しかけた。


「幸せそうに死んでいったぞ、あいつは。何も悔いなどない、そう言いたげな死に顔だった」


 民衆は処刑台に上がったダリウスに向かって怒声や罵声を浴びせていた。


 自分達が信じて崇めている神、その神がいるとされる世界樹に行くという冒涜行為。


 どんな罪より重く、死刑になるなど当たり前。

 世界樹に行った者の見せしめとして、公開処刑となった。

 今後こんな頭のおかしい奴が現れるとは思えないが、万が一のために末路を見せることによって抑止させようというのが政府の考えである。



 民衆が処刑台の前で様々な言葉を叫んでいる中、グラウスだけが静かにダリウスの様子を見ていた。


 処刑台に上がり、ひざまづくように座らせられたダリウスは、民衆を感情のない目で見ていた。


 そして一通り眺めると、笑ったのだ――自分と目が合った瞬間に。


 何万人もの人が集まっているこの広場で自分を見つけたのもすごいが、グラウスが衝撃を受けたのはそこではない。


 ダリウスはいつも通りに――自分に「良い刀が出来たんだ」と言いに来た時に見せる笑顔をしていた。


 死ぬ直前――それもほんの数秒前にできるような笑顔ではなかった。


 グラウスはダリウスがこの半年間、何をしていたかを全く知らなかった。


 家に役人達が来たのを知らせたのはグラウスだったが、ダリウスが世界樹に行ったということを信じていなかった。


 あいつがそんなことをするはずがない、そう思って助けようとしたのだが……あいつはそれを認めたのだ。


 そのことを知って、前にダリウスが取った謎の行動の意味がわかったような気がした。

 自分の店に来て、刀を置いていったのだ。

 その時は何をしたいのかわからなかったが、死刑になると分かっていたからと思うと妙に納得してしまう。


 ダリウスは自分のライバルであり、友人であった――。

 ずっとそう思って切磋琢磨していた――そう信じてきたのに。


 なぜ世界樹に行った?

 お前は半年間何をしていたのだ?

 自分は裏切られたのか?


 その謎を解くためにこの処刑場に来たのだ。


 それが――さっきの笑顔で、全てわかったのだ。


(お前はこの半年間――ずっと刀を、打ってたんだな)


 多分、いや、確実に世界樹に行ったのも刀を打つために必要なことだったのだろう。

 あいつの笑顔が全てを物語っていた。



 民衆はダリウスが笑ったことによってさらに怒声や罵声が飛び交っていた。


 あの笑顔の意味をわからないのなら、民衆を嘲笑っているようにしか見えないだろう。


(じゃあな、ダリウス。もう数十年ほど俺は生きるぞ――お前の刀を超えるために)


 そう心の中で語りかける。


 あいつの刀を自分は見ていない。

 しかし、今の笑顔を見て過去最高の出来ということがわかった。


(俺もいつか、お前のように最高の刀を作りたいものだ)


 そう思って軽く微笑むと――。


「ああ、待ってるぜ」


 そんな声が風と共に耳まで届いた。

 ダリウスは口など開いておらず、たとえ言ってたとしてもこの騒ぎの中聞こえるはずがない。


 しかし――。


「お前を超えるものを作ってやるからな」


 グラウスはそう口にすると、処刑台の上にいるダリウスはより一層笑みを深くした気がした。



 そして――。



「あんなに笑顔で死ねるなら、本能だろうな」


 まだうずくまっているレンに向かってそう言った。


「……うん」


 ダリウスのその言葉だけには反応して、涙声でこもりながらも返事をした。


「ダリウスは……刀を造って死んだんだな」

「……うん」


 処刑場で感じたことをレンに確認するように問いかけた。


「その刀は、ここにはあるのか?」

「ううん……師匠が、その人のために造って……もうその人は、いない」


 レンは言葉足らずに説明したが、その言葉だけでほとんどが理解できた。


 だが、やはり驚愕した。

 今までダリウスは誰か専用の刀を造ったことが無かった。


 しかし今回の刀は誰かのために造ったということらしい。


「そうか……あいつはそこまでの相手に会えたのか」


 少し悔しいと感じてしまう。

 自分がどれだけ本気で作れと言っても、これが自分の本気だと言って聞かなかったダリウス。


 万人向けの刀が、誰かのために造った専用の刀より劣るなどわかっていたはずなのに。


 自分が言っても聞かなかったダリウスを、本気にさせた相手がいたことが悔しくもあるが嬉しくもあった。


「はあ、しかしその剣士に会えないのは少し残念だ。何か言ってたか? その剣士は」

「……またいつか、来るって」

「そうか……その時に見せてもらうか」


 ダリウスが本気で造った刀と――本気にさせた剣士を。


「じゃあな、レンちゃん。元気出せよ、あいつが言ってたことを思い出してな」


 そう言って最後にレンを励ますように声をかけて、家を出て行く。


「あいつも死んで……もう俺もあと数十年すれば死ぬかもしれんな」


 空を見上げながら独り言を呟く。


「そろそろ口調変えるか……ワシ、とか、語尾に『じゃ』、とか『のう』とかつけたらジジイっぽくなるかのう」


 そんなよくわからない呟きをしながら自分の店に戻るグラウスであった。



「ししょうが、言ってた言葉……」


 グラウスが出て行く時に言った言葉で、師匠に言われた言葉を思い出す。


『鍛冶師ってのは一日刀を打たないと、その一日を取り返すのに三日はかかるんだ。だからどんなに辛くても、一日も欠かすことなく打ち続けろよ、レン』


「打ち、続ける……」


 そう呟いてゆっくりと立ち上がる。


 フラつきながらもリビングから出て鍛冶場に続く階段を下りる。


 そしてそこへ辿り着くと、一心不乱にハンマーを下ろし刀を打つ。



 ――それから二十年。

 今日まで、レンは一日も欠かさず刀を打ち続けてきたのだった。

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