第109話 世界一の剣技

 リュークが精霊族の大陸へと渡り、レンのもとに辿り着いた現在より――約二十年も前のこと。


 ユーコミス王国ではウスウスコンビ、ダリウスとグラウスが一番活躍していた頃であった。


 二人が打った刀はとても斬れ味が良く、世界一の鍛治の国であるユーコミス王国で一番を競い合い刀を打ち続けていた。


 二人の刀を見て、何人ものドワーフがその二人の弟子になりたがっていた。


 どちらかの作品に惚れた者は、惚れた作品を造った方に弟子入りを申し込んだ。

 グラウスの方は申し込んできた者に刀を自分の目の前で打たせ、才能があった者は弟子入りを認めていた。


 しかし、ダリウスはなぜか弟子を取らなかった。

 ただ一人を除いて。


 ダリウスの弟子は世間的に見て少し話題になっていた。


 グラウスのように才能ある者を弟子にするのならわかる。

 それならダリウスの目から見て一人しか当てはまらなかったということであれば弟子入りに落ちた者も納得できるだろう。


 しかし、ダリウスの弟子は――女性のエルフだった。


 ユーコミス王国で鍛治師をやってる者は、ほとんどが男性のドワーフなのだ。

 それ以外でも女性のドワーフがやるくらいで、エルフの男性でもほぼいないのに、女性となるとダリウスの弟子以外に誰一人いなかった。


 だからダリウスの弟子になりにきたドワーフの男性は不平不満を思いながらも、実力主義の鍛治師の世界なので何も言えずに去っていた。


 しかし、それでもダリウスへの少しばかりの陰口などがあったりもした。


 レンが街に買い物をしに行くと、自分のことをダリウスの弟子だと知っている人達はレンに聞こえるように悪口を言う。


 自分のことが言われるのも辛かったが、それ以上に自分のせいで師匠のダリウスの評価が下がっているというのがレンにとっては一番辛かった。


 だからレンは一度、自分から弟子を辞めたいとダリウスに言ったことがあった。


 しかし、師匠はそれを許してはくれなかった。


「お前が辞めたい理由はわかっている。優しいお前だからな、俺のためとか思ってるんだろ」

「……そんな、こと……」

「俺の噂のことは気にすんな。弟子を取らない理由は、俺の弟子になるに値するような奴がいないからだ――お前を除いてな」


 ダリウスは鍛冶場でハンマーを振り下ろして刀を打っていたが、それを止めて後ろにいるレンを見る。


 ダリウスはドワーフにしては体格が細い方で、髭も剃っているので顔立ちがはっきりと見える。

 彫りが深いのは他のドワーフとは変わらない。

 髪も短く切り揃えている。

 前に刀を打っているときに、髪や髭などに火が燃え移ったことがあり、それから切るようにしていた。


「お前は天才だ。ドワーフが全種族の中で鍛冶の才能があると世間では言われているが、そんなの今までドワーフが一番多く鍛冶という仕事をやってるだけで、才能なんて種族関係ねえ。エルフでも魔人族でも才能がある奴はいる。レン、お前みたいにな」

「ボクなんて、師匠に遠く及ばない……」

「はっ、鍛冶始めて一年かそこらで俺に追いついてたら、俺の立つ瀬がなくなるってもんだ。だがなレン、お前はあと十年もすれば俺を超える。師匠の俺が言うんだ、間違いない」


 ダリウスがニヤッと笑いながら、前を向いて刀を打ち始める。


「そんな陰口を気にしてる暇があったら刀を打て。上達するにはそれしかねえ。ほら、俺の隣でやんな」

「……はい」


 レンはまだ何か言いたそうにしていたが、師匠にそう言われると何も言えずに、隣に座って自分が造っていた刀を打ち始めた。

 一度打ち始めるとレンも集中して、元からあまり喋らないレンは全く喋れずに一心にハンマーを振る。


 やはりレンも、刀を打つことが好きなのだ。



 ダリウスとレンは隣で黙って刀を打ち続ける。

 そんな日が続いていた、ある日のこと――。


 ダリウスとレンが住んでいた家に、ある男がやってきた。


 その者は、刀が売られている武器屋でダリウスの刀を見て、ダリウスの元を訪ねてきたのだ。


 男はダリウスの家に辿り着き、ダリウスの姿を確認すると開口一番にこう言った。


「――俺のためだけの、最高の刀を打ってほしい」


 男は真っ直ぐにダリウスの目を見てそう言った。


「……いきなりなんだお前?」


 ダリウスの疑問も当然だった。

 いきなり来て自己紹介もなしにそんなことを言われたら、誰でも意味がわからずに混乱するだろう。


「あんたの刀に惚れたんだ。あんな良い刀を見たことがない」

「それはどうも。で、なんでそれで俺に刀を造れという話になる? お前が惚れたという刀を買えばよかったんじゃねえか?」

「あれは万人のために造られた刀だ。俺には合わない」


 そう言い切る男に、ダリウスは興味が出てくる。

 確かに刀だけに限らず、多くの武器は万人のために造られている。

 そうしないと売れないからだ。

 その中でも頭一つ以上飛び抜けているのがダリウスの作品ということだった。


「そりゃ店で売るんだからな。お前のための刀はないだろうな」

「ああ、だからこうして頼みに来た」

「そうか、ご苦労さん。だが俺は俺が認めた奴にしか特注品は造らない」


 今までにもこうしてダリウスに自分のためだけに造ってくれという者は多くいた。

 金ならいくらでも払うと言って、ダリウスに頼み込んだ者はいっぱいいるが誰一人造ってもらえなかった。


 ダリウスが認めた者に造ると言っているが、今までそんな者は現れなかった。


「認めた奴か……いいな、それ。面白そうだ」


 男はダリウスが言った言葉を受けて笑った。


「どうやって認めさせればいい?」

「そんなの自分で考えろ」

「そうか……じゃあ、俺の剣技を見てくれ。それで認めてくれなかったら潔く帰ろう」

「はっ、いいじゃねえか。じゃあ外行くぞ」


 ダリウスはレンに留守番を頼み、男と一緒に街を出て森へと行く。


 そこは多くの魔物がいて、ダリウスでも少し手間取るような魔物ばかり。


 そこでダリウスは――この世で一番美しい、刀を見た。


 男が刀を振るうと、ダリウスでも勝てないような魔物が音もなく斬られている。

 特に男の抜刀術は芸術であった。

 ダリウスにも魔物にも認知できない速度で振るわれる刀を見て、ダリウスは身体が、そして心が震えた。


「どうだ? 認めてもらえたか?」

「……ああ、そうだな。認めよう。お前の刀を打ってやる……いや――お前の刀を俺に打たせてくれ」


 男が振るう刀を見て、ダリウスは最高に興奮した。

 自分が造った刀をこの男に振るってもらいたい。

 こいつのための刀は、店で売っているような万人のための刀なんかじゃ釣り合わない。


「こちらこそ頼む」

「お前……あー、そういえば名前聞いてなかったな」

「ああ、名乗るのを忘れていたな」



「俺の名前はヴァリー。人族の、ただの剣士だ」

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