第106話 正々堂々と

「――はっ!?」


 セレスは意識が暗闇の中から覚醒するのを感じて、目を思いっきり開けて飛び上がるように上体を起こす。


「ここは……オレは何をしていた?」


 目を覚ますとベッドに寝ていて、起きた時に見た天井も見渡した部屋の感じもセレスには見覚えが無いものだ。


「わからない……あっ!」


 しかし、セレスにはこの状況で一つわかることがあった。

 それは――。


(このベッドは――間違いない、リュークのだ!)


 今まで自分が寝ていたベッド。

 覚醒して起きた時に感じた匂い、そして部屋を見渡した時に見たベッドは昨日リュークが寝ていたベッドと同じものだと確信できた。


 そう理解した瞬間、セレスは状況把握より先にやるべきことが出来た。

 もちろん――ベッドに顔を押し付けて匂いを嗅ぐことである。


「すぅ〜……はぁ、最高……!」


 昨日は魔物やユニのせいで一緒のベッドで寝るという絶好の機会を逃してしまったセレス。

 ハンモックで寝て、微かすかなリュークの匂いだけでほとんど寝なかったセレスだったが、このベッドはセレスにとって濃厚な匂いが残っていた。


 頭を枕に埋めて匂いを嗅ぎ、布団を身体に巻きつけると、リュークの匂いで包まれた感覚になるセレス。

 整った顔をだらしなく崩して笑いながら、顔を赤く染めて堪能する。


「ああ……オレ、死んでもいい……」


 セレスにとっては天国のその場所で、セレスは一片の悔い無く死ねると本気で思っていた。


「――変態、だね」


 セレスが心置きなくリュークのベッドを味わっていると、すぐ隣から声が聞こえた。


「――のわっ!? だ、誰だ!?」


 反射で枕から頭を起こして、布団を跳ね除けて起き上がる。

 隣には様子を見に来たレンがベッドで変態な行動を見ていた。


「……変態、だね」

「二回も言うな! 聞こえてるわ!」


 念を押すようにもう一度言ったレンに、セレスが叫んだ。


「お前は……そうか、ここはお前の家か」

「うん……で、あなたが気絶したからこの部屋で寝かせてた」

「気絶……そうか、オレは……!」


 ここでようやくセレスは自分が何故ここにいるのか、どうして気絶したのかを思い出した。

 そして気絶前に見た最後の光景を見て、顔を赤く染めてまた鼻から血がゆっくり流れてくる。


「鼻血……やっぱり、変態」

「うるせえ! 何度も言うな!」


 セレスが鼻血を出した理由をなんとなく察したレンはティッシュを渡しながら三度目の言葉を言い放つ。

 ティッシュを受け取り鼻血を拭きながらセレスはレンに問いかける。


「そうだお前! あの後リュークと一緒に風呂入ってねえだろうな!?」

「……入らなかったよ。あなたが気絶した後、リュークがこの部屋に運んで……看病している間にボクが風呂に入った」

「そうか、それなら良かった。リュークはどこだ?」

「ボクが出たから、風呂に入りに……」

「そ、そうか……」


 リュークが今風呂だと聞いて、セレスはまたナニか想像して顔を赤く染める。


「てか、お前はなんでリュークと一緒に風呂に入ろうとしたんだ!? お前エルフだろ!? エルフの女は貞操観念は高いんじゃねえのか!?」


 セレスが気絶前にレンがした行動を問い詰める。


 エルフという種族の女性は、世界一貞操観念が高い種族と言われるほど有名である。

 ほとんどのエルフの女性は生涯を通じて付き合う男性はがただ一人。

 付き合っても無い男性との肌の接触は、たとえ友人という関係であっても過剰に避ける傾向がある。


 何故なのかはエルフの女性であってもわからないが、種族の本能的にそういうものだとされている。


「なんでエルフのお前がそんなことしたんだ!?」


 セレスもエルフの女友達がいるのでそういうことは知っていたので、目の前のエルフのレンが何故そんな行動を取ったのかわからなかった。


「……リュークは、ボクの『運命の人』だから」


 セレスが問いかけてきた質問に、レンは少し頰を赤く染めながら答える。


「運命の人? 意味わからん、どういうことだ?」


 何故そう判断したのかわからないため、セレスはもう一度問いかける。


「……あなたに教えても、意味ない」

「ああ? なんだと……?」


 レンがセレスの問いかけに冷たく言い返すと、セレスもそれに応えるように苛立ちを露わにする。


「ボクだけが、知ってればいい。あと、リュークも。二人だけの秘密に、する」

「……お前、喧嘩売ってるな?」

「そんなことない……あなたに喧嘩を売る、意味がわからない」

「ほー、意味も分からずにここまでオレを煽るとはお前天才だな?」

「うん、師匠には天才って、言われてた。ありがとう」

「どういたしまして……じゃねえよ! 褒めてねえよ!」


 レンは本当に喧嘩を売ってるつもりは無いらしいが、セレスはそうは受け取れなかった。

 それに――自分が大好きなリュークを『運命の人』だと言うレンに、言うべき言葉があった。


「いいか――リュークはオレの『運命の人』だ! リュークは誰にも渡さん!」


 セレスの言葉に、レンは目を細くしてセレスを真正面から睨む。

 二人が立ち上がり対面すると、セレスの方が大きいのでセレスは見下ろし、レンは見上げる形になる。

 しかし、見上げるレンは全く怯まずに目を合わせている。


「……あなたが、喧嘩を売ってきた」

「はっ、喧嘩を最終的にするならどっちが吹っ掛けても結果は同じだろ」

「……そう、だね。その喧嘩、人生を賭けて――買う」


 レンの言葉と本気の目を見て、一瞬セレスが怯んでしまう。

 しかし、すぐに立て直して睨み返す。


「――上等だ。正々堂々と勝負だ」

「――ボクが、勝つ」

「近い将来、お前が泣くところが目に見えるぞ」


 二人睨み合い、お互いに勝利宣言したところで、部屋のドアの方から音がして、二人が振り向くとリュークが丁度入って来たところだった。


「おっ、起きたかセレス」

「ああ、心配をかけたな」

「いや、大丈夫だ」


 リュークは風呂に入って上がったばかりなので、まだ髪は少し濡れていて頭をタオルで拭きながら部屋に入って来た。


 セレスの目には、いわゆる『水もしたたる良い男』状態で、ドキドキするが表に出さずにリュークと話した。


「ねえ、リューク」

「ん? どうしたレン?」


 リュークとセレスが話していたところに、レンガ横から入ってリュークに話しかける。

 セレスは少し苛立ちを覚えるが、リュークに悟られないように我慢する。


「さっき、ボクが部屋に入った時……この変態、リュークのベッドを――」

「――ぬおぅい!?」


 その先を言いかけた瞬間、セレスがギリギリでレンの口を塞いで止めることに成功した。


「俺のベッドで……なんだ?」

「な、なんでもねえよ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「んー、んー」


 セレスは口を押さえられて唸っているレンを連れて部屋の隅に行って、リュークに聞こえないように小さな声で怒鳴る。


「お前……! 何言おうとしてんだこら!」


 口を解放されたレンは同じく小さな声で応える。


「喧嘩……勝つために」

「セコい真似してんじゃねえよ! さっき正々堂々とって言ったろ!」

「ボクは、了承してない」

「なに屁理屈言ってんだこの野郎!」

「野郎じゃない、アマ」


 部屋の隅で顔を寄せ合い、何か喋ってる二人を見てるリューク。


「うん、俺がいない間に仲良くなってもらって良かった」


 全くの勘違いをしていたが、誰も指摘する者はいなかった。

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