第87話 王と王妃のお忍び


「来てたんですか……クラウディアさん、マリアナ王妃」


 リュークはフランの店の中に入り目の前の光景を見てそう呟く。


「ん? おお、リューク君!」

「リューク様、お久しぶりでございます」


 リュークが扉を開いて中に入るとそれに気づいて二人が振り返る。

 二人とも王様と王妃という身分を隠してこの街まで出向いてきたのか、服はいつも着ていた豪華な恰好かっこうではなく商人のようなマントや服装を着ている。


 しかし、二人からにじみ出る雰囲気が商人のそれとは異なっており、まさに身分の高いものが無理して身分を偽っているかのような恰好である。


 フランも二人が店に入ってきた時は商人の方かと思ったが、明らかに雰囲気が違かっので警戒しているとまさかこのサザンカ王国の王様と王妃だなんて思ってもみなかった。

 そしていきなり自分に頭を下げてお礼を言ってきたので困惑していたところであった。


「お兄ちゃん……誰かいるの?」

「ちょっとリューク、扉の前で止まらないで。私達が入れないでしょ」


 リュークの後ろでアンとアナがそう言っているのを聞いてリュークは中に入って二人の前から退く。


 アンとアナが入ってきたところで、クラウディア王とマリアナ王妃が名乗る。


「僕はクラウディア=サザンカ。そして……」

「妻のマリアナ=サザンカです。お見知りおきを」


 そう名乗った二人だったが、さすがにアンとアナもその名前を聞いたことぐらいはあった。


「えっ……もしかして、王様と王妃様……ですか?」

「今はただの依頼人としてお礼を言いに来てるだけだよ」

「そうです、お忍びとしてこちらに来ているので」


 二人が言外に肯定したのでアンとアナは目の前にこの国の最も偉い二人がいることに驚いてどうしたらいいかわからずに絶句していた。


「それで、お二人ともここまで来て何を……と聞きたいところですが、まあ見ればわかります」


 リュークは慌てふためいていたフランが息を整えて落ち着いているのを見てそう言った。


 前にリュークはフランの解呪薬のことを話したときに二人は、「直接会ってお礼がしたい」と言っているのを思い出したが。


「まさかこんなに早く来るとは思っていませんでしたよ……」


 リュークはフランに王様と王妃様が感謝していたと伝えてはいたが、直接来るとはまだ伝えていなかったのでフランの驚きようも無理はない。


「早くお伺いしてお礼をしないと誠意が表せないと思いまして……バルトロさんに無理言って来てしまいました」


 マリアナ王妃がバルトロに頼み込んでここまで来たのだが……今頃、バルトロは二人が抜けた穴を塞ぐために各方面で汗水たらして働きまわっていることだろう。


「そして自分達で馬車を引いて来たってわけだ。しかし、商人の恰好をしていたから怪しまれないと思っていたが逆に怪しまれることになるとは思わなかったよ」

「なんでですか?」

「この街に着いた時に門のところで検査をしたのだけど……商人なのに何も荷物を持っていないし、荷車ではなく客車を引いているから余計怪しまれてしまったよ」


 確かにリューク達が店の前で見た馬車が商人が大きな荷物など運ぶときに使うような荷車ではなく、誰かを乗せるための客車であった。


「一応として冒険者の時使っていたギルドカードを持ってきておいて正解だったよ」


 そう言ってクラウディアは懐から銀色のギルドカードを取り出した。


「えっ……クラウディアさん冒険者だったんですか?」

「元だけどね。この地位に着く前は食っていくためにやっていたよ。もう何年も前の話さ」

「それに……銀色ってことは」


 ギルドカードはランクによって色が違う。アンとアナはD級なので青色のギルドカード。リュークはSS級という規格外なので黒色である。


「一応B級だよ。まあA級に上がる腕前は無かったけどね」


 そう言っているクラウディアだったが、B級というのも本来は並大抵の腕前じゃなることが出来ないランクである。もちろん今は腕前が落ちているかもしれないが、それでもアンやアナより強いんは確かだろう。


「冒険者というのもいい経験になったよ……いい仲間にも出会えた。今王都で働いているギルドマスターのグランシアさんとかね」

「あ、そうだったんですか? だからあの暴動の時に……」

「ああ、僕たちのことを心配してくれたんだろう。本当に、いい仲間だよ……なぜ『あんな感じ』になったのかはわからないが」

「……最初からではなかったんですね」

「ああ、僕と一緒に冒険していた時は少なくともあんなではなかった」


 ……王都の冒険者ギルドで誰かが豪快なくしゃみをした理由は、リューク達が噂をしたせいなのかそうではないのかは誰も知る由よしもない。


「ああ、すまない。リューク君が来て話し込んでしまったよ」


 クラウディアは本題を思い出したかのようにフランともう一度向かい合う。


「遅くなってしまったが改めて礼を言いたくてここまで来たのだ。どうかお礼の品を受け取ってほしい」

「あ……は、はい。有り難く頂きます……」


 ここまで感謝されてこのヴェルノの街にわざわざ訪れてまでお礼の品を届けに来てくださった王様と王妃様。

 そこまでしてもらって受け取らないとなると逆に失礼に値するので、フランは恐れながらもお礼の品を受け取ると伝えた。


「そうか、良かった! 申し訳ないのだがここまで持ってこれていないのだが、僕達の気持ちの分と思ってまずはこれを受け取ってほしい」


 クラウディアはどこにそんな物を隠し持っていたのかわからないが、ドンッと大きい音を立ててテーブルの上に大きな袋を置いた。

 中からは金属と金属がぶつかり擦りあっているかのような音が鳴り響いている。


「こ、これは……」

「まずは一千万ゴールドだ。いや、僕たちの気持ちの分と言ったがこんな程度の気持ちではない。これほどの感謝の意をお金でしか表せない僕を許してほしい」


 クラウディアはそう言っているが、その金額を聞いたフラン、アンとアナは目を見開いて袋を見つめている。


「い、一千万……!?」

「さすがに金貨一〇〇枚ほどしか今はまだ渡せないが、君が持っている口座でも何でも教えてくれさえすれば最低でもリューク君と同じ額を渡そうと思っている」

「……リューク君は……どれくらい、もらったの?」


 震える声で問いかけるフランに、リュークはギルドで確認した額を答える。


「確か十億ぐらいだったかな」

「じゅ……!?」


 その金額を聞いてさらに呆然とするフランだったが、我に返ってすぐに首を横に振って。


「そ、そんなには頂けません!!」

「これくらいでは足りないくらいだ。リューク君と同じく、君には特別に他にも何か貰ってほしいのだが……」

「こ、これ以上は本当に大丈夫です! 恐れ多くて貰えません!」

「そんなことおっしゃらずに。私達はそれほど貴女様に感謝しているのです」


 クラウディアとマリアナはなんとかフランにお金とは別にお礼の品を受け取ってほしかったが、フランがこれ以上貰うと逆に申し訳ない気持ちになると言われてしまったので、妥協点としてフランに十億だけ受け取ってもらうことになった。


「……なんか、俺だけ十億も貰ってさらに刀まで貰うとなる図々しいように思えてきたな」


 リュークがフランの謙虚さに自分の行動が間違えているのかと思ったが。


「いや、リューク君にはしっかりと刀まで受け取ってほしい。何より今回の依頼の最大の貢献者は君なのだから」

「……そうですか?」

「その通りです。リュークさんにまで断られてしまったら私達の面目めんぼくが立ちません。どうかお受け取りください」


 そこまで言われて受け取らないわけにもいかないので、リュークも有り難く褒美をもらうことにした。


「さて、フランさんにお礼も言えたし、僕達はここでお暇いとまするよ」

「お二人はこれから王都に戻られるのですか?」

「いや、バルトロに二人で羽を伸ばしてこいって言われてしまったからね。この街で少し過ごそうと考えているよ」

「クラ君、久しぶりに……」

「そうだね……マリ、デートしようか」

「……はい」


 マリアナは恥ずかしそうに顔を赤らめるが声は弾んでいて表情は嬉しそうであった。


 二人は甘い空気を発しながら腕を組んでフランの店を出ていった。


「王様と王妃様って……結婚してもう十年以上経ってるよね」

「それであのラブラブっぷりは恐れ入ったわね」

「はあ……怖かったよ。リューク君、十億も何に使えばいいのかな?」

「いや、俺に聞かれても……あっ、アン、アナ。武器を新調しようか? 俺の貰った金だけ使っても二人で五億ずつ使えるぞ」

「絶対やめてねお兄ちゃん!!」

「そんな高い武器は本当に国宝レベルよ……」



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