第26話 アメリア


「お兄ちゃん! 今ちょっと出来た気がする!」

「おう、さっきより集まってるぞ。もっと集中させろ」

「うん!」

「……このくらいかしら?」

「ああ、初めてにしては上出来だと思うぞ」

「ありがとうリューク、魔力を集めるのは難しいわね……」

「最初はゆっくりでいいよ。慣れていけば走りながらでも出来る」

「よーし、頑張るぞ! お姉ちゃんに負けないように!」

「アナ、妹は姉に勝てないから妹なのよ」

「むかっ! 私の方が魔力感じたのは早いよ!」

「私の方が魔力操作は上手いわ。それに感じるかのが早かったのはリュークのおかげじゃない」

「うう……お兄ちゃーん! お姉ちゃんがいじめてくる!」

「お前ら本当に仲良いな」


 魔力を集中させる鍛錬を始めてから、二時間ほど。

アンとアナは魔力操作を出来始めていた。


 アナは手の平に集めるのがやっとだが、アンは既に指先に集めたり、集めるスピードが速くなってきている。


 二人とも魔力を扱う才能は人よりはあるようだ。


「アンはそろそろ魔法を扱ってもよさそうだな。魔力を感じ取れなかったところから、一日でそこまでいくとは大したものだな」

「リュークのおかげよ、ありがとう」


 アンはリュークに笑顔を見せながら礼を言う。


「お姉ちゃんがお兄ちゃんと良い雰囲気だ……さっきは抱き着いて良い雰囲気だったし……」

「アナ、思い出させないでくれないかしら……」

「お姉ちゃんさっきはお兄ちゃんに抱き着いて顔真っ赤で恥ずかしがってたのになあー!」

「思い出させないでって言ったでしょ!」

「わー、お姉ちゃんが怒ったー、お兄ちゃん怖ーい」


 アナが棒読みでそう言いながら、リュークの背後に隠れるようにアンから逃げる。


「姉妹喧嘩は後でやってくれ」

「だってさ、お姉ちゃん」

「あんたのせいでしょう……」


「よし、じゃあアンは魔法の練習をしようか。アナは魔力操作の練習をやっててくれ」

「はーい」


 アナは言われた通りに手の平を前に出して、魔力を集中させる。


「よし、じゃあやるか。アンの属性は……」

「火属性と風属性、土属性よ」

「そうだったな。それでアナが水と光、闇だったな。見事に攻撃と支援が分かれてるな」

「そうなの?」

「ああ。火と風、土は攻撃魔法が強い。その三属性を使えるんだったら、攻撃特化の魔法を使った方がいい」

「そうなのね……アナは支援の魔法なのかしら?」

「そうだな。水と光、闇は攻撃もあるが、支援魔法に特化してる。特に水と光は治癒魔法がある。闇属性も相手の行動を遅くしたり、味方の気配を消したりなど、支援に向いている」

「そう……結構いい組み合わせなのかしら?」

「ああ、鍛えれば二人だけで大体の魔物と渡り合えるだろうな」

「それは良かったわ」


「よし、最初は火属性がいいかな。ちょっと見本を見せたいが……」


 リュークは辺りを見回す。

火を扱うにしてもここは草原で、どこに撃っても草や木がある。

すぐに水魔法で鎮火はできるが、あまり草木を燃やしたくない。


「おっ、そういえば……」


 リュークが目に入ったのは、膝を抱えて座っているアメリアだった。


「なあ、アメリア……でいいのか? ちょっと練習に付き合ってくれない?」

「……え? 私がか?」


 アメリアは落ち込んでから時間が経ったので立て直していたが、三人が集中して鍛錬してるのを邪魔してはいけないと声を掛けずにいた。


 そして、隅で座って鍛錬を見ながらアメリアも魔力操作の練習をしていた。


「あんたの魔力操作を見た感じ、アン達よりは全然上手いからな」

「…ふ、ふふふ、そうだろう! 当たり前だ! 私を誰だと思ってる! S級冒険者だぞ!」


 確かに魔力操作を覚えたての者より、S級冒険者のアメリアの方が上手いのは当たり前だった。


「付き合ってくれるか?」

「え……ええ!? つ、付き合うなど! 何を言っている!? 私とお前は会ったばかりであろう!? し、しかしどうしてもというならやぶさかではないが……」

「ん? 何の話してるんだ? 魔法の練習に付き合ってくれるかっていう話だろ?」

「え? あっ……そ、そうであったな。わかってたぞ、私も」


 顔を赤くして慌てていたアメリアだが、リュークに正しいことを言われ、違う意味で顔を赤くする。


「アメリアは魔法適正は?」

「私は火と水、そして風だ。時空魔法も使えるぞ」

「おっ、時空魔法使えるんだ。やっぱり俺と母ちゃん以外にいるじゃん」

「いや、私はお前に会うまで他の時空魔法を使える者に会ったことなかったぞ……」

「そうなのか? やっぱり少ないのか……?」

「うむ。それで、私はどうすればいい?」

「ああ、俺に火属性の魔法を撃ってくれ」

「ん? そんなことでいいのか?」

「ああ、アン。お前はしっかり見とけよ」


 リュークとアメリアは互いに距離を取った。

そしてそれを少し遠くからアンが見ていた。

アナも魔力操作をしながら、その動向を見ていた。


「よし、では行くぞリューク」

「ああ、いつでもどうぞ」

「お前なら私の魔法を相殺出来るだろうから……全力でいかせてもらおう」

「ん? いや、アンの見本だから全力でやらなくても……」


 リュークはそう説明するがアメリアは聞いていない。


「私の最大魔法だ、これを受けきったものはいない。ワイバーンもこれで倒した」

「いや、そんな本気にならなくても簡単な魔法で……」

「これは魔力を練るのに時間がかかる。しかし、その威力は人智を超える。受けてみよリューク」


 アメリアは自分の全魔力を使うつもりで魔力を練り始める。

アメリアの周りの空気が変わる。

空気の流れがアメリアに向かって収束してるようだ。


 そして時空魔法でしまっていた、身の丈ほどの杖を異空間から取り出す。


「私は『洪帝』のアメリア。水を使う魔法を得意とする……私をS級冒険者まで駆け上がらせた魔法をとくと味わえ」

「いや、だから火属性の魔法をアンに見せるだけで……」


 魔力は収束し、杖の先に集まる。

そして、アメリアは杖をリュークに向ける。



「喰らえ、私の最大魔法――『津波ツナミ』」



 ――瞬間、リュークの眼前は激流で埋まった。


 水の高さは約五十メートル。

その激流の波が、リュークへと迫る。

この波に飲まれたら、リュークと言えどひとたまりもないだろう。


「これは……凄い魔法だ。少し、本気を出そう」


 リュークは既に収束させていた魔力を解き放つ。


「『炎壁フレイムウォール』」


 リュークの目の前に、炎が激流の水を阻むように出現する。


 高さは約七十メートル。

炎の勢いも強く、激流の水を全て覆うようである。


 そして、その二つの魔法が激突する。


 ――瞬間、爆発が起こる。


 水は、熱せられると水蒸気となる。

その際、水の体積は約千七百倍になる。


 二つの魔法がぶつかり合うことで、水は瞬間的に蒸発し体積は増大。


 それが爆発を生む。


 水蒸気爆発、と呼ばれる現象である。



 爆風が辺りに広がり、爆音が辺りを埋め尽くす。


 水蒸気でリューク達の視界も白く染まる。


 そして水蒸気が無くなり、そこにあるのは炎の壁だった。


 リュークの魔法が水を全て呑み込み、今なおそこにあったのだ。


 リュークは魔法を消し、炎の壁が無くなる。


「……よし、これが魔法だ。アン、参考になったか?」

「なるわけないでしょ!!」


 アンの激しいツッコミがリュークを襲った。


「次元が違いすぎるわ! あんなの見せられて、私はどうすればいいのよ!」

「凄かったねお姉ちゃん……アメリアさんの魔法も凄かったけど、それを破るお兄ちゃんの魔法って……」


 アンとアナが、リュークに近づきながら話す。


「いや、俺のもアメリアのも簡単な魔法の応用みたいなものだ。アメリアのあの波の勢いや大きさを作るのは大変だがな」

「はあ……はあ……。私が何年もかけて試行錯誤を繰り返して作った魔法を……簡単な魔法の応用とは言ってくれるな……」

「お疲れ、アメリア。凄かったぞ。さすがS級冒険者だ」

「皮肉にしか聞こえんぞ……」


 アメリアが息を切らし、ふらつきながらリューク達に近づいてきてた。


「まさか『炎壁フレイムウォール』で防がれるとは思ってなかったぞ……。あんなの火属性の本当に初歩の魔法だ。さすがに私も心が折れるぞ……」


 『炎壁フレイムウォール』

 盗賊団のボス、アルンもリュークとの戦いの時に使っていた。

アルンは自分の周囲を覆うくらいの炎だったが、リュークは津波を相殺するほどの大きさだった。


「いや、あなたさっきから折れてなかった?」

「お兄ちゃんがワイバーンを狩ってきたところから折れてるよね」

「……ああ……私の心が音を立てて折れていく……」

「お前らトドメを刺すな」


 アン達の容赦のない言葉をリュークが止める。


「というか、あの魔法俺が止めてなかったらアン達を巻き込んでたからな」

「そうね、水が迫ってくるところで目の前に炎の壁が出てきてたわ」

「凄い爆発起こったよね。水と火がぶつかったらあんなになるんだね」

「私は知っていたが、あんな大きい爆発は初めてだ。やはりあの水の量だったからな」

「あれも危なかったけどな。爆風がアン達を襲ってたら普通に吹っ飛んで重傷だ」

「え? そういえばそうね……だけど私達のところに風は来なかった……考えてみると妙ね」

「そりゃあ俺がいかないようにしたからな、魔法で風操って」

「お兄ちゃんそんなこともしてたの?」

「私のところにも来なかった……私は守られていたのか。凄い勢いで自信が無くなるぞ……」


「まあ、魔法の種類というか、水の使い方がわかってないな。水はただぶつけても大した威力にならない。まああれだけの量だったら大した威力だが、それでも限度がある」

「うっ! それは私もわかっていたが……私は水魔法が得意なのだ。あれしか攻撃の仕方がわからないのだ」

「水魔法の応用で氷は作れないのか?」

「氷? 作れるぞ、ほら」


 アメリアは手の平を上に向ける。

すると手の平に氷の粒が出てくる。


「水魔法って氷も作れるんだね……結構便利だね」

「私は水は使えないから、アナなら出来るわね」

「まあそうだな。結構操るのに時間がかかるが……まあアメリアなら出来るよな」

「それくらい当然だ、一応S級冒険者だぞこれでも」

「それを攻撃に使えばいいんじゃないか?」

「氷を攻撃に?」

「ああ、氷を鋭くさせて風で飛ばせば良い威力になるんじゃないか? 風魔法も使えるんだろ?」

「はっ! そ、そんな手があるなんて……」

「え、氷が出来るならそっちで攻撃した方が良いと思うのだけれど……」

「まさかアメリアさん、そんなことも考えられなかったの?」

「……」

「だからお前らアメリアを虐めてやるな」


 アメリアがまた落ち込みそうになるが、何とか持ちこたえる。


「まあ後は水の使い方だが……水を一点に集中させて勢いよく放つとこんなことも出来る」


 リュークは森へと右手を向けて、ワイバーンを倒した時と同じように右手の人差し指から魔法を放つ。


「『水光銃ウォーターレーザー』」


 人差し指から一筋の水の道が出来る。

それが森の木を貫通する。


 そしてリュークが少し指を横にズラすと、水の道も横にズレて木を切り倒す。


「なっ! 今のはなんだ!? 水が木を切ったぞ!?」

「水は一点に集中させ勢いよく出すと、剣にも勝る切れ味を出す。極めればワイバーンの鱗も貫通するぞ」

「なんだと……そんなことが……」


 アメリアはリューク達と会って、何度も驚愕した。

しかし、今回は驚いて落ち込むのではなく、歓喜の驚きであった。


「……私は……まだ強くなれるのか。ふふふ……感謝するぞリュークよ!」


 アメリアは今まで、火と水と風、そして時空魔法でやってきていた。

しかし、火と風は水の魔法ほど得意ではなく威力は出ず、得意とする水は攻撃に向いてない。

 時空魔法も攻撃の技はなかった。

それでも、S級冒険者まで駆け上がったのだ。

水魔法の攻撃魔法が不十分な状態で。


「そうだな、お前はまだまだ強くなれるな」

「S級冒険者になり、限界を感じていたが……まだまだなのか私も」


 アメリアは自分が未熟なことを知り、落ち込むことなく歓喜する。

自分でまだまだ、と言いながらその顔は喜びに満ちている。


「私もここで練習していいか?邪魔はしない」

「ああ、いいぞ。ついでだから教えてやるよ」

「感謝するぞ」

「……私達も練習しましょう、アナ」

「そうだね、お姉ちゃん。アメリアさんがまだまだなら、私達なんてゴミみたいなものだよ」

「……私はそこまでは思わないけど、まあそうね」


 アメリアの言葉を聞き、アン達も練習を再開する。


 図らずも、アメリアの存在はアン達に大きい影響を与えてるようだった。



 そして四人が鍛錬を再開し、日が沈んでいく――

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