第24話 魔法

「よし! ここら辺でいいかな?」


 リュークは森の入り口に辿り着いた。


 走ってここまで来たはずのリュークだが、全く息を切らしてなかった。


「ま……待ってよ、お兄ちゃん……はあ、はあ……速すぎ……」


 少し経つと、後ろからアナが息を限界まで切らしてやって来る。


「これでも遅く走ったぞ。早歩き程度だ」

「はあ……はあ……初めての鍛錬で、飛ばし過ぎだよ……もう疲れたよ……」


 アナがリュークのそばで、倒れるようにしてその場に大の字で寝っ転がる。


「あれ? アンは? まだ来ないのか?」

「お姉ちゃんは……結構前にバテて……よろよろになって歩いてたよ……」


 息を切らしながら、リュークの問いにアナが答える。


「あ、あそこにいるな」


 リュークが走って来た方向を見ると、ここから五百メートルほど離れたところにアンが走ってるのか歩いてるのわからないスピードでこちらに向かっていた。


 そして数分後、アンはリュークのところまで辿り着く。

すぐにその場にうつ伏せで倒れこむ。


「……」

「おーい、生きてるか? アン」

「お姉ちゃん……?」


 アナがアンの口に手を当てる。


「はっ!?……し、死んでる……!?」

「死んでないわよ!」

「あ、生き返った」


 アンが飛び上がるように上体を起こす。

息を切らしながらツッコミを入れたので、直後に激しく咳き込む。

アナがアンの背中をさする。


「ああ、いきなり大声出すから……」

「……っ!だ、誰のせいよ……」

「姉妹漫才はそこまでにしてくれるかー?」


 リュークが二人に声をかける。


「二人とも、特にアンはもっと体力をつけた方がいいな。毎日街から森まで走れば結構な体力つくと思うから、明日からもやっていくぞ」

「……地獄ね」

「お兄ちゃん! お姉ちゃんがこの世の終わりを見たような顔になってる!」

「どんだけ嫌なんだよ……」


 そして数分後、アンとアナが息を整えてからリュークが話し始める。


「よし、じゃあここで魔法の鍛錬を始めるか」

「そうね……お願いするわ」

「お願いします! お師匠様!」

「その呼び方はやめろ……」


 アナが笑顔で言うが、リュークは苦笑気味にその呼び方を却下する。


「とりあえず、お前らの魔法適正はなんだ?」

「私は火属性と風属性、あと土魔法よ」

「私は水と光と闇!」

「ん? 三つだけか?」

「え? まあ、そうね。これでも多いと自負しているけれど……」

「一つも適正無い人もいるから、私とお姉ちゃんは多い方だと思うけど…」

「そうなのか? 俺全属性使えるけど」

「それはリュークが異常なだけよ…」


 ──魔法適正とは。

 魔法の基本属性は六つある。

火、水、風、土、光、闇である。

 その中で、人それぞれ扱える属性と、扱えない属性がある。

 そして基本属性の他に、ユニーク魔法というものもある。

リュークが使っていた、時空魔法もユニーク魔法の一つである。



 アンとアナの場合、扱えるのがアンが火と風と土、アナが水と光と闇であった。


 魔法適正を調べる方法は、『魔法適正診断の玉』を触れば、その球が適正の属性を言ってくれる。

この玉を作ったのも魔帝、フローラであった。


「というか、姉妹で完璧に魔法適正は別れてるんだな。姉妹はそういうのが多いのか?」

「よくわからないけど、双子なんかは全く一緒の適正か、私達みたいに別れることがほとんどみたい」

「不思議だよねー?」

「そんなもんなのか……まあ、俺全属性使えるから、二人とも教えられるな」

「お手柔らかにね、リューク」

「じゃあ、早速やろうか。とりあえず二人の魔法見たいから、俺に向かって打ってみてくれ」

「……あの、リューク。非常に言いにくいんだけど……」

「なんだ?」

「私とお姉ちゃん、魔法使えないよ?」

「……え? まじか?」

「まじよ。適性は知ってるけど、魔法の使い方がよくわからないわ」

「魔法は、学校とか行かないと教われないから……対価を払って冒険者に教えてもらうっていうのも出来るけど、私達そんなお金無いし……」

「そうか、じゃあまずは魔力操作から始めようか」


 リュークは二人と向かい合うように立ち、説明を始める。


「まず魔法を使うには、自分の身体の中に流れる魔力を感じ取らなければならない」

「魔力……どうやって感じ取ればいいのかしら?」

「うーん、俺は物心がつく前から感じ取れてたから、感じ取るきっかけは話せないが……」

「物心つく前からって、そんなのお兄ちゃんだけでしょ……」

「感覚としては、身体の血の流れを感じ取るのに似てる。魔力は身体中にあるが、その中でも血の中に含まれてる割合が多い」

「血の流れ……」

「とりあえず、脈を感じ取れる場所を触ってくれ。手首でも、首でもいいから手を当てて、心臓の音を感じ取ってくれ」


 アンは右手首に左手の人差し指と中指を当て、アナは首に両手を当てて心臓の音を感じ取ろうとする。


「……うん、心臓の音はわかったわ。走ったあとだから、結構早いわね」

「うん、私もわかったよー。それでどうすればいいの?」

「血の中にある、魔力を感じ取ってくれ」

「……え、説明はそれだけ?」

「ああ、ごめん。俺も感じ取ってくれとしか言えない」

「そんなの、出来るわけ……」

「あ、お兄ちゃん出来たかもー!」

「嘘でしょ!?」


 アンが無理だと言ったが、アナが軽々と魔力を感じ取ってしまった。


「多分これだよね? なんか血の中に小さい粒が流れてる感じ……」

「ああ、それそれ」

「全然わからないわ……ただ今のにびっくりして脈が少し早くなったとしか……」


 アナは本当に魔力を感じ取ってしまったらしい。

普通の人は、魔力を感じ取ることは一週間はかかる。

 あの魔帝のフローラでさえ、三時間はかかったのである。

それを、アナは感じ取ろうとして五秒ほどで感じ取った。


「アナはなんで魔力を感じ取れたの? きっかけは何?」

「うーん……なんだろうな。何かに似てるんだよね……この感覚」

「そうなのか?」


 アナは顎に手を当てて唸りながら考え込み──そして、思い出したかのように手を打った。


「わかった! お兄ちゃんに抱きついた時の感じだ!」

「え?」

「は?」


 アナの言葉に、二人は呆気に取られる。


「お兄ちゃんに抱きついた時に、お兄ちゃんの身体に纏ってる空気? 雰囲気? に似てるんだよ!」

「……そうなの? リューク」

「いや、わからんが……確かに俺の周りには俺の身体から少し漏れてる魔力が充満はしてるかもしれないが……」

「そう! 抱きついた時に感じるお兄ちゃんの心臓の音とかも魔力を感じ取ってわかったけど、いっぱい魔力が流れてた!」

「まあ、街の人たちを見る限り俺は普通の人より魔力はあるらしいからな」


 普通の人よりではなく、リュークは世界最高に近い魔力量を持っているの間違いだが、それを知るのはヴァリーとフローラだけである。


「だからお姉ちゃん! お兄ちゃんに抱きつけばいいよ!」

「……本気?」

「うん! そうすれば多分すぐに感じ取れると思うよ!」

「……ってアンは言うのだけど、リュークはいいかしら? その……私が抱きついて……」

「おう、いいぞ」


 アンは頬を紅く染めながら、リュークに上目遣いで問う。

リュークは恥じらった様子も無く、間髪入れずに頷く。


「……じゃあ……い、行くわね?」

「おう」

「早くお姉ちゃん!」

「せ、急かさないでアナ!」


 アンはゆっくりとリュークに近づき、リュークの目の前に立つ。

そして頬を先程より紅く染めながら、リュークの顔を見ないように顔を背けながら、リュークに抱きつく。


 アンは顔を横に向けて、リュークの胸に体を預けるように体重をかける。

両腕は躊躇いながらも、リュークの背中に回す。

 リュークもアンの身体を受け止め、左手をアンの背中に回し、右手はアンの頭に乗せる。

頭に手を乗せられたアンは、より一層恥ずかしそうに顔が真っ赤になる。


「お姉ちゃん、どう? 魔力感じ取れる?」

「ちょ、ちょっと待って……今それどころじゃないから……」


 アナの問いかけに、アンは余裕がない状態で答える。


 アンはリュークの胸の中で、一度深く深呼吸し、気持ちを落ち着かせようとする。

そしてリュークは暇だからか、アンの綺麗な金色の髪を撫で始める。


「ちょっとリューク……余計なことしないでくれないかしら?」

「ん? おお、すまない」

「い、いえ……嫌なわけではないけど……本当にこれ以上やられると何も出来ないから…」


 リュークは撫でていた手を止め、頭に手を乗せて動かないようにした。


 アンは何回か深呼吸して、気持ちをなんとか落ち着かせた。

まだ頬は少し紅く染まっていたが、最初よりは普通の状態に近いものであった。


「……それでアナ。抱きついたのはいいけど、ここからどうすればいいのかしら?」

「お兄ちゃんに抱きついてると安心するでしょ?」

「え、ええそうね……ずっとここにいたい気持ちになるけど、それとこれとは話が……」

「ううん、その安心する感じが自分の中にも流れてるの。お兄ちゃんよりかは少ないから感じ取るのは難しいけど、抱きつきながらだとわかると思うよ」

「そ、そうなの……? ちょっと、試してみるわ……リュークは動かないでね」

「おう、大丈夫だ」

「お兄ちゃんの心臓の音も聞いて。そうすれば感じやすくなると思うから」

「わかったわ……」


 アンはリュークの胸の中で目を閉じて、リュークの心臓の音に耳を傾けた。

気持ちを落ち着かせて、リュークの心臓の音を聞き、自分の身体の中の魔力を感じ取ろうと集中する。


 数分間、アンは目を閉じて集中し、そしてその時が訪れた。


「……あっ。これかしら……?」

「おっ、わかったのか?」

「ええ……確かに、私の血の中にリュークの中に感じるものがある。だけどやっぱり量が少ないわね」

「まあ、鍛えれば増えるから。大丈夫だ」

「ええ、そうね。リューク、ありが……とう……」


 アンはリュークにお礼を言おうと、顔を上げる。

 すると、抱きついていたので必然と顔を上げるとリュークの顔が至近距離に来て、目が合う。

アンはアナより背が高いので、自然とリュークとの顔の距離もアナより断然近くなる。


 魔力を感じ取るのに集中していたアンは、リュークの顔が至近距離で目が合い、途端に恥ずかしさを思い出すかのように顔を真っ赤に染める。


 男女が抱きついて、至近距離で見つめ合っているという状況になり、事情を知らない人から見ると完全に勘違いする状況である。


 そして、事情を知らない人がこの場に突如現れる。


「ここにいたかSS冒険者! 先程は逃げおって! 今度はそうはいかな……いぞ……?」

「え?」

「おっ、さっきのやつじゃん」


 リュークは冷静にその人物がアメリアだということに気づく。


 アメリアは三百メートルほど離れたところから、リューク達を見つけていた。


 そして、そこから『次元跳躍ワープ』したのである。

アメリアも、時空魔法の使い手であったのだ。


 リューク達の目の前に来て、目に付いたのは男女が抱きしめ合い、顔を近づけていた光景だった。


 それを、アメリアは当たり前のように勘違いし、狼狽する。


「す、すまない! 邪魔をするつもりはなかったのだ!」

「い、いや! 違うわ! 貴女は勘違いしてるわ!」

「無粋なことをしてしまった! 私は見ないから! 続きをしてくれ! 私は気にせず!」


 アンは誤解を解くために、すぐにリュークと離れる。

アメリアは両手で目を覆うようにして、見てないアピールをする。

しかし、指の間から両目ともしっかりリューク達の姿を捉えている。


「こ、これでいいだろ! つ、続きをしてもいいぞ!」

「貴女それ完全に見てるわよね!?」

「見てない! 見てないぞ! 男女のアレコレを見たいなんてこれっぽっちも思ってないぞ!」

「心の声が駄々漏れじゃない!」

「しまった! 言ってしまった! だがそれなら直接見てもいいな!」


 アメリアは両手を目から外し、瞬きもしないというような勢いで目を見開く。


「さあ! 続けてくれ!」

「貴女バレたからと言って堂々とすればいいというわけじゃないわよ!」

「なんと!? そうなのか!? しかし、バレたのに隠しても意味はないだろ?」

「それはそうだけれど! 正論だけど正論じゃない!」


 アンとアメリアの会話みたいな漫才をリュークとアナは遠巻きに見ていた。


「こいつら初対面だよな? なんでこんなに息合ってるの?」

「私とお姉ちゃんの姉妹漫才と同じようなことを初対面でやるとは……あの人、できる!」

「いや、アナも何言ってんの?」


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