4-9.疲弊と不満と悪巧み

 日が落ちても、まだ雨は止まなかった。雷の頻度は下がったが、それでも時折大きな音が響いていた。


「ローテム、随分疲れてるね」


 ベッドに俯せになっていたローテムは、リリィの声に気付いて顔を上げた。


「ナルド兄様にずっと服装やら作法やらを指導されてたから、頭が痛いよ」

「今までサボってたツケだよ。小さい頃からちゃんとやってれば、そんなことにはならないもん」

「知ったようなことを言うね。……って、伯爵令嬢だっけ」

「うん。教育係に躾けられたからね。人間の目を抉る作法とかもバッチリ」

「どこで使うんだよ、そんなの」


 ローテムはベッドの上に起き上がり、「それで?」と尋ねた。


「今度は何をするつもり?」

「気になる?」

「また毒でも盛られたら嫌だし」

「同じ手は二度は使わない。家庭教師に教わったもん」


 リリィはローテムの隣に座り、尾鰭を抱え込むような格好になった。


「お前に少し手伝ってほしいんだけど」

「いいけど、面倒なことは御免だよ」

「大したことじゃないよ。ヘンルーダを大広間に連れてきて欲しいんだ。パピルス抜きでね」

「……今から?」

「今から」


 夕食も済ませてから随分時間も経っている。呼び出すにしても、相応の口実が必要だった。


「難しい?」

「先に、リリィの計画を聞かせてくれないかな。それによって口実も変わるだろうから」

「うん、いいよ」


 リリィはローテムの耳元に口を近づけて、可憐な声で「計画」を囁く。もし此処に第三者がいたなら、それは微笑ましい光景に映るだろうが、実際に囁かれるのはあまりに物騒な内容だった。

 だがローテムは表情一つ変えずにそれを聞き終えると、腕組みをして考え込む。


「なるほどね。どうしようかな」

「どうしよっかなー」

「ヘンルーダ兄様以外がいると困るよね?」

「うん。だから他の兄弟が来ないような口実がいいんだけど」

「……それで大広間に来るような用事、か」


 ローテムは自分が着ている赤いコートを見ると、口元に笑みを浮かべた。

 コートには大小様々な飾りと刺繍が施されている。その中でも一際小さな、爪の間に入り込んでしまいそうな物をローテムは凝視していた。


「ヘンルーダ兄様は人に頼られるのが好きだ。そこを利用させてもらおうかな」

「今日のローテムはやる気に満ちてていいね。今後ともそれでよろしく」

「いや、疲れすぎてテンションがおかしくなっているだけなんだけどね」


 理由を隠そうともしないあたりは、いつものローテムと変わらなかった。

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