闇の王

@KAPPA000000000000000

序章

 男は空港へ向かうタクシーの中で今回の任務についての考えを巡らせていた。組織は人類にとって最良の決断を下す。そこに疑いがあってはいけない。しかし盲目であってもいけない。組織はかつて世界平和を実現しようとしていたが、今もそうなのかははっきりしない。そのために自分がやっていることに向き合うのは全体を優先するのか個人の考えを優先するのかの問題になってくる。

 組織は毎回男に暗殺リストを送り付けてくる。リストにはターゲットの潜伏場所や行動範囲、仲間の居場所などのデータが添付され、それをもとに優先順位がつけられる。最も効率よく多くのターゲットを消すためだ。それなのに今回は地球の裏側にいるたった一人のターゲットを最優先にされたのだ。テロリストの掃討作戦をやるからと、その地球の裏側から招集されたばかりなのに。しかもターゲットは十六歳の少女である。相手が組織の存在を知るテロリストの一員だと分かっていてもその事実が男の心を揺さぶっていた。なぜ殺さなければいけないのかは暗殺リストに記載されていない。殺し屋は殺すのが仕事でありそれ以上のことを知る必要はないのだ。とはいえ子供はこの世界の未来を担う存在だ、それを手にかけるという事はこの世界の未来を手にかけることに他ならない。そんなこともわからないようでは世界を平和にしようなんて口が裂けても言えないだろう。それでも今まで組織に言われるがままに暗殺を繰り返してきたのは、多数のためには少数を犠牲にしなければいけないという事をいやというほど理解しているからでもある。だからこそ納得できる理由がほしかった。

 ふと男は今の自分の考えを不思議に思った。納得できる理由がほしい?まるで個人が存在しているかのような考えだ。光の下では物質ごとに影が生じるが、それらは独立しているようで本質的には一つしかないというのに。組織の考えは個人の考えでもある。その逆は個別化の影響によって成り立たない。男はそう自分を納得させて考えを振り払った。大事なのは人類の価値を守ることだ。だが…

 しばし熟考したのち、男は通信をオンにした。組織にターゲットの暗殺理由を聞くためだ。通信が始まった瞬間に男は理解した。間違いなくこの少女は殺さなければならない。真っ先に送られてきたデータには‟最悪の仮説”というタイトルがついていた。その内容は仮説でもなんでもなく最も知られてはいけない‟事実”だった。まさか十六歳の少女に知られてしまうとは考えてもいなかった。子供は大人に比べて常識にとらわれない。よく言われる話ではあるがこんな形で実感させられるとは思っていなかった。‟仮説”とある以上はまだ確信には至っていないのだろうから、テロリストの間にもそこまで広まっていないはずだ。しかし急ぐに越したことはない。

 男の焦りとは裏腹に空港までの道は渋滞しており、男の乗るタクシーもさっきからほとんど前進していなかった。男は顔をしかめたかったが、その顔は他人を警戒させるような表情を作れる様にはできていなかった。なのでにっこりと微笑みながら運転手に料金を支払うと、タクシーを降りて徒歩で空港へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る