都筑卓司:「不確定性原理 運命への挑戦 」
この方は学問的業績では、大きなものはない。大変、失礼な言い方だがそれはともかく、科学解説について右に出るものはまあいないと言っていい。また、都築先生がこのような能力を持つに至ったのは、先生が朝永振一郎の弟子だったということもあるかと思う。
で、この著作はもうむちゃくちゃすごい解説をやってのけてるのである。これも一種の天才と言わざるを得ない。
それでだ。この著作の最初は「巨人の星」に出てくる「消える魔球」の解説から始まる。もう、巨人の星なんて知ってる方も少なくなったかもしれないが、わたくしが少年のころは定番でなんどもなんども再放送されていたド根性もの野球マンガあるいはアニメである。
主人公の星飛雄馬は、努力に努力を重ねて、おまけにスパルタおやじに鍛えられてプロ野球選手になる。で、まあいろいろとドラマはあるのだが、「魔球」なる変化球を開発してバッタバッタと三振とアウトの山をこしらえるピッチャーになる。
魔球は「大リーグボール」と呼称される。当時はメジャーなんてしゃれた言い方はしてなかったから、大リーグである。そして、二番目に開発された魔球が「消える魔球」である。
ホームベースの手元で急に球がどこにいったのか、見えなくなる。そんな魔球である。
前置きが長くなった。本論に入ろう。で、都築先生は消える魔球は「量子論を利用した魔球だ」というところから始める。このあたりで、読者をぐっとつかむわけであるが、さらに続くのである。
量子力学には「不確定性原理」というものがあり、玉の位置と速度(正確には運動量)を同時には決められない、という不思議なルールがある。これはほとんど完全に証明された科学的事実ではある。ではあるのだが、そういうことが起きるのは電子とか小さい世界でだけの話であり、通常の世界ではそんなこと起きはしない。少し専門的に言うと、「プランク定数」というのがあって、これが極めて小さな値だからである。
だが、ピッチャーの星はどうやら、プランク定数を操作する手段を身に着けているようだ、で、消える魔球を実現してしまうのである。
消える魔球の原理はこうだ。
まず、投手が玉を投げる。玉の速度と位置は正確にかつ同時に決まっているはずである。一般的な「大きな」世界では。ところが、星はどうやらサイズの大きなものにも量子力学を適用させる能力があるようだ。だから、玉の速度が決まってるから、不確定性原理により、位置が不確定になってしまうのである。
位置が不確定になるということは、ある確率でストライクゾーンを抜けてるには違いないが、ぼーっと広がった存在になってるわけだ。
打者はバットを振るが、きわめて低い確率でしか玉には当たらない。そのあたりをマンガチック、ドラマチックにかつ、精度よく説明するのが都築流の説明術である。
いやはや、これにはやられたのである。中学生にも読めるほどの平易な文章で、しかもテレビで大うけしてるアニメについて、きわめて”まじめに”説明するのである。しかも、第一章で心をわしづかみにしたうえで、第二章は「運命とはあるのか」という課題である。結論から言うと、「運命というのはない」ということをうまいこと解説している。人の興味をつかんだうえで平易な解説で科学の面白さを説明する。良書と言わざるを得ない。
わたくしはすっかり、量子力学の魅力に取りつかれた。おかげで今の商売にもつながっている。
都築先生は学問的にはどうかわからないが、科学解説では天才的な能力を発揮しており、かくして講談社のブルーバックスを何冊もお書きになられてるのである。もう一冊、熱力学について書いた本があるので、それもご紹介しようと思っている。
なお、話を戻すと、本筋の巨人の星では全く異なった理由で球が消えているように見えたことがストーリーでえがかれている。
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