他力本願少女
草
第1話 目覚め
頬を撫でる柔らかな風。手が触れている雑草も風に吹かれてサラサラと音を立てる。木陰を落としている木々の葉が擦れる音がする。まるで世界に私だけがいるような気になるほど、辺りには何もいなかった。
私は一人、この静かな場所で寝転がっていた。側にはすっかり刃が欠けてしまった剣が置いてある。一体さっきまで私は何をしていたのか、記憶に
ふいに、左の方から足音がした。驚いて上体を起こし左を見る。白い花を持った、黒髪の女の子だ。歳は私とそんなに変わらないように見える。女の子は目が合うと、少し安心したように笑いかけてきた。
「おはよう、目覚めはどう?」
その優しい声に私は何か返事をしなければと思って口を開いたが、どうにも声が出なかった。私のその動作を見て、女の子は申し訳無さそうな顔を作った。私には今の状況が何一つ理解できないし、どうして声が出ないのかも分からない。ただ一つ分かるのは、女の子が私の事をよく知っているらしいということだ。
立ち上がろうと地に手をついた瞬間、さっきまで響いていた植物の音が聞こえなくなった。そして、体全体に浮遊感。手をつけたはずの地面は無くなっていて、私は大きな穴に落ちているらしかった。驚くにも遅すぎた。私は抵抗する術もなくそのまま落下していった。並大抵の穴ならもうとっくに底に着いているだろうと思ったが、底が近づく気配もない。
一体さっきから何なんだ、と思い始めた辺りで声が聞こえてきた。耳からではなく頭の中に直接響くような声。
「勇者よ、目覚めの時です。貴女の使命はただ一つ。邪念を抱かず、ただ使命を果たしなさい。」
勇者だ、使命だだの言われてもピンと来ない。____勇者?
突然、勇者という単語を聞いた瞬間、さっきまで思い出せなかった自分のことがじわじわと脳裏に浮かんできた。といっても思い出せたのは自分の基本的なことだけなので、何をしていたのかは思い出せないままだ。
「止してよ、勇者なんかじゃない。」
失ったように出てこなかった言葉がスッと出た。そう、私は勇者であり、勇者では無いのだ。あくまでもあだ名だっただけで、使命とかなんとかは関係ない。側に置いてあったボロボロの剣も。
きっと最近やったゲームの影響で変な夢を見ているだけだろう、と私は考えてそのまま瞼を閉じた。
「起きなさい勇者!」
突然の大声に驚いて目を開くと、目前には豊かな自然も、黒髪の女の子も、大きく暗い穴も無かった。あったのは呆れ気味に怒った母親の顔だった。
*
「全く、いつになったら寝坊しなくなるのかしら?」
青信号を待つ車内で、お母さんが話題を振る。時刻は既に午前8時を回ろうとしており、この時間から電車に乗って学校に向かっても間に合わない為、お母さんが車を出してくれた。度々寝坊してはこうして送って貰うので申し訳ない気持ちになる裏腹で、歩かなくて良いので楽だなという思いもあったりする。
「ごめん、やっぱり朝起きれなくって。」
「だからお母さんは近所の高校にしておけばって言ったのに、ねえ?」
「うん」
近所の高校は入ることも難しくなかったが、どうしても知った顔のいる所には行きたくないと思い、今の高校を選んだ。何故かと言われれば、単純に黒歴史を知られているからという理由である。黒歴史の数はそこそこになるが、中でも最も黒歴史となったのが「勇者になりたい」という小学校の卒業文集に書いた作文だ。
勇者になりたい理由や勇者の素晴らしさなどが綴られたその作文は、各々が学校生活の思い出を書いた文集の中で目立っていた。どうして当時その作文を書こうとしたのか全く思い出せないが、とりあえずその作文のせいで今まで度々苦しむことになったのだ。過去の私に会えるのなら、無難に修学旅行の事でも書けと全力で伝えたい。
その作文がきっかけで、私は皆から「勇者」と呼ばれるようになった。若干名前にも似たような感じがあるので、黒歴史を抜きにすれば別に嫌なことでは無い。黒歴史を抜きにすれば。
「はい、着いたわよ。勇者さん」
黒歴史を回想している内に、いつの間にか学校に着いていたようだった。始業時間まで残り数分というところだ。
「やっぱりお母さんからそう呼ばれるの気持ち悪い。ありがとう、いってきます」
「お代は300ゴールドよ」
「払わないよ…」
ふざけるお母さんを後にし、若干早足で校舎内へと入る。階段を登り、3階まで来たた所で左に曲がり教室に入る。
教室に入ると同時にチャイムが鳴り、遅刻を免れたことにホッとした。
「
担任の先生が苦笑いながら私に告げる。私は思ったままに返事をする。
「遅刻すると手続き面倒なので…次からは気を付けます」
面倒臭がりな普通の高校2年生、あだ名は勇者。これが私、
他力本願少女 草 @kusa93
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