第23話 選定の剣とコーラ


 選定の剣。それは挑戦者がアルトリウス家の血を引く者かを見定め、王の器たる資格があるか確認するための儀式であり、アーサー王伝説で最も有名な逸話でもあった。


 この逸話のモデルになった話として有力な候補が幾つかあり、最有力な説はガルガーノというイタリア人騎士の伝説を元に作られたというものだ。


 ガルガーノは一一〇〇年代に生まれた騎士で、卑怯で欲深く人間のクズとして有名な男だった。だがその男の前に大天使ミハエルが突如現れ、真人間になれと宣告を受けたことで彼の人生は大きく変わる。真人間になれという言葉をどう解釈してそういう結論に至ったかは不明だが、突然ギウズディーノと呼ばれる丘の上でオオカミたちと一緒に野生生活を始めたのだ。


 さらに野生生活をしていたガルガーノの前に再び大天使ミハエルが現れ、「快楽をすべて捨てろ、真面目に生きろ」と、駄目押しをしに現れたそうだ。さすがに二度も言われると、人はムッとするもの。彼も少し怒ったのか、「快楽を捨てるなんて、剣で岩を割るより簡単だ」と、岩に剣を突き刺したのだ。このガルガーノ伝説がアーサー王伝説のモデルになったというのが現代では通説であった。


 しかしタイムスリップした俺の目の前には、確かに岩に刺さった剣が存在している。ということは、第二候補として挙げられていた軍神アルトリウス公が、アングロサクソン人の侵略から国を守った際に、「もう戦は終わりだ」と宣言し、岩に剣を突き立てたという話が真実だったようだ。


「それにしても……」


 剣が柄の部分まで岩の中に埋まっていた。どんな馬鹿力で突き刺せば、こんなに深く突き刺さるんだよ。


「ではパーシス。試してみろ」

「はっ」


 エルリックは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、パーシスに命じる。この挑戦、先に抜いたほうが勝ちである以上、先番の方が有利なのだ。それが分かっているからこその笑みだろう。


「では挑戦させていただきます」


 パーシスが剣の柄を握り、全力で引き抜こうと試みる。しかし剣が抜ける様子は微塵もない。数分間、何度も何度も挑戦し続けたが、結局、剣は抜けることなく、彼の額に汗が浮かんだだけに終わった。


「これで姫様が統一王ということで決まりですな」

「待て、待て。まだ決まった訳ではあるまい。なにせ、そのアルトリス公の血を引く女が、本当に剣を抜けるか分からんからな」

「姫様はアルトリウス公の血を引いているのですよ。引けないはずが……」

「試した方が早いだろう。とっととやるのだ」


 アルトリアはエルリックに急かされるが、一向に動こうとせず、ただ黙って岩に刺さった剣を見つめていた。


「この剣は私には抜けません」


 アルトリアがそう宣言すると、皆が息を呑んだ。いや、たった一人だけは笑いを隠そうとしなかった。


「挑戦して駄目でしたとなるよりは潔い。では統一王は別の方法で――」

「待ってください。私には抜けませんが、抜ける方なら知っています」

「パーシスですら抜けなかったのだぞ。誰が抜けると云うのだ」

「旦那様です」


 おいおい、期待してもらって悪いが、俺の力では抜けないぞ。その感想は皆も抱いていたのか、エルリック以外の王たちも笑いを隠そうとしなかった。


「その豚のような男でも抜ける。軍神アルトリウス公を馬鹿にしているのかっ」

「試してみればわかります、ね、旦那様♪」


 ね、旦那様って可愛く言っても、抜けない者は抜けないし、挑戦するだけ無駄と云うものだ。しかし場の空気が挑戦しないことを許さなかった。


「駄目元で試してみるか……」


 選定の剣の柄を握ってみる。岩にしっかりと刺さっているのか、上に引っ張ってもビクともしない。しかし引くのではなく押してみると、少しだけ下に沈んだ。どうやら岩に剣を突き刺した時に、何かが引っかかってしまったようだ。


「こんな時はあれだな」


 周囲の皆から見えないように、俺はコーラを岩と剣の隙間に流し込む。黒い液体が流れれば流れるほどに、剣と岩の突っかかりは小さくなっていった。


「こんなもんかな……」


 軽く剣を持ち上げてみると、コーラを流し込んだことにより、滑りが良くなったのか、楽々と上に持ちあがるようになっていた。今なら子供でも引き抜けそうだ。


「さて、今から剣を引き抜いて見せよう!」

「馬鹿馬鹿しい、できるものかっ」

「ほら、抜けた」

「えっ」


 イモでも引っこ抜くようにずりっと引き抜くと、一〇人の王は驚愕で顔を歪める。今まで誰も抜けなかった剣が、こうも易々と抜かれたのだ。無理もないことだった。


「やはり旦那様はアルトリウス公の生まれ変わりでした……」


 皆が憧れと尊敬の眼差しを向ける。英雄がアヴァロンから舞い戻ったのだと、皆が騒ぎ始めた。そんな中一人だけ冷静な表情で、俺に視線を向ける者がいた。


「どうした、可憐。そんな侮蔑するよな目で見つめて」

「どうやったの? キモオタの力で抜けるはずがないわよね」

「簡単さ。一度誰かが抜いて刺したんだ。抜けなくなっているんだとしたら、詰まってしまった以外にありえないだろ。だからコーラを使って滑りを良くしたのさ」


 その言葉にすべてを察したのか、可憐は「あ~」と納得したような声を漏らし、

「キモオタ、私はあんた以上に聖剣伝説を馬鹿にした男を知らないわ」

 と、呆れたと云わんばかりの言葉を続けるのだった。


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