第19話 デンマーク王女
アルフォードから塩商人ギルドを奪い取ってから三カ月が経った。元々塩商人ギルドそのものが商業都市レリックの中でも一際大きな組織であったが、俺が経営権を奪い、上質な塩の提供と、割れない杯であるペットボトルの販売、さらにはインダスの塩こと砂糖の販売。瞬く間にレリック最大のギルドに成長を遂げ、領主を超える影響力をこの街で誇るようになっていた。
「キモオタ、あんたもすっかり商人ね」
お客で溢れかえるギルドを見ながら、可憐は呆れて呟いた。
「ヴァイキングより商人の方が向いているかもな」
「このまま商人になったらどう?」
「馬鹿言え。俺の命を狙っている奴はまだまだ健在なんだ。平和ボケして商人なんてやってられるかっ」
イングランドの山田さんも、デンマークの蛇島も、いつ刺客を送り付けてくるか分からないのだ。安全が確保されていないのに、剣を捨てるのは馬鹿というものだ。
「そう云えばヴァイキングのコスプレをさせていた傭兵たちはどうしたの?」
「あいつらは待機させてるよ。まだ必要ないからな」
「それってお金の無駄なんじゃないの?」
「そうでもないさ」
金は渡してあるからいつでも呼び出せる傭兵たちは、この街での権力を維持することにも役立っている。なにせ商売をしているヴァイキングの首領と、金を持つだけの商人では、商売相手たちの対応も自ずと変わってくるからだ。
「傭兵の数は十分揃ったし、そろそろこの街から出ていってもいいかもな」
「え~、やだなんだけど。この街暮らしやすいし、ここに居続けましょうよ」
「目的を果たしたのに、居続けても時間の無駄だろ」
「そ、そうだ。武器はどうしたのよ? 兵士がいても武器がないと駄目でしょ。きちんと揃えたの?」
「十分な」
「な、なら、デンマークの王女を探すと話していたじゃない。まだ見つかってないわよね」
「いいや、すでに見つけてあるぞ」
レリックの街にはアリスの他にも情報屋が何人もいる。全員に大金を払い、人手を使い、調べさせたところ、すぐに目的の人物は見つかった。
「デンマークの王女はこの街にいる」
「いくらなんでも都合が良すぎない」
「レリックに来る前から、この街にいる可能性が高いとは思っていた。なにせ外国人の多さと人口の多さから、この街以上に身を隠すに適した場所はないからな」
「それにしても、そんなにすぐに見つかるモノなの? 特徴も何も分かっていないのでしょ?」
「実はざっくりとした特徴なら知っていたんだ」
蛇島がデンマーク王となるまではゴズフレズ王がデンマークの支配者だった。彼には美しい金色の髪と青い瞳のスラブ人の嫁がいた。デンマークの宝玉とまで呼ばれた美女と、デンマーク王ゴズフレズの間に生まれた子供がデンマーク王女である。つまりスラブ人とデンマーク人のハーフを探せば、目的の人物に結びつくというわけだ。
「この街でデンマーク王女の特徴に合致する女性の中で、街に来た頃合いが蛇島が召喚された時期と一致する人物は一人しかいなかった。どうだ、凄いだろう?」
「まるでストーカーみたいな特定力ね。尊敬しちゃうわ」
「お前の口から純粋な褒め言葉を聞いてみたいよ」
可憐の軽口を聞き流していると、外套に身を包んだ浮浪者が近づいてきた。レリックは富裕層が多く住む街だ。その富裕層から金を恵んでもらおうと、こういった浮浪者は大勢いた。
「キモオタ、お金を寄越しなさい」
「何に使うんだよ?」
「いいからっ。とっとと寄越しなさいよね」
「仕方ねぇな」
懐から金貨の詰まった革袋を取り出し、その中から数枚を可憐に手渡す。金を受け取った可憐はニヤリと笑うと、近づいてくる浮浪者の前に金貨を差し出した。
「可憐、お前、まさか……」
あの性悪女が浮浪者に金貨を恵む。いやいや、そんなことは天と地がひっくり返っても起りはしない。
「拾いなさい、この貧乏人」
「うわぁ、最低だよ、こいつ」
「一度やってみたかったのよね」
可憐が金貨を浮浪者に放り投げるが、拾うどころか一瞥すらせずに、こちらに向かって駆けだした。
「いいぞっ、可憐をやっちまえっ!」
金貨を投げつけられたことに怒った浮浪者が可憐に飛びかかった――かに見えたが、可憐を無視して、俺にぶつかってきた。
「このっ! このっ!」
浮浪者がポコポコと俺の身体に拳を叩き付ける。か細い腕から伝わる力は小さく、痛みはない。浮浪者の顔は頭巾で隠れているせいで分からないが、俺に対する恨み声や涙声から若い女性だと分かった。
「旦那様から離れなさい。この無礼者!」
アルトリアが俺から浮浪者を引き離す。その勢いで、浮浪者の頭巾が取れ、顔が明らかになる。それは見覚えのある顔だった。
「アリスじゃないかっ」
「アリスじゃないかっ、ではありませんわっ! あなたのせいで私がどれだけ大変な思いをしているか知っていますの!」
「予想は付くが一応聞いてやるよ」
「事の始まりは、あなたから受け取った割れない杯でしたわ」
俺はアリスに傭兵や武器を紹介して貰い、その報酬としてペットボトルをプレゼントした。売れば大金になると想定していた宝を受け取り、彼女は内心で歓喜したという。
「割れない杯を売れば、当分お金に困らないと、私はあなたに感謝さえしましたわ。けれどあの杯のせいで、アルフォードに命を狙われましたの」
「そりゃそうだろうな」
アルフォードは俺から割れない杯を奪い取り、その権益を自分で独占するつもりだった。そのためにはアリスの持つペットボトルは邪魔だ。奪い取ろうと考え、憲兵隊を送り込んだのだろう。
「私は何とか危機を逃れ、命だけは無事で済みましたわ」
「なら良かったじゃないか」
「良くありませんわっ! 憲兵隊に襲われた際に割れない杯だけは何とか持ち去ることができましたが、情報屋の命ともいえる機密書類をすべて奪われましたわ。機密書類には情報源や情報を買った人物の名前がすべて書かれていました。もしこんなものが世に出回れば情報屋としての信頼を失い、廃業するしかありませんわ」
「で、翌日には広まっていただろ。俺が慰謝料代わりにアルフォードから奪い取り、そのまま別の情報屋に売ったからな。いや~、予想以上に良い値で売れたぞ」
「やっぱり、あなたの仕業でしたのねっ!」
「怒るな、怒るな。割れない杯は手に入っただろ」
「ふざけるなですわっ! あなたから頂いた時は確かに貴重品でしたわ。けれどその後、あなたが大量生産を始めて、価値が暴落したではありませんの」
「暴落とは失敬な。まだ金貨百枚で売れる高級品だぞ」
「金貨百枚で、職も信頼もすべて失いましたのよ。割に合いませんわ」
「でも金貨百枚手元に残ったんだろ」
「もう一枚も残っていませんわ! 金貨百枚を私が持っていると噂がどこからか流れ、やってくる盗賊と詐欺師たち。気づくと浮浪者に堕ちていましたわ」
「ドンマイ、生きてりゃ良いことあるって」
「誰のせいでこんな目にぃぃっ!」
アリスは再び拳を俺へと叩き付ける。本人は懸命に殴っているのだろうが、まったく痛くない。
「俺を殴って気は晴れたか?」
「少しは落ち着きましたわ」
「アリス、お前金に困っているんだろ」
「お金に余裕があれば浮浪者なんてやっていませんわ」
「なら商談だ。俺はお前が当分暮らせるだけの金。金貨一千枚をやろう」
金貨一千枚は現代価値なら五百万円相当の大金だ。だが塩商人ギルドを牛耳る俺にとっては微々たる金だ。
「随分と大金ですわね」
「嬉しいだろ」
「商談ということは私の何かを欲っしているということですわよね?」
「その通りだ。お前も心当たりがあるだろ」
「はっ、まさか私の美しい身体目的ですの。私を罠に嵌めたのも、すべてがこのため!」
「罠に嵌めたのは事実だが、お前の身体なんぞいらん」
「では何を……」
「デンマーク王女の協力だよ」
アリスは驚いたような表情を浮かべるも、すぐに冷静さを取り戻し、いつも通りの表情に戻す。。
「デンマーク王女の協力? 何を言ってますの?」
「隠さなくていい。お前がデンマークの王女だと云う事は分かっている」
今まで調査した内容と、俺が今置かれている状況をアリスに説明する。話を聞くにつれて、彼女の表情は青ざめていった。
「デンマークとイングランドの二大国の主に命を狙われ、対等に戦うためにデンマーク王女を探していたと。あなた馬鹿ですわ!」
「馬鹿とは失礼な」
「馬鹿は馬鹿ですわ。あなたはあの二人の王がどれほどの力を持っているか知らないから、そんなことが言えますの!」
「知ってるさ。だから必死に抵抗してるんだ」
「いいえ。あなたの知っているは知識の上ですわ。デンマーク王、蛇島を知る者なら抵抗しようという気さえ失いますわ」
「それほどまでに蛇島は凄いのか?」
「あの男は……あの悪魔は……我がデンマーク王家を三日で壊滅させたのですわ」
「三日……」
蛇島は余程とんでもない能力を手に入れたのだろう。でなければ獰猛なヴァイキングを相手にして三日で殲滅などできるわけがない。少なくともコーラとポテチでは無理だ。
「蛇島と名乗る男は、ある日突然やってきましたわ。そして最も強い戦士と戦わせろと、挑戦をしかけてきましたの」
「あの蛇島がね~」
悪巧みが得意なガリ勉男が随分と果敢になったものだ。どれだけの強力な能力を手に入れれば、それほどまでに自信が持てるというのか。
「デンマーク最強の戦士百人を前にしても蛇島は笑っていましたわ。そして笑いを強くし、何もないところから黒い筒のようなモノを創り出しましたわ。その筒の先から雷のような音が響くと、戦士たちは全員息を引き取っていましたわ」
「あいつの能力は『触れたモノを重火器』に変える能力かよ」
能力一覧の中でも特に人気のありそうな能力だったので、はっきりと覚えていた。もし重火器を自由に出し入れできるなら、蛇島の戦闘力は想像以上に強大だ。
「戦士たちを殺した蛇島はお父様やお母様、親戚の叔父様まで、私の家族たちを殺してしまいましたわ。生き残ったのは私とお兄様だけ」
「抵抗しなかったのか?」
いくら蛇島が重火器を持っていると云っても、たった一人だ。囲ってしまうなり、矢で離れた場所から攻撃するなり、戦い方さえ工夫すれば倒すことは不可能ではない。
「もちろん抵抗しましたわ。けれど蛇島はデンマーク王家の家臣たちを味方に取り込み、一大勢力を作り上げましたの」
「デンマーク王家の家臣たちを裏切らせるって、簡単なことではないだろ。どうやったんだ?」
「いいえ。簡単ですわ。ヴァイキングは強い者に従う生き物ですわ。デンマーク最強の戦士百人をたった一人で殺した男になら付き従いたいと願うモノは多かったのですわ」
「たったそれだけの理由で裏切られるのか?」
「それと最大の理由は私の兄の人望のなさが原因ですわ」
「どういうことだ?」
「お父様は部下から好かれる素晴らしい王でしたわ。しかしお兄様は違いましたの」
「ああ、そういえばそうだったな」
ゴズフレズ王の嫡男であるホリックはデンマークの長い歴史の中でも、最も部下に厳しいと云わるほどに、辛辣な性格をしていたと云われている。部下の妻を寝取ったり、公衆の面前で部下を罵倒したり、それはもうとんでもない性格だったそうだ。事実、蛇島が現れなければ、彼は部下の男に殺され、その生涯を閉じることになる。
「蛇島がお兄様を最後まで殺さなかったのは、ヴァイキングたちを自分に味方させるためだと気づいた時には既に手遅れでしたわ。デンマーク王家は乗っ取られ、お兄様は元部下の男たちに八つ裂きにされましたわ」
「アリスは運良く生き延びられたんだな」
「蛇島は私と結婚するつもりのようでしたから、私の機嫌を取るために厳重な見張りを付けませんでしたの。だから私は着の身着のままで逃げ出し、一人、この街に辿り着いたのですわ」
「一人なのか? 侍女は誰も付いてきてくれなかったのか?」
「デンマーク王家の人望のなさ、舐めないでくださいましっ! 私の最も信頼していた侍女なら、私の人に知られたくない秘密まで洗いざらいをぶちまけて、さっさと国に帰ってしまいましたわ」
「大変だったんだな」
ここまで人望がないとアリスを旗印に兵士を集める計画は難しいかもしれない。恐る恐る聞きたかったことを訊ねてみる。
「もしデンマーク王女として蛇島を倒すための兵士を集めてくれと、お願いすれば何人集められる」
「0人ですわ」
「一人もいないのか?」
「もしいるのなら浮浪者なんてやっていませんわ」
「そっか……」
何だか憐れにさえ思えてきた。
「ただし私の人望がないのは、蛇島が強大な力を握っていることも理由の一つですわ。つまりあなたの勝利の目が大きくなればなるほど、私の大義名分の一声は、兵を千も万も集めますわ」
「つまり負け戦だと味方してくれる奴はいないが、勝ち戦になれば蛇島を裏切ってくれるクズなら集まるってことだな」
「表現はともかく、その通りですわ」
勝ち戦にするためには、まだまだ大勢の味方がいる。何らかの手を考えなければと、思案に暮れていると、こちらに駆けてくる老人の姿が見える。鋭い眼光は歴戦の戦士のような風貌だが、外見に反して孫を見つけた祖父のような表情を浮かべている。
「姫様っ!」
「まさか人望がないと思っていたのは私だけで、忠義のために戦ってくれる部下がまだ残っていましたのね」
「姫様っ!」
「さぁ、私が姫様ですよ。私の胸に飛び込んできなさい」
アリスが両手を広げて、老人を迎え入れようとする。しかし彼の反応は予想外のものだった。
「退け、薄汚い浮浪者がっ!」
「ひぃ!」
なんと老人はアリスを押し飛ばすと、アルトリアの眼前で跪いた。何が起こったのか分からず皆が様子を静観していると、彼は口を開いた。
「ウェールズへ帰ってきてください、姫様。皆があなたを待ち望んでいます」
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