第11話 騎馬隊とポテトチップス
イズミ村のヴァイキングたちはロイホ村の外れにある平原に騎兵を配備していた。百名もの騎兵が並ぶ姿は圧巻で、手には剣と盾が握られ、今にも襲い掛からんばかりである。
イズミ村のヴァイキングたちがロイホ村の中に入ってこないのは、騎兵の突撃力を最大限生かすため、障害のない場所で戦いたいからだ。
であるならば、俺たちは障害物の多い村の中で戦う得策なのだが、村の中で戦うと村が荒らされてしまうし、仮に勝てたとしても乱戦になるため犠牲者の数が増えることになる。平地でも勝てる自信があった俺は、ロイホ村のヴァイキングたちを村の外から出して、平原に並ばせていた。
数だけなら圧倒している。女戦士は弓で武装し、男たちは剣と手斧を握った。だが騎兵はいない。この時代、軍馬に乗れるヴァイキングはほとんど存在しなかったからだ。
「兄者、早速奴らを八つ裂きに――」
「まぁ、待て。まずは敵の意図を知る」
宣戦布告されている以上、戦うつもりなのは明らかだが、何を理由に戦争を始めようとしたかは知っておきたい。
「敵の首領に問う。なぜ俺たちに喧嘩を売ってきた」
「その声、もしかしてキモオタか」
前に並んだ騎兵の列を割って出てきたのは、俺のクラスメイトである赤石だ。整った顔立ちと筋肉質な肉体、そして爽やかな笑顔。何もかもが鼻に突く男だ。
「赤石か?」
「そうだ。俺がイズミ村の首領、赤石だ」
自信満々の笑顔を浮かべながら、赤石はそう宣言する。女神から与えられた強力な能力で、首領の座を得たのだろう。俺が奴隷に堕ちる覚悟で実行したことを、赤石は易々とやり遂げたに違いない。そう考えるとなんだかムカツいてきた。
「首領様、あの男がリディアの父を殺した男です」
唯一実行犯を見ている祭司が教えてくれる。それを聞いたリディアは目を血走らせ、歯を食いしばった。
「どうして! どうして父さんを殺した!」
「はははっ、そんなの戦争を有利にするためさ。ロイホ村はあの男がいたからこそ、発展していた。後継者もロクなのがいなかったし、殺せる機会があるなら殺しておいた方が得だろ」
「き、貴様っ!」
リディアの瞳には涙が浮かんでいる。父親を殺された怒りと悲しみが彼女を泣かせたのだ。
それにしても俺のクラスメイトたちって、本当クズしかいねぇな。殺した男の娘の前で、
よくあんなことが言えるもんだ。
「おい、キモオタ。どうせお前は俺に勝てないんだから、さっさと降伏しろよ」
完全に俺のことを舐めている。なんて幸運だ。相手が油断している阿呆なら、勝率は格段に上昇する。
「リディア、ここからあの男を狙えるか?」
「当然だ。殺してやる!」
それにしても首領のくせに前に出てくるなんてな。矢で殺してくれと云っているようなものだ。
「撃て」
リディアは弓を構えると、相手が盾を構えるより早く、矢を放つ。目にもとまらぬ矢は赤石の額を撃ち抜くと思われた。しかし現実は違った。
「なっ!」
矢から赤石を守るように、軍馬が急に前足をあげて盾となったのだ。矢で射抜かれた軍馬は倒れこみ、赤石が振り落とされる。
「嘘だろ。なぜ軍馬が……」
「兄者、私は噂で聞いたことがある。イングランド兵の中には馬を手足のように動かす者がいると」
「手で身体を庇うように、馬で矢から身を守ったということか……」
日本の学生がそんな乗馬技術を持っているはずがないから、間違いなく女神から与えられた能力だろう。イズミ村のヴァイキングたちも乗馬していることを考えると、周囲に影響を与えるタイプの能力か。
「よくもやってくれたな、キモオタっ!」
「阿呆は良く吠えるな」
赤石は代わりの軍馬を与えられ、騎馬隊の先頭に立つ。怒り狂った憎悪の瞳が俺へと向けられていた。
「キモオタを殺せええっ! 全軍突撃!」
赤石の号令を機に、イズミ村の騎馬隊が一斉に突撃する。それに対して、俺はヴァイキングたちを動かさない。
「兄者、こちらも動いた方が……」
「それよりも全員耳を塞げ」
俺は地面から石を拾い上げ、袋入りのポテトチップスに変えるべく力を籠める。俺の能力は俺がポテトチップスだと認識さえしていれば、その大きさは問わない。例えば家屋ほどの大きさがある袋入りポテチを作ることも可能なのだ。
ポテチの袋には油が酸化して味や匂いが変わることを防ぐために窒素や炭酸ガスが注入されている。ガスにより高い気圧となった袋を破ると、外部の空気との気圧変化から破裂音が鳴る。
家屋ほどの大きさがある袋が破かれたならどうなるか? 答えは簡単だ。鼓膜を破りかねないほどの大きな破裂音が鳴る。
この音は人間相手もそうだが、なによりも軍馬相手に効果的だ。なぜならこの時代に銃器は存在しない。つまり軍馬が破裂音に慣れていないのだ。突然の破裂音にイズミ村の軍馬は慌てふためいて態勢を崩す。中には落馬する者まで現れた。
「落馬した奴を優先的に襲え」
俺が指示すると、獰猛な声を挙げたロイホ村のヴァイキングたちが、イズミ村のヴァイキングたちを襲い始める。
「はははっ、こりゃ楽勝じゃ!」
元々人数はこちらが圧倒しているのだ。落馬したヴァイキングを大勢で袋叩きにしていく。さらに駄目押しとばかりに、俺は次の指示を出す。
「落馬して、搭乗者のいない軍馬に乗れ」
「首領、俺たちは馬なんて乗れねぇぞ」
「乗れるさ。試してみろ」
半信半疑で軍馬に乗り込んだロイホ村のヴァイキングたちは、まるで手足のように馬を操り始める。
「キモオタ、てめぇ!」
赤石も何が起きたのか状況を理解したらしい。
「赤石、お前の能力は周囲にいる人間の騎乗能力を高めるものだろ。だがそれは敵味方を問わない。俺たちが乗っても、その能力は与えられる」
もちろん赤石が能力を解けば、ロイホ村のヴァイキングたちも馬に乗れなくなるが、それはイズミ村の奴らも同じこと。数で劣る騎兵が馬に乗れなくなれば、勝負は火を見るより明らかだ。
「赤石、このまま続けても俺たちの有利は変わらんぞ」
「ぐっ!」
「もしここで降参するなら命だけは助けてやるぞ」
「キモオタに降伏などするかっ!」
赤石は吠えるが、現実は過酷なもので、イズミ村のヴァイキングたちはほとんどが降伏、もしくは捕虜となっていた。それは赤石とて例外ではなく、獰猛なヴァイキングの手によって捕まり、俺の前に連れてこられる。
「離しやがれ、このキモオタがっ!」
赤石は両腕両足を縛られているとは思えない態度で、悪態をつく。この状況でこの態度を取れるのは、一種の才能だ。
「俺たちに戦争を仕掛けたのはなぜだ」
ロイホ村の領地を狙ったという理由だけでも理屈の上では納得できるが、なぜか他にも理由がある気がしてならなかった。
「誰が話すかっ、死ね!」
「どうやら立場を分かっていないようだな」
俺は赤石に手を伸ばすと、顔を鷲掴みにして上向きにする。
「臭い手を離せ! 匂いが移るだろ」
「そんな心配しなくても、鼻が詰まって匂いを嗅げなくなるさ」
俺は地面から小石を広い、ペットボトル入りのコーラに変える。その飲み口を赤石の鼻に突っ込んだ。コーラが鼻の中へと流れていく。プールで溺れたかのように、青ざめた表情を浮かべて、鼻からコーラを漏らし続けた。
「一本目が終わったか。次は強炭酸コーラいっとくか」
「や、やめてくれ。もう無理」
赤石は本当に辛そうな表情を浮かべる。それにしても、どれほどイケメンでも鼻にコーラを注ぎ込まれると台無しになるんだな。ただのコーラでこれなのだ、強炭酸コーラをぶちこまれると、どんな顔になるか見ものである。
「もう止めて! この人を許してあげてっ!」
強炭酸コーラを流し込もうとすると、赤石を庇うように、一人の女性が俺の前に立ちはだかる。
「彼に悪気はなかったの。だから、ねっ。許してあげて」
媚びるような声で、女性は赤石を助けるよう求める。
「赤石、誰こいつ」
「俺の嫁だ」
赤石は西暦八百年にタイムスリップした後のことを話し始める。イズミ村に転移した彼は、女神から与えられた能力で村に貢献し、首領の娘であるローズと結婚した。そして首領の座を引き継ぎ、今俺と戦争しているのだという。
「どうだ? ローズに見惚れたか? キモオタでは一生かかっても、触れる機会すらない美人だからな。まぁ、お前には二次元がお似合いさ」
赤石は自慢げに話す。確かにローズはピンクブロンドの髪が鮮やかな美人である。だが見惚れる程の顔ではない。クラスに一人、二人いるレベルの美人だ。
「黙って聞いていれば、捕虜のくせに随分と失礼な。殺しますよ」
俺が馬鹿にされることに耐えられなくなったのか、アルトリアが剣を抜いて、赤石の首元に刃を向ける。いいぞ、もっとやれ。
「な、なんなんだ、この美人。今まで見た、どんな女性よりも綺麗だぞ」
「俺の奴隷だ。羨ましいだろ」
ドヤ顔で、口角を釣り上げる。赤石の表情から余裕の笑みが失せていく。ざまぁ。
「キモオタ、まだ勝負はつかないの? お腹減ったんだけど」
「か、可憐ちゃん!」
赤石は可憐の顔を見て、驚きの表情を浮かべる。
「誰こいつ?」
「赤石だよ。サッカー部の赤石! 覚えているだろ?」
「あー、そういやそんな奴いたわね」
「可憐、お前イケメンにも興味ないのか?」
可憐が厳しいのは俺に対してだけだと思っていたが、赤石への態度を見ていると、そういう訳ではないらしい。
「この程度の男、いくらでもいる顔じゃない。世界で最も美しい可憐様と比べれば、ゴキブリと変わらないわ」
「本当ブレないね、お前」
可憐のこういう点は本当に凄いと思う。真似しようとは思わんがな。
「可憐ちゃん、どうしてこいつといるの? 駄目だよ、こんなキモオタと一緒にいたら。君まで臭くなっちゃうよ」
赤石の野郎、俺の事、犯罪者扱いだよ。これは強炭酸コーラ追加だな。
「ねぇ、俺と一緒にこのキモオタを殺そうよ。そして二人で逃げよう」
「いやよ。だってあなた無能じゃない。まだキモオタの方が使えるわ」
「え?」
「それにね、私、キモオタの奴隷なの。だから逃げるのは無理ね」
可憐の心無い言葉にショックを受けたのか、赤石は黙り込むしかなかった。
「話を戻すぞ。ロイホ村に戦争を仕掛けた理由はなんだ?」
「それは……」
「それは?」
「可憐ちゃんか、そっちの金髪ちゃん。どちらかを俺にくれるなら教えてやる」
「はぁ?」
何言ってんだ、こいつ。立場を分かっているのか。
「赤石、お前には嫁がいるだろ」
命がけで庇ってくれる女性がいるのだから、奴隷なんて必要ないだろうに。
「ならローズと、お前の奴隷、交換しようぜ。それなら良いだろ」
「赤石君、何を言って……」
「ブスは黙ってろ! 俺はキモオタと交渉してるんだよ!」
「そ、そんなぁ」
ローズは泣きそうな表情を浮かべながら、赤石を見つめている。それにしても赤石の奴、爽やかイケメンかと思いきや、本性はかなりのクズだな。むしろこれくらいクズな方がモテるのかもしれないがな。
「で、どうするんだ? キモオタの奴隷を俺に寄越すのか?」
「それは……」
俺は少しだけ思い悩む。正直、可憐とローズを交換できるなら交換したい。だってそうだろ。働かないし態度がでかい上にわがままな奴隷を持ちたい主人なんているはずがないのだから。
だが俺のそんな逡巡は思いがけない結果を生んだ。突然アルトリアが俺に抱き着き、縋るような視線を向けてきた。
「……ください」
「え?」
「捨てないでください。捨てないでください。捨てないでください!」
「え? え? えっ?」
頭がパニックになり、事態に付いていけない。
「何でもしますっ! 何でもしますからっ! お料理も、剣の腕も、もっともっと磨きますから! 旦那様の傍にいられるだけでいいんです。捨てないでください!」
アルトリアは泣いて俺に迫ってくる。どういう発想からこの結果が生まれたのかは分からないが、取りあえず彼女がパニックに陥っていることだけは分かった。
「キモオタ、奴隷になんて教育してんだよ。正直引くわー」
「おーい、誰かー、赤石の首を撥ねろ」
「ちょっと待て。冗談だ、冗談。いいさ。俺の知っていることは全部話してやるよ。その代わり俺の命は保証しろよ」
「良いだろう。さっさと話せ」
「仕方ねぇな」
赤石は思い出すように、顎に手を当てて口を開いた。
「ロイホ村を襲ったのは、領土を奪い取るという目的以外にもう一つ理由があった。それはな、デンマーク王の命令だ」
「デンマーク王だと……」
この時代のデンマークの支配構造は、それぞれの村のヴァイキングを治める首領がおり、その首領を束ねる王がいる。云ってしまえば、いくつかの藩と藩主があり、それらの藩をまとめる幕府が存在する江戸時代の日本に近い支配構造だった。
つまりデンマーク王とは江戸時代の日本における将軍に相当する役職で、ヴァイキングたちの真の王とも云えた。
「なぜデンマーク王がロイホ村を狙うんだよ?」
「違う、違う。ロイホ村じゃない。あいつが殺したいのは、キモオタ。お前個人だよ」
「はぁ?」
「デンマーク王は蛇島だよ」
「うげぇ」
蛇島とは俺のクラスメイトで、学年次席の男だった。学年主席の俺にいつも学力試験の結果で敗北するため、俺のことを恨んでいると聞いたことがある。
「さらにだ。キモオタ、お前はデンマーク王以外からも恨まれているぞ」
「はぁ?」
「イングランドのマーシア王国って知っているか?」
「名前は聞いたことがあるな」
「そこの龍を呼び出す魔女が、キモオタのことを恨んでいるらしいぜ」
「魔女ってことは女子だろ。俺はこう見えても紳士的な男だ。女性に恨まれる覚えは――」
「山田さんだ」
「あっ……」
「キモオタ、お前山田さんを抱き着いて殺したんだろ。そのことをずっと恨んでいるらしくてな。キモオタの首と引き換えに金貨百万枚くれるそうだぞ」
「まじかよ」
俺の首一つで五十億円かよ。そりゃ殺しに来るのも納得だ。
「どうだ、キモオタ。二大国の権力者から恨まれる気分は?」
「最悪だ。だが腹は決まった」
賞金が掛けられている以上、これからも俺のことを殺しにくる奴らは大勢現れるだろう。それらの下手人を襲われるたびに撃退するのでは、いずれ殺されてしまう。
「まずは阿呆から刃物を取り上げないとな。そして俺がその刃物を使う」
「どういうことだ?」
「蛇島を倒し、俺がデンマークの王になる。その後イングランドも征服し、すべての国を治める王になってやるのさ」
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