第2話 植え込みに美少女

 僕は神代かみしろアヤト。


 六畳一間に一人暮らしを始めると同時に高校に通って早三カ月。

 今日は安息日の日曜だ。

 あれは入学を機に日課にした早朝ジョギングをしていた時の事。

 いつも通る公園の植え込みに、人らしきものが一つ埋もれていた。

 まるで低木が布団とでも言うような絶妙な埋もれ方だった。


「マネキン……? じゃ、ない……ま、まさか……?」


 あわや変死体かと一瞬ヒヤリとしたけれど、よく見ればちゃんと呼吸はしていた。


「じ、事件の第一発見者にならなくて良かった」


 安堵して見下ろす僕の目に映るのは、腰くらいまではありそうな長い髪の毛にたくさんの葉っぱをくっ付けた人間だ。

 黒髪黒目の僕と違って色素が薄く光の当たり具合じゃ金にも見える薄い色の髪は、どこか透明感があった。

 昨日の朝はいなかったから、ここ一日の間にやって来たんだろう。


「寝てるのかな。まだ夏だからいいけど、今が冬だったらアウトだよなあ~……え、急な発作とかじゃないよね?」


 それで倒れて意識不明となれば大事だ。即救急車だ。

 スウェットのポケット奥のケータイを確認し、しっかり様子を見ようと近付くと、相手は接近者の気配を察知したのかふっと両目を開いた。


「――!?」


 波紋一つない湖面のような滑らかな綺麗な瞳に、一瞬たじろぐ。

 色は薄茶と言うか琥珀色。

 今まで出会った誰も、ここまで澄んだ目をしていなかった。

 純粋が人型を取ってそのまま成長したような、そんな印象を受けた。

 性別はおそらく女性。

 髪も長いし、薄桃色の長袖ワンピース姿だし、唯一の判断要素の胸だって…………ううーむ。たぶん女子!!

 見た目だけで判断するなら、中学生か高校生だと思う。

 ただ見つめ合っててもどうしようもないので、僕はとりあえず声を掛けてみた。


「大丈夫?」

「……」

「具合悪い、とかじゃないんだよね?」

「……」

「ええと、言葉わかる? 日本人?」

「……」


 この色素の薄さと顔立ち、西洋の血が入っていると言われればそうかもしれない。

 彼女は不思議そうな表情で終始無言のままじいいいい~っと僕を見つめてくる。

 ふと何かを考えるように眉まで寄せ始めた。

 え、何だろ、刺激しないよう控えめに接したつもりだったけど、気に障った?


「えーと、道に迷ったとかなら、最寄りの駅まで案内できるけど……?」


 無言。


「ああ、誰かと待ち合わせだった?」


 無言。


「もしかして単に寝てただけとか?」


 無言。


 そこで相手のお腹の虫が鳴いた。

 きゅううううるるるる、と。


「…………」

「…………」


 空腹なんだこの子。

 その状態を放っておけず、上着のポケットからカロリーメイトの小袋を一つ取り出すと差し出した。

 休日はいつもより長く走るので途中かじろうと携帯していたのだ。


「これ食べる?」

「!」


 途端、植え込みの中の少女は、跳ねるカマドーマよろしくこちらに飛び付いてくる。


「ひいいっ!?」


 びっくりして身を僅かに引いた僕にしがみ付き、並ぶと頭一つ分身長の高い僕の顔を仰いで、


「神……っ!!」


 とか叫んだ。






 いきなり神呼ばわりされちゃったけど、きっと空腹時の錯乱だよねー。ハハハ。


「そ、そんなにお腹減ってたんだ」


 カロリーメイトを両手に一心不乱にパク付く少女。

 いや美少女。

 何かガッツク野犬みたいだなあ……。


「まあでもそれだけ動けて元気そうなら大丈夫だね。じゃあ僕はこれで」


 というか、下手に関わらない方が身のためな気がする。直感ってやつだ。

 遭遇した熊から逃げるように相手を向いたままゆっくりと後退する。

 そのまま道の角まで下がった所で一気に反転してダッシュした。

 今日はもうこのまま真っ直ぐ帰ろう。


 それが良い、と自分で結論を出した所で、しかしそうは問屋が卸さなかった。腰にタックルを食らったよ。


「でええっ!?」


 勢いのまま前につんのめってずざざーっと道を滑る。で、停止。

 まんまギャグ漫画だ。


「な、何!?」


 本気で止まるかと思った心臓をバクバクさせながら身を捩って見れば、先程の少女が何かの妖怪よろしく僕の腰にくっ付いていて動けない。食べ物をあげるとラグビー展開な都市伝説ってあったっけ!?


「え!? は!?」


 足速いなと思う反面抱き付かれた理由がわからず困惑しかない。あと少しの慄きと。

 美少女に抱きつかれてラッキーなんて思わない。

 多少摩擦でヒリヒリするけれど大きな怪我もなく済んだのでホッとしつつ、身を起こした。

 逃げる素振りはないと悟ってか、少女も大人しく腕をほどいてくれたしね。


「うーん、悪いけど食べ物はもうないよ」


 ポケットを裏返し両手を広げてみせた。飼えないのに野良犬とか野良猫をうっかり餌付けしてしまった気分だ。

 少女はふるふると左右に首を振った。

 よく見れば彼女の唇は水分を摂ってないのかカサ付いていた。


「…………かくまって、下さい」


 小さな唇から小鳥の囀りのような心地いい声が聞こえた。

 少し掠れてはいても損なわれない耳触りの良さだった。


「え……?」

「お願いします。しばらく匿って下さい! お願いします……!!」


 一旦言葉を発したからだろうか。

 堰を切ったように必死な声音で、彼女は僕に何度もそう訴えた。

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