EMERGENCY
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第1話 アミューズメント
津田秀樹。[私立未来学園]の中学部に通う2年B組の生徒で、2月22日生まれだ。
彼は3階建ての一軒家に住んでいる。ちなみにその家があるのは大村2丁目だ。
その日は10月15日土曜日。彼にとって特別な日である。別に誕生日という訳ではない。彼の住む街に、日本中に店を出す巨大アミューズメント施設「Circle King」がオープンする日なのだ。そして、彼の家からは通りを挟んですぐそこという絶好の立地であった。
「Circle King」は、全国に185店舗を出店している施設で、全ての都道府県に出店している。施設としては、ボウリング場からアミューズメント(ゲームセンター)、カラオケ、ビリヤード等で、店舗によっては存在しない物もある。そして、今回オープンする店舗で186店舗目で、海外への出店も計画されている。
オープンは午前10時で、9時45分になった頃、彼は家を飛び出して開店を待つ行列に並んだ。
彼はクレーンゲームが大得意で、1年前にはクレーンゲーム検定で3級を受験し、見事に合格した。彼にとって、それは自動販売機のようなものらしい。
オープンまでの時間を使い、クレーンゲームの予習をギリギリまでしていたら、遂に10時を迎え、テープが切られ、くす玉が開く等して、「Circle King」186号店がオープンした。
人々に押されながら中に入ると、そこには大量のクレーンゲームがあった。他の客がボウリング等の受付に並ぶ中、彼はクレーンゲーム内の景品を一通り確かめた。すると、彼の大好物であるお菓子が、反動台として設定されていた。
反動台とは、箱型の景品が三点で支えられており、支えの無い側の落とし口に、落とし口側のアームで景品を持ち上げて落下した時の反動で景品を落として獲得するタイプの設定である。
しかし彼は、大抵普通にプレイするようなことはない。そのほとんどが、いわゆる「裏技」である。
早速両替に走った彼は、1000円札を100円玉10枚にした。そしてその筐体に戻り、クレーンを操作した。
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」
彼の雄叫びは人々のざわめきや筐体の音に掻き消された。そして、見事1発で景品を獲得した。軽く店員に祝福されたので、ついでに再設定を頼んだ。
彼は、この日の為に10000円を持って来ていたのだが、そのうち5000円を使い、お菓子を29個、フィギュアを18個獲得し、正に「乱獲」となった。
11時を回り、彼はボウリングの列に並ぶ為に歩き始めた。 その時だった。
他の客の物も含め、ケータイが一斉に鳴り出した。慌てて荷物を置き、ケータイを見た彼の目にとまったのは、「緊急地震速報」の文字だった。そして数秒後、震度5以上はあるであろう激しい揺れが彼等を襲った。この時、津田は店の奥にいて、ボウリングの列に並ぶ為に歩き始めたばかりだった。筐体が倒れてくることを恐れた彼は、
景品を抱きかかえて出口に全力疾走をした。しかし、彼は転倒し、上を向いたところで筐体が一斉に襲いかかってきた。彼は咄嗟の判断で獲った景品を盾にし、何とか怪我を免れた。しかし、筐体と床の間に挟まれた彼は、そこから脱出するのは困難であった。とはいえ、景品のおかげで動く隙間を確保していた。津田は力を振り絞り、上の部分を押して何とか持ち上げた。すぐに、倒れた筐体の上を歩いて店から脱出しようとした津田だったが、ここで思いもよらない事態が発生した。踏もうとした筐体の下に人が挟まっていたのだ。さすがに横から筐体を起こすのは無理なので、倒れていない筐体によじ登り、彼は棒のようなものを探し始めた。すると、壁に備え付けられた救助用具として、斧があった。
「これだ........それにしてもよくこんな物が....」
津田の顔には少し汗が滲んでいたが、今それを気にしている場合ではない。
斧を抱えた彼は、急いで筐体を起こした場所に戻り、下敷きになった女性客に言った。
「今助けます!!大丈夫ですか!?」
客からの答えは「はい」だったので、津田はまず、筐体に繋がっている電気ケーブルを全て切断し、断面を遠ざけた。それから彼は、一心不乱に筐体に向かって斧を振り下ろし続け、15分程で彼女を救出した。彼女は、20代程度の客で、その腕や脚には筐体の破片がいくつか刺さっていて、出血していた。ヘタに引き抜くと出欠が酷くなりそうなのでそのままにしておいた。彼女の話によると、それらは挟まれた時からあった傷であり、決して斧によって生じた破片によるものではないそうだ。
幸いにも筐体が倒れたのは津田たちが下敷きになった一帯だけで、他に挟まれた客はいなかった。彼が斧を探しに行く時に筐体によじ登ったのは、前後共筐体が倒れていたことにより、後ろにも下敷きの客がいるのではないかと心配したからだ。
そして、津田は彼女を肩で支え、店の外に出た。外にはガラスや建材の破片が散乱していた。そして、彼の母である直美がいた。
「秀樹、大丈夫なの?」
もちろん自分は大丈夫だったが、今自分が支えている女性は今にも処置を施さなければならなかった。
その後、彼女は救急車で病院に搬送された。圧迫されていた時間が短かったので、クラッシュ症候群等の心配は幸いないそうだ。
家が近かった津田は、自分が獲った景品のことも忘れて母親と共に家に帰った。もし盾にする景品がなければ彼はどうなっていただろう。
家に帰った彼は、とりあえずテレビを見た。女性が無事だったという知らせはこの少し後に届いた。
どうやら震源は伊豆半島の山間部の方で、最大震度7、深さは370km、東京は震度6強で津波はなかったという、等と冷静にテレビを見ていたら、再び緊急地震速報が鳴った。午後5時丁度だった。津田(ここからは秀樹)たちは、咄嗟にテーブルの下に隠れた。食器戸棚の音がガタガタと鳴り響くが、全ての家具を固定していたため、何も散乱せずに済んだ。
又しても震度6強で、店内にいた時と変わらなかった。すると、
「そういえば、ガラスとか外壁がぶっ壊れてたりはしてたけど、倒壊とかそういうの全然聞かねーな。やっぱ日本の建物すげーや。」
秀樹が言った。確かにこれだけの地震が続いても建物に甚大な被害が出ないのは、日本が地震大国であってこそなのかもしれない。
「いただきまーす」
津田一家はほぼ必ず午後7時35分に夕食を食べ始める。今日のメニューは豚肉の生姜焼きだ。どんな災害が起きても、この家さえあれば平穏に暮らせるということだ。20分程で食事を終えた秀樹は、自分の部屋に籠りながら香港映画を見るのが日課だ。壁には本棚いっぱいの本や、プラモデルが飾られている。彼は30枚以上のDVDを持っているのだが、それを再生するプレイヤーはいわくつきだ。それが秀樹の手に渡ったのは数か月前なのだが、それはあるゲームセンターのクレーンゲームで獲ったものである。しかし、それは景品として置かれていた物ではなく、あくまでディスプレイだったものだ。彼は、それが獲れる位置にあったから獲っただけであり、店側の責任なので決して窃盗というわけではない。そして、いつも通り映画を見ていた所に地震がまた襲ってきた。プラモデルは固定されていたので特に問題はなく、本棚も固定してあったが、200冊もの本が一斉に床に散らばったので、片付け作業は骨が折れそうだ。
午後10時、彼は風呂に入った。この家の風呂はTOT●製で、非常に広い。そして、普通に水を使えるのは、地域の防災対策がしっかりしているからでもある。この地域一帯で震度6強にも関わらず、建物が一つも倒壊しなかったことがその証拠だ。
「おやすみー」
秀樹(ここからは津田)が寝たのは11時過ぎで、自分の部屋にベッドを持っている。このベッドもなかなかの高性能で、直美がわざわざ40000円で買ってくれた優れものだ。
翌日、彼は朝8時に起きた。彼の目覚まし時計の音は、ある香港映画の主題歌である。
朝食を食べた後、彼は昨日獲った景品のことを思い出し、駆け足で「Circle King」に向かった。するとそこは、まるで何事もなかったかのように完全に復旧していたのだ。家に帰ってからの間に何があったのか、逆に恐怖を覚えるほどのことである。
大勢の客と共に店内に入ると、受付のコーナーに忘れ物がいくつか届いており、その中に自分の景品があったので、持って行った。しかし、もう店が営業していた為、
彼はボウリングをしていくことにした。
どうやら中学生は1ゲーム500円らしいので、とりあえず3ゲーム分やっていくことになった。彼は、ボウリングエリアのある3階に案内してもらうこととなった。
「只今よりご案内致します。」
案内をしにきたのは女性店員で、名札には「松岡」の文字があった。そのまま階段を上っていき、彼が案内されたのは14番レーンだった。
場内の雰囲気としては、白と薄い青を基調としていて、一言で言うと、かなり近未来的な雰囲気で、照明のデザインも凝っており、青かった。レーンは白く、20本あり、上もボウリングエリアらしい。ボールも白く、艶があり、重さを表す数字は重さによって様々な色がある。ボールには、右利き用と左利き用があり、津田は左利きだったので左利きのボールを選んだ。彼のボールは9ポンドで、文字はやや濃い黄色だ。そして26.5cmの靴を持って行った。
レーンの奥を見てみると、どうやらピンセッター(ピンを並べる機械)は、かの有名なAMF製のようだ。
彼の投球スタイルは両手投げである。彼は投球の前に素振りをした。
そして、見事な投球により、彼は3ゲーム全てにおいてパーフェクト300を達成した。この店には、1ゲームがパーフェクトだった時にそのゲーム分の料金を倍にしてキャッシュバックするサービスがあり、全店舗共通である。事実上、津田は3000円を貰う結果となり、彼がこの店舗初のパーフェクトとなった。
時間を余らせた彼は、上のボウリングエリアに行くことにした。そこは下とは全く雰囲気が異なり、黒を基調としていて黄色い照明が薄暗く光っていた。その光景に目を奪われていると、またもやケータイが鳴り出し、彼は我に返った。すると、
「やっべえ、また地震だ、デケえし!」
辺りがよく見えなかったのでかなり怖かったが、すぐに場内が明るくなり、チャイムが鳴った後、アナウンスが流れた。
「「本日は、ご来店頂き、誠にありがとうございます。お客様にご案内申し上げます。只今、大きな地震が発生致しました。尚、この建物は、震度7まで耐えられるように設計されています。ご安心下さい。」」
声のトーンから察するに、自動放送だった。そういえば、最初の地震の時もこのような放送があった気がする、と津田(ここからは秀樹)は思った。
「やっべやべっ!!また(クレーンが)倒れてっかもしんね!」
彼は慌てて1階に向かった。幸い被害は無かった。
持っている景品が嵩張るので1度彼はそれを家に持って帰ることにした。
「重い...........」
当たり前だ。何しろ彼の持っている景品は全部で47個なのだから。
「ただいまー」
家に帰ると直美が迎えてくれた。秀樹(ここからは津田)はもうクレーンゲームをやり飽きているらしい。しかし、彼はまたそこに行くという。
「俺カラオケで歌ってくる。じゃ」
彼が歌おうとしているのはもちろん香港映画の曲である。
店についた彼は、奥の方にあるエスカレーターでカラオケエリアに向かおうとした。しかし、再び悲劇が起きた。
やけに大きなエンジン音がすると思った津田は、ふと店の入り口に首を向けた。何と、2tトラックと思わしきトラックが時速100kmはあろう速度で突っ込んできたのである。この時彼はまだ店に入って10m程の所にいた。
数台のクレーンゲームが抵抗になってくれたのでトラックの速度は少し落ちたようだが、津田はそれを咄嗟に避けられずに跳ね飛ばされてしまった。宙を舞った彼は、筐体のガラスに頭から突っ込み、クレーンの本体も折りながら逆さになった姿勢で閉じ込められ、そこにトラックが衝突し、筐体が前に倒れた。彼は意識を失った。
「津田!」「津田君!」「津田ア!!」
クラスメイトの声が脳の奥に伝わってくるような気がする。と、津田が意識を取り戻した。クラスメイトは拍手と歓声でいっぱいだ。
ここで、津田が言った。
「あれ、ここはどこで、今何時だ?」
「10月20日、午後3時57分だ。そしてここは都立病院のICU。」
クラスメイトの1人である、林 誠司がそう答えた。彼はメガネをかけているどこにでも居そうな奴だ。
自分がどうなっているのか分からない津田は、
「誰か鏡を」
と頼んだが、代わりに林がケータイで写真を撮ってくれた。その写真を見た彼は目を疑った。顔中どころか体全体に包帯が巻かれていたのだ。
「うっわ、ミイラかよ」
彼の例えは皆が頷けるものだった。
結局、11月末までの入院らしく、この日来たのはクラスメイトだけで、林以外では、男子では小野 隼人、勝 洋、須藤 芳樹、中島 潤、松下 衛、村田 翔、村松 寛人、
本橋 龍城の8人、女子では浅田 秋葉、木村 柚木、倉田 悠、坂本 千秋、瀬戸 貴子、西川 早苗、吉川 望の7人で、他の生徒は都合が合わないらしい。
「林、俺はどんな怪我をしたんだ?」
そんな津田に対し、林は、
「両手両足、頭蓋骨、脊椎、頚椎、肋骨、骨盤とか、とにかく骨折が酷い。」
そこに、本橋が不安をこぼす。
「頭蓋骨.......本当に大丈夫か?」
当然、それはまだ分からない。ただ、本人は大丈夫そうだ。
11月29日火曜日、津田は無事退院した。長い間学校に行っていなかった彼だが、入院中に授業の予習をする等、準備は万全だった。彼が特に力を入れていたのは英語で、学校でやっているであろう文法や単語は教科書を使って覚え、発音も初心にかえり、もう一度一からやり直した。それだけではない。実は彼は、小学生の時まで香港に暮らしており、広東語の他に英語も使われていたため、毎日のように英語を勉強していた、ということもあったのだ。
11月30日水曜日、彼は学校に復帰した。
彼の学校は「未来学園」というだけあってとても近未来的な学校と言えるが、その名前が「近未来学園」であるとしたら違和感しかない。
教室に入ると、クラスメイトが温かく迎えてくれた。
「戻ってきたか!」「あ、おかえり!」「津田、お疲れ」
8時25分、朝読書。津田はオムニバスの本を読んでいる。と、又もあの地震の余震と思わしき揺れが襲いかかる。それは担任が入ってきた直後であった。
「皆、(机の下に)隠れろ!!!」
強い揺れだったが、日頃の訓練をしっかり行っていた為皆冷静だった。程なくして揺れが治まり、放送が入った。
「「只今、大きな地震がありました。担当の先生は建物の安全を確認してください。問題がないと判断された場合は、そのまま授業を続けてください。」」
担任教師の名前は野村 英人で、28歳、担当は英語。津田とはよく話をしており、共通の話題が多い等、彼と馬が合う。
「起立!」
クラスメイトの中村 成龍が言った。それに合わせて津たちは起立した。
「おはようございます。」
野村がいつもの出席確認を始める。
「浅田 秋葉」「はい」 「有村 鐵男」「はい」 「小野 隼人」「はい」...............
.........................数分で確認は終わった。
いつものように野村が生徒たちに情報を知らせる。内容は「手洗いの励行」だ。
「皆分かっているだろうが、もうノロウイルスやらインフルエンザやらが流行り出す季節だ。過去にかかったことがないからと言って油断している奴ほどかかる。かかってないならそれを維持することが何より大事だ。あと、うがいも忘れるな。」
「はーい」
やる気のない声がクラスに響く。野村は「大丈夫か」と小声で疑問を投げかけた。
12月には5泊6日の語学学習旅行が待っている。この学校は中国語と広東語を授業として取り入れており、学校の方針としては、「将来は中国語や広東語を使う機会が増えるだろうから」だそう。という訳で、行先は香港と台湾である。香港に行けるとだけあって、津田はこれを特に楽しみにしていた。しかし、まさかそこでも事故が彼らを襲うことになろうとは..................。
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