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『どうして、こんなことに……』
イザベラは、クリスティーナ・メリエールのパーティの後ろを歩きながら後悔していた。正確には、彼女の後ろにはユーイチ・イトウとカチューシャ・ボンネルがイチャイチャしながらついてきている。
実際には、カチューシャがユーイチの腕にしがみついているだけなのだが、イザベラには状況もわきまえずに二人がイチャついているように感じた。
イザベラがユーイチの持つ魔法建築物の中に入らず、『組合』まで歩いて移動しているのは、組合長とユーイチがフェーベル家に不利益をもたらす企みをしないか警戒したためだ。
アリシアの妹のクレアから聞かされた話でイザベラの不安が増幅されたのだ。
こうやって、毛布を羽織って『組合』まで移動するのは、地下迷宮でオークに囚われていたのをユーイチたちに救われたときに続いて二度目だ。
あのときは、周囲に同じ境遇の女性たちが何人も居たため、それほど気にならなかったが、今回は、集団の中で裸に毛布を羽織っただけの者はイザベラ一人なので、周囲の目が気になった。
――今は、まだいい……。
『組合』の職員と
また、前回と違うのは、ブーツを履いているという点だ。
イザベラは、毛布に続いて、恩着せがましくユーイチに押し付けられたと感じている装備だった。ドラゴンスキンを素材に使った、豪奢な装備だ。
『こんなもので、
イザベラが毛布の前をしっかりと閉じ直しながらそう考える。
実際、こんな高価な装備を渡すくらいなら、ローブのようなでも貰ったほうが今の状態のイザベラには嬉しかっただろう。
『そんなに
イザベラは、『ロッジ』に入るよう勧められたことを無意識に忘却してそう考えた――。
―――――――――――――――――――――――――――――
僕たちは、コンラッドのアジトから通りへ出た――。
ここに来るまでにも『組合』関係者と思しき冒険者風の者たちが建物の調査をしていた。
「組合長」
通りに居た軽装戦士風の男がソフィアに声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「西門に居た者たちは、街の外へ逃げたようです。如何なさいますか?」
「ユーイチ様、どういたしますか?」
ソフィアが僕を名指した。
「えっ? 僕?」
何故、僕に聞くのか分からずにそんな返事を返してしまう。
「ユーイチ様のご指示どおりにいたしますわ」
「捕まえてって言ったら、捕まえることができるの?」
「それは、ユーイチ様に協力していただかないと難しいですわね……」
僕に協力というのは、使い魔たちを動員して追跡するということだろうか。
それは、かなり面倒臭そうだ。それに逃がしたことによるデメリットもあるだろうが、メリットもあるかもしれない。
例えば、逃げた者たちが他の街の『組織』に情報を流すことで、『組織』の活動が大人しくなるなどだ。
「だったら、アルベルトさんの記憶から、『組織』の人たちの写真を作って指名手配したらどうかな?」
「指名手配……? でございますか?」
どうやら、指名手配では分からないようだ。
「お尋ね者として公開するってことだよ」
「流石ですわっ!」
ソフィアが大げさに賛辞の言葉を送ってくる。
「ユーイチ、写真はどうやって作るの?」
クリスティーナがそう訊いた。
「アルベルトさんに【工房】の【魔術刻印】を刻んで記憶から写真を作成してもらえばいいと思うよ」
「へぇ、そんなことができるのね」
「前にクリスの家の店に行ったとき貰ったカタログなんかも【工房】で造ったものだよね?」
「そういえば、そうね。まったく思いつかなかったわ」
クリスティーナは、【工房】の【魔術刻印】を持っていないため、イメージが湧かなかったようだ。
「そりゃ便利だな。オレも刻んでみようかな?」
カーラがそう言った。
「何に使いますの?」
「レティの裸を写真にしてユーイチに売るってのはどうだ?」
「カーラ! そんなことをしたら許しませんわよ!」
「何言ってんだ? ユーイチには、全部見られちまってるだろ?」
「そっ、それはっ!?」
「ふふっ、ユーイチ様。
「もう、からかわないでよ……」
「ユーイチ様が望まれるのでしたら、構いませんわよ?
「主殿! 妾も構いませぬぞっ!?」
カチューシャがソフィアに対抗してそう言った。
「カチューシャさん、ソフィアに対抗しないでください」
「うむ。妾は、主殿の使い魔じゃ。このおなごは、主殿の使い魔ではないからのぅ」
「ああん、羨ましいですわぁ。カチューシャ様ぁ」
「フンッ! その気も無い癖に言いよるわ!」
「そのようなことはございません! そのときが来ましたら、必ずユーイチ様の使い魔になりますわ!」
珍しくソフィアが声を荒げてそう言った。
「どうじゃか……」
カチューシャが気勢を失い、小さな声でそう呟いた。ソフィアの勢いに気圧されたようだ。
僕たちの一行は、無人の家屋が並ぶ通りを『ローマの街』の『組合』へ向かって歩いている。
この辺りは、貧民街という話だったが、『ウラジオストクの街』の貧民街に比べるとずっとまともそうな建物が並んでいる。『ウラジオストクの街』の貧民街は、ここのように石畳の道ではなく土を踏み固めたような感じだったし、建物と呼ぶにはお粗末なバラックで雨露を凌げればいいという最低限の家屋が並んでいた。
対して、『ローマの街』の貧民街は、道が狭く建物が密集しているものの、スラムのような印象ではない。テレビやインターネットで見たヨーロッパの下町のような印象だ。
ただ、建物は廃墟のようで、まったく
「ねぇ? ソフィア?」
「何でございますか? ユーイチ様?」
僕は、聞きたいと思っていたことをソフィアに尋ねることにした。
「この辺りには、どうして人が住んでいないの?」
【ワイド・レーダー】を起動しても人間らしい反応がない。
緑色の光点はいくつか表示されるが、犬や猫のような動物だと思う。
これだけ
「それは、モンスターと『組織』のせいですわ」
「どういうこと?」
「100年以上昔は、この辺りには庶民が暮らしておりました。あるとき、地下迷宮からモンスターの大群が街に溢れ出すという事件が起きたのです。そのときにこの辺りの住人は、避難いたしました。モンスターたちは、討伐されましたが、この辺りは、ならず者たちの根城になってしまったのです。治安が悪化し、貧しい者や犯罪者が住む貧民街となったのです。そこで頭角を現したのがコンラッドなのですわ」
「貧民街の人たちはどうしたの?」
ここには人が住んで居ない。貧民街ですらないゴーストタウンと化しているのだ。
それには、何か理由があるはずだ。
「女は攫われ、奴隷として売られました。一部の男は、『組織』のメンバーとなり、それ以外の者たちは、ここから逃げてまいりました。『組合』がその者たちを保護したのです」
「でも、『組織』のメンバーになったら、【大刻印】を刻んで貰えるんだよね?」
商家の出身ではない者たちにとって、それは凄く魅力的な選択肢だろう。
「確かにそうですわ。しかし、娘や妻、恋人を攫われた者たちは『組織』のメンバーになることはありませんでした」
「オレも刻印目当てに『組織』に入ったんだぜ。オレのような町人にとって、刻印を得られる数少ないチャンスだからな」
アルベルトがそう言った。
「犯罪組織に加わってまで刻印を求めますの?」
レティシアがそう指摘した。
僕も彼女と同意見だ。
「商家のお嬢様には、オレたち貧乏人の気持ちは分からねぇよ……」
アルベルトが拗ねたようにそう言った。
「でも、結局は排除される運命だったわね」
クリスティーナが辛辣な意見を言った。
「お主は、運が良かったのぅ?」
西の城門に居た者たちは『ローマの街』の外へ逃げたらしいが、それ以外の者たちは、アルベルトを除いて死亡したのだ。それに逃げた者たちも行く宛てがあるのか怪しいものだ。
「確かにな……」
アルベルトがそう呟いた。
僕たちは、沈んだ雰囲気のまま『組合』へ向かった――。
◇ ◇ ◇
『組合』前の広場に到着した。
「ささっ、ユーイチ様。こちらへどうぞ……」
ソフィアがそう言って『組合』前の広場を抜け、側面にある入り口へ向かう。
『エドの街』の『組合』と同じように職員専用の入り口なのだろう。
「皆さん、ここから入ってくださいな」
ソフィアは、そう言って扉を開け『組合』の建物の中へ入って行く。
僕たちもその後に続いた。
『組合』の一階は、普通の建物に比べて二階分くらいの高さがあるので、廊下も天井が高く広々としている。元の世界で例えるなら、銀行のロビーのような感じだ。
建物自体の面積が『エドの街』の『組合』より倍近く大きいためか、廊下はトロールでも余裕で通れそうなくらいの幅があった。
僕は、最後尾を【フライ】で飛行してパーティメンバーたちの頭上から『ローマの街』の『組合』の廊下を見ていた。
廊下には、黒っぽいレディーススーツのような服を着た女性職員がこちらに向かって歩いて来ている。
「ソフィア様、お帰りなさいませ」
廊下を歩いてきた職員と思しき女性がソフィアに挨拶した。
見た感じ刻印を刻んだ女性だ。美人だが気が強そうな印象を受ける。
髪型は、金髪のセミロングで胸はかなり大きそうだがグレースやカーラほどではないだろう。クリスティーナやレティシアのようにガッシリとした体格ではないため、余計に大きく感じるのかもしれない。
身長は、僕と同じくらいなので、170センチメートル前後だろう。
「あら? ドロテア。下に居るのは珍しいですわね」
「……叔母様……?」
「イザベラ?
どうやら、ドロテアという『組合』の職員は、イザベラの叔母だったようだ。
「貴女の姪御さんは、またご主人様に救出されたのですわ」
「救出されてなどいませんわっ!」
イザベラが声を荒げてそう言った。
「あらあら、『組織』に捕まったのではないのでしたら、どうしてあの場に居たのか詳しく事情を聞かせていただく必要がありますわね」
「――――っ!?」
イザベラが絶句する。
おそらく、自分が失言してしまったことに気付いたのだろう。
「ご主人様、お手数ですが、上の階にある会議室まで付き合ってくださいな」
「勿論です。僕たちは、『ローマの街』の『組織』を潰した張本人ですからね……」
「『組織』を潰した……? まさか……そんな……」
ドロテアが呆然とした表情でそう呟いた。
「何を驚いていますの? ご主人様のお力なら『コンラッド一味』なんて一捻りですわ」
「ソフィアにもあの程度の集団なら簡単に殲滅できると思うんだけど……ダークエルフも大した数は居ないみたいだったし……」
ダークエルフは、僕たちを待ち伏せしていた4人しか居なかった。
ソフィアが恐れるくらいなので、百人くらい配備されているのかと思ったが、数人程度ならソフィアにとっては脅威にもならないだろう。
「主殿! 妾にも余裕じゃぞ?」
カチューシャがそう言った。どうやら、またソフィアに対抗しているようだ。
「勿論、カチューシャさんにも可能でしょう」
「うむ。妾は、主殿の奴隷じゃからな」
「奴隷じゃなくて使い魔ね……」
もう、何度目になるのか分からないセリフを呟く。
「主殿は、可愛いのぅ……」
そう言ってカチューシャが僕の頭を撫でた。
「立ち話もなんですから、行きましょう」
僕は、恥ずかしさを誤魔化すためにそう言った――。
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