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僕が扉の向こうに閉じ込められている女性たちについて話し終えるとソフィアは表情を曇らせた。
「ユーイチ様。それは難しいと思われます」
「……どうして……?」
「その部屋を造った職人が名乗り出ることはないでしょう」
「……なんで……?」
「『組織』に協力していたと自白するのと同じですから……」
『組織』の協力者に見られるということは、僕が想像するよりもずっと大きな不利益があるのだろう。
「罪を不問にして賞金を掛けたらどうかな?」
「それですと、お金欲しさに嘘の名乗りを上げる者が現れるかもしれません」
「でも、合鍵を持っていないと本物だと証明できないんじゃ?」
「合鍵が本当に存在するかどうかも分かりませんし……」
「この扉を造った職人は、合鍵を持ってると思う?」
「コンラッドの性格からして、持っていないと思いますわ」
「コンラッドを知ってるの?」
「直接存じているわけではありませんが、コンラッドは『組合』に囚われていたこともありますし、いろいろと噂も聞いておりますから、どのような人物か想像できますわ」
「えっ? コンラッドって捕まっていたことがあるの?」
「はい。コンラッドは、貧民街でならず者たちのリーダーをしていたようです。しかし、刻印体ではない人間の集まりでしたから、『組合』にとっては脅威にもなりませんでした。それが『組織』の前身となったのです」
「どうやって、【大刻印】を……?」
「おそらく、フェーベル家がコンラッドに刻印を授けたのでしょう」
「ダークエルフではなく?」
「はい。『組織』の者たちは、【冒険者の刻印】を刻まれておりますから……」
ダークエルフには、【冒険者の刻印】を刻むことができないようだ。
勿論、生身の女性ダークエルフに【冒険者の刻印】を刻んで、その人が魔力系の魔術が使えた場合には、その限りではないだろうが……。
クリスティーナたち学園関係者が一斉にイザベラを見た。
イザベラが激しく反論すると思ったようだ。
「くっ……」
しかし、イザベラは悔しそうな顔をしてそう唸るだけだった。
つまり、ソフィアが言ったことは事実なのだろう。
「コンラッドがフェーベル家と組んでいたのは間違いありません。あたしは、コンラッドから直接聞きました」
「そうですか……では、フェーベル家には消えてもらいましょう」
クレアの証言にソフィアがそう答えた。
「待って! お待ちになって!? 大した証拠もなく、そのような横暴、許されませんわ!!」
イザベラがソフィアに抗議した。
「心配せずとも詳しく調査いたしますわ」
「公正な調査をしていただけますの?」
「ええ、ユーイチ様は、公正な方です。ユーイチ様が望まれるように計らいますわ」
「何を言っていますの? それでは、ユーイチ・イトウが望めば、我が家がお取り潰しになるということではないですか!?」
「ユーイチ様は、
「ちょっと、ソフィア。僕は、中立の立場だよ。ちゃんと公正に調査してよね」
「畏まりましたわ」
話がだいぶ脇道に逸れたので、僕は修正することにした。
「それよりも、この扉の中に囚われている人を助ける方法は、本当に無いの?」
「……申し訳ございません……
「そんな……」
「ユーイチ様、諦めないでください。ユーイチ様なら、いつか助けることができますわ」
「気休めはいいよ……」
「気休めではございません。ユーイチ様の才能でしたら、いつか助ける方法を考えつかれると
「才能って……僕は、ただフェリアに助けられただけで……」
「主殿は、謙遜が過ぎますぞぇ? 本気で御身が非才だとお思いなのか?」
「でも、僕の才能って、成長が早かったり、モンスターを倒したときに得られるお金が他の人より多いってだけでしょ?」
「それだけでも凄いことですが……更に御身は、妾も含めどれだけ多数の奴隷を所有しておられるか考えてみてくだされ。そんなことができる人間が主殿の他に存在するとでも?」
「そうですわ。ユーイチ様の才能は、初代組合長を超えていますわ」
「使い魔の件もフェリアのおかげだし……」
カーラが話に割り込んだ。
「オレなんかが口を挟めることじゃないけどよ。ユーイチ、お前は女を知ったほうがいいと思うぜ? 早くフェリアさんと結ばれて、ここに居る女たちを抱いてみろよ。そうすりゃ、自信がつくだろうよ」
カーラの口調から、彼女が大真面目にそう考えていることが分かる。
しかし、話の内容は、とても納得できるものではない。
「
イザベラがそう言った。
「嫌なのか?」
「嫌に決まってますわ!?」
「ふーん、じゃあいいよ。お前はユーイチに抱いてもらえない可哀想な女ということで」
「馬鹿馬鹿しい。ユーイチ・イトウに抱かれることが何だと言うのかしら……」
「お前、オスカーやパトリックたちとヤりまくってたんだろ?」
「なっ!? お下品な……
パトリックの話からは、イザベラとただならぬ関係だったように聞こえたが、僕を誘い出すための方便だったのだろうか?
「ま、それはどうでもいいや。でも、オークや『組織』の男たちとはヤッたんだろ? だったら、分かるはずだぜ? 強い男とヤるほうが気持ちいいだろ? ユーイチくらい強い男が相手だったら、どうなるか考えてみろよ? レティなんて、ユーイチの精を飲んだだけで小便漏らしながらイッちまったんだぜ?」
「カーラ! それは、あなたもでしょ!?」
「ま、まぁ、そういうことだ……」
「流石ですわね」
「はぁ……ん……」
「
「待ちきれませんわ」
「ユーイチ様ぁ……」
ソフィアたちがカーラの言葉に反応する。
僕のほうは、なんてことを言い出すんだと、頭を抱えそうになった。
カチューシャがカーラの前に移動した。
「ふむ。たまには、貴様もいいことを言うではないか。主殿、このガサツな
カチューシャは、僕とフェリアが早く結ばれて、自分も抱かれたいようだ。
刻印体は普通の人間とは違い、発情しても【戦闘モード】を起動することで冷静になることができる。
もし、フェリアが【刻印付与】の【魔術刻印】を持っていなかったとしたら、【大刻印】を刻んでもらうことができなかっため、僕はフェリアの誘惑に耐え切れずに彼女を襲ってしまったか、フェリアをオカズにオナニーしまくっていただろう。
その場合、後に『エドの街』の『組合』でユウコに【冒険者の刻印】を刻んでもらっていたかもしれない。フェリアが【冒険者の刻印】を刻むための10万ゴールドを出してくれるという前提の話だが。
ゲームに例えると、別ルートのシナリオを攻略するようなもので、その後どうなったか想像するのは難しい。ひょっとしたら、『エドの街』で誰かとパーティを組んで『ムサシノ牧場』でゴブリン退治に明け暮れていたかもしれない。
つまり、フェリアが【刻印付与】の【魔術刻印】を持っていて、出会った直後に【エルフの刻印】を僕に刻んでくれたため、今のような状況……もとい、今のルートになったとも言えるだろう。
また、カチューシャ自身は、夫と死別した後に関係を持った男性は居なかったようだ。
それなのに何故、僕と結ばれることに固執するのだろう? カチューシャから見れば僕なんて子供みたいなものだろうし、実際、出会った頃は、僕は彼女に子供扱いされていた。先ほどもカチューシャは、僕の頭を子供の様に撫でていたので、カチューシャにとって、僕は子供のようなものなのだと思う。僕より年上の孫が居るくらいなので、それは当然のことかもしれない。
しかし、そんな僕に抱かれたいと思うということは、使い魔になったことで、カチューシャの精神に何らかの変化が起きたのではないだろうか。召還魔法が使い魔に与える影響は、詳しく分かっていないのだ。そのうち、使い魔たちと個別に面談でもして、その辺りの仕組みを検証してみたいと思う。
「……
レティシアがカーラの説に反対した。
「そうね。ユーイチは、性格が控えめなのよ。だから自信満々なユーイチは想像できないし、あまり好ましいとは思えないわ」
クリスティーナもレティシアに同意する。
「こいつみたいな性格になっちゃったら嫌よね」
「こいつってオレのことかよ!?」
アリシアの言葉にアルベルトが叫んだ。
「ユーイチ様。この扉の件は、急ぐ必要はございませんわ」
ソフィアが話の流れを戻してくれた。
「でも、中の人たちがどうなっているか……」
「この中に囚われている女たちは、オークに犯されているわけではありませんわ。それに連続で睡眠を取れば、何百年が過ぎても数日程度にしか感じないでしょう」
確かにソフィアの言うとおりだ。
連続で睡眠を取ることにさえ気づけば、長い年月でも瞬く間に過ごせると思う。
それに刻印体なら、鎖で繋がれていたり、寒かったりしてもあまり苦痛は感じないだろう。
僕は、少し気が楽になった。
『ソフィアが言ったように、いつか僕が助ければいいんだ』
そのためには、この世界の
それに僕一人で考える必要はない。エルフのフェリスたちや、『魔女』たちのようなブレーンに相談するという方法もあるのだ。初代組合長の弟子だったソフィアにも妙案は無いようなので、あまり期待はできないが、アイディアを出してもらう必要はない。それは、僕の役目だ。僕が出すアイディアを実行できるかどうか相談する相手になってもらえばいい。
「それでは、ユーイチ様。街へ戻りましょう」
ソフィアがそう言って入り口の方へ向かって歩き始めようとした。
「待って、ソフィア」
僕は、ソフィアを呼び止めた。
「はい、何でございましょう? ユーイチ様?」
「裸の人たちは、魔法建築物の中に入っていてもらったほうがよくない?」
全裸に毛布を羽織っただけの格好なので、街中を歩くのは問題だろう。
「あらあら、それは気がつきませんでしたわ」
「毛布を羽織ってりゃ、別にいいんじゃね?」
カーラがそう言った。
この世界の女性は、こういったことに無頓着な気がする。
フェリアでさえ、パンモロ状態で空中を疾走していたくらいだ。僕しか見ていなかったとはいえ、無防備すぎる印象だった。
『ロッジ』
僕は、『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』から取り出して廊下の壁際に設置した。
「裸の人は、この扉の中に入っていてください」
そう言って、『ロッジ』の扉を押し開いた。
「ユーイチ、ありがとう。さぁ、クレア……」
「ありがとうございます。ユーイチ様」
アリシアに促されて、クレアが『ロッジ』の中へ入っていく。
「あたしも入ってるわね」
そう言って、アリシアも『ロッジ』の扉の中へ移動した。
「では、ユーイチ様。
セシリアがそう言って中へ入って行った。
僕も含め周囲の視線がイザベラに集中した。
次は、イザベラが『ロッジ』に入る番だと、この場に居る誰もが思ったからだ。
しかし、イザベラは動こうとはしなかった。
「イザベラさんもこの扉の中へ入っていてください」
「
イザベラが『ロッジ』へ入ることを拒んだ。
するとカーラがここぞとばかりに茶々を入れる。
「何でぇ? 裸を見られたら価値が下がるんじゃなかったのかよ? お嬢様?」
「毛布を羽織っておりますから問題ありませんわ!」
しかし、屋外を素足で『組合』まで歩く姿を想像すると痛々しく感じる。
実際には、刻印体ならガラスの破片を踏んでもダメージすら受けないだろうし、大して痛みも感じないだろう。
【工房】
僕は、目を閉じて【工房】のスキルを起動した。
そして、『竜革のブーツ』を作成する。
以前作成した『竜革のブーツ+10』から素材を減らしたものだ。
『トレード』→『イザベラ』
イザベラに『竜革のブーツ』を渡す。
すると、『受け取りを拒否されました』というエラーメッセージが視界のウィンドウに表示された。
僕は、驚いてイザベラを見る。
「あなたの施しは受けませんわ!」
イザベラが怒った顔でそう言った。何が彼女の気に障ったのか分からない。
「貴様! 主殿のお心遣いを無下にしおって!?」
「ユーイチに施しを受けるほど落ちぶれておりませんわ」
「その毛布も主殿に戴いたものであろう?」
「――――っ!?」
「カチューシャさん!?」
流石にそんな揚げ足を取るのは可哀想だと思ってカチューシャを
イザベラが僕の正面に移動してきた。
何の用かと見ていると、イザベラが羽織っている毛布が白い光に包まれて消え去った。
どうやら、毛布を『アイテムストレージ』へ戻したようだ。
僕の前には、全裸のイザベラが立っている。
怒りで頬を紅潮させ、僕を睨んでいた。
「なっ……!?」
「ヒューッ!」
アルベルトが口笛を吹いた。
僕の視界に『トレード』のウィンドウが開く。イザベラがマジックアイテムの毛布を返してきたのだ。
僕は、受け取りを拒否した。
「お願いですから、毛布を使ってください」
「そこまでおっしゃるなら仕方ありませんわね……」
そう言って、イザベラが『アイテムストレージ』から毛布を取り出して羽織った。
『トレード』→『イザベラ』
もう一度、『トレード』でイザベラに『竜革のブーツ』を渡そうとする。
今度は、イザベラが受け取り、『トレード』が成立した。
イザベラの足元を見ると、白い光に包まれて裸足だった彼女の足に黒っぽい色の革のブーツが装備された。
それを確認して、『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へ戻してからソフィアに出発を促す。
「ソフィア、『組合』に向かおう」
「畏まりましたわ。ユーイチ様」
僕たちは、ソフィアを先頭に『組合』へ向かって移動を開始した――。
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