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「あら? あなたは……?」


 僕は、『ローマの街』の『組合』前の広場で背後から声を掛けられた。

 振り向くと金属製の鎧を纏った金髪ショートカットの女性が居た。

 見覚えがある……地下迷宮でオークに囚われていた女性の一人だ。


「ああ、確か地下迷宮で……」

「そうです。本当にありがとうございました」


 女性は深く頭を下げた。


「いえ、お気になさらず……」

「そんな。本当に感謝しています。本来なら対価を差し上げないといけないところなのですが……」


 女性が心苦しそうな表情をした。


「そのお気持ちだけで十分ですよ」

「ふふっ、そうだ! あたしの身体で良ければ好きに使ってください。それとも、オークにけがされた女は嫌ですか?」


 女性が突然、妖しい笑みを浮かべてそう言った。

 その変化に僕は驚く。


「いえ、本当にお気になさらず……」

「あっ、あたしは、クリスタと言います。タフィ家の者です」

「あ、僕はユーイチ・イトウです」

「知ってるわ。それに組合長からも貴方のことは聞いたわよ」


『ロッジ』の中で自己紹介はしていたが、彼女のほうから名乗ったので、反射的に答えてしまったのだ。


「組合長に会われたのですか?」

「ええ。あの後、あたしたちは地下迷宮を警備していた冒険者パーティの女性冒険者たちに護衛されて『組合』に案内されたのよ」

「どうしてですか?」

「事情を聞くためでしょうね」


 毛布を羽織った裸の女性たちが地下迷宮から続々と現れたのだ。

 警備の冒険者たちは、さぞかし驚いたことだろう。


「なるほど……」

「『組合』にある大きな部屋に通されて、組合長とお会いしたの。貴方のことを凄く褒めていらしたわよ」

「……そうでしたか」


 クリスタは、僕よりも少し背が高い。

 しかし、クリスティーナたちよりも少し低いので、170センチメートル前半くらいの身長だろう。

 美人だが近寄りがたい感じではなく、話し易い雰囲気の女性だ。

 スチール製とおぼしき金属鎧を身につけているため、おそらく重装戦士だと思われる。


「じゃあ、わたくしは『組合』で報告してくるわね」

「あ、僕も行くよ」


 クリスティーナとクラウスがそう言って『組合』の入り口へ向かった。


「イトウ君、そのレディを我々にも紹介してくれよ」


 テオドールがそう言った。


「おい、テオ!」


 マルコが慌てた様子でテオドールをいさめる。

 マルコは、あまり関わりたくないようだ。


「何だよ? 別に紹介して貰うくらいいいじゃないか」

「えっと、彼女は地下迷宮で救助した女性の一人です」

「クリスタよ。地下迷宮でオークに囚われていたところをユーイチ様に助けられたの」


 クラウスのパーティメンバーたちは、ギョッとした表情で固まってしまった。

 僕たちの会話から予想していたと思うが、本人から赤裸々に告白されるとは思っていなかったのだろう。


「ユーイチ様、彼らは?」

「学園の同じクラスの冒険者です。パーティは違いますけどね」

「なるほど。ユーイチ様のパーティの方たちとは比較にならないわね」


 どうやら、クリスタも冒険者の強さが判別できるようだ。

 オークに囚われていたということは、地下迷宮を攻略していた冒険者なので、それなりに高レベルなのだろう。


「そっ、それは大変な目に遭われましたね。テオドール・ベルニと申します。良かったらオレに貴女あなたの心の傷をいやす手伝いをさせてください」


 ショックから立ち直ったテオドールが前に進み出て、そう言った。


「ありがとう。でも、君には無理よ」

「くっ……」


 クリスタがテオドールの口説き文句を一蹴する。

 テオドールは、意外にも大人しく引き下がった。


「えっと、クリスタさんは、『組合』に何か用事ですか?」

「いいえ……途方に暮れてるところなの……」

「どうしたのですか?」

「あたしは、50年以上もオークに囚われていたから、家も全く変わってしまっていたわ」


 ――刻印を刻んでいれば、家族も存命なのではないだろうか?


 クリスタが話を続ける。


「あたしの実家は、分家の分家だったから、両親は刻印を刻んでいなかったの。あたしを優先してくれたのよ」

「ご兄弟は?」

「居ないわ。これ以上、分家を増やさないようにと本家から言われていたみたい……」

「パーティメンバーは?」

「……全員、死んでいたわ」

「そうですか……オークに囚われたときには生きておられたのですか?」


 不躾ぶしつけな質問だとは思ったが、好奇心には勝てずに訊いてみた。


「あたしは、パーティリーダーだったの。だから、地下迷宮でオークの群れに囲まれたとき、仲間に逃げるよう指示したわ……でも、ダリオとジャンは逃げず一緒に敵を引きつけてくれたの……パオロは、ジュリアとマリサを連れて包囲を突破したわ。パオロは、魔力系の魔術師だったから、二人を抱えて空中から脱出したのよ」

「その人たちは、今は?」

「3人とも死んでいたわ。パオロは、人を雇ってあたしを助けようとしていたみたい……でも、ジュリアとマリサと一緒に地下迷宮へ入ったきり帰って来なかったそうよ」

「オークに囚われていた人たちの中には居なかったのですか?」

「ええ……ジュリアとマリサは、女だからオークの拠点には近寄らなかったそうよ。本人たちは攻略したがってたみたいだけど、パオロが止めたのね」

「…………」


 僕が何と言っていいのか分からず黙り込むとクリスタは話を続けた。


「あたしたちは、南のコボルト狩りで知り合ったの。みんな貧乏商家の出身で意気投合したのね……大商家出身の冒険者たちを見返してやるって、みんな言ってた……」


 懐かしそうに微笑みながらクリスタがそう言った。


「でも、どうしてオークの拠点に?」

「自分達の力を過信していたのでしょうね……あたしたちは、南のコボルト、北のゴブリン、地下迷宮と順調にステップアップしていったわ。初めて最奥のオーガを倒したときは、最高の気分だった……今思えば、そのときに地下迷宮を制覇したって勘違いしちゃったのかも……?」


 一呼吸置いてから、クリスタが話を続ける。


「オークの拠点は危険だと言われていたけれど、その頃のあたしたちは、入り口付近のオークも狩るようになっていた。そのうち、オークなんて雑魚だと思うようになったの。そして、ある日、ダリオとジャンがオークの拠点の奥へ行こうと言い出したの……オークに囚われているかもしれない女性たちを救出しようって……みんな刺激に飢えていたから賛成したわ。あたしも危険を感じたらすぐに撤退することを条件に賛成したわ」

「逃げることはできなかったのですか?」

「ええ、背後に回り込まれてしまって……オークが叫び声を上げ始めたときに地下迷宮の入り口へ走るように指示したのだけれど、間に合わなかったわ……」


 僕たちが地下迷宮のオークの拠点を攻略したときも奥の曲がり角に居たオークが連鎖的に叫び声を上げていた。

 クリスタは、危険を察知して逃げようとしたようだ。

 その判断は流石だと思うが、逃げずに迷宮の角に陣取って時間を掛けてオークと戦えば殲滅できたかもしれない。オークを雑魚と感じるようなパーティなら可能性はあるだろう。

 また、冒険者は、モンスターを倒せば倒すほど成長していくので、戦っているうちに段々と有利になっていったはずだ。


 そのことを指摘したところで後の祭りなので、僕は話題を変えることにした。


「それで、これからどうされるおつもりですか?」

「そうね……とりあえずは、南のコボルト狩りにでも参加して糊口ここうしのぐしかないわね……」


 学園の冒険者パーティが課外授業で参加しているという南のコボルトを合同で狩るクエストに参加するということだろう。

 彼女のレベルならゴブリンの集団でもソロで狩れると思うが、北の街道警備は、パーティじゃないと受けられないのかもしれない。


「よかったら、冒険者パーティを紹介しましょうか?」


 僕は、アンジェラかマリエルのパーティにクリスタを入れて貰えないか頼んでみようと思った。


「え? でも……迷惑じゃないかしら?」

「大丈夫だと思いますよ。彼女たちも今回の課外授業で僕たちが助けた冒険者パーティですから」

「そう……じゃあ、お願いするわね」

「はい」


『組合』への報告を終えて戻ってきていたクリスティーナが僕の側に来る。


「話は終わった?」

「ええ」

「では、戻りましょう」

「クリス。月曜にまた逢おう」


 クラウスがそう言った。


「ええ、クラウス。またね」


 僕たちは、クラウスのパーティと別れて移動を開始した――。


 ◇ ◇ ◇


 僕たちのパーティは、『組合』から『プリティ・キャット』へと向かっていた。

 クリスタも一行に加わっている。


「主殿!」


 もう少しで『プリティ・キャット』へ到着するというところで、カチューシャが警告を発した。


『まさか、敵!?』


【戦闘モード】【レーダー】


 僕は、【戦闘モード】を起動して周囲を確認する。


【戦闘モード】を起動したのは、思考を加速するためだ。

 こんな街中に敵が現れるとは思えないが、もし、本当に敵だとしたら、もたもたしている間にいきなり攻撃されるかもしれない。

 視界に表示されたレーダーを確認すると100メートルほど先にある建物付近に青い光点が5つ確認できる。建物は、街道の左脇にある廃墟だ。

 単に冒険者パーティがその辺りで立ち話でもしているという可能性もある。


【ワイド・レーダー】


 念のため、【ワイド・レーダー】を起動する。

【ワイド・レーダー】は、【レーダー】の上位魔法なので、【レーダー】が解除され【ワイド・レーダー】に切り替わった。


『――――!?』


【レーダー】の範囲外の後方にも5つの青い光点と、更にその100メートルほど先にも青い光点が1つ表示されている。

 この辺りは、治安が悪いところから近いらしく、通行人を見たことがなかった。

 地下迷宮へ向かう冒険者も方向が違うため、こちらに来ることはない。

『プリティ・キャット』の客ならあり得るが、店は『組織』のゴロツキが騒動を起こしたせいで開店休業状態だった。

 ソフィアとその側近くらいしか通らないはずだ。

 しかし、こんな時間にソフィアたちが『プリティ・キャット』に来るとは思えない。

 もう陽が沈みかけている時間なので、逆方向に歩いてくるソフィアたちにばったり出会うという可能性はあるが、これから『プリティ・キャット』へ来る可能性は低いと思われた。


 後方の青い光点が敵だとしたら、振り向かないほうがいいだろう。

 相手の警戒レベルを引き上げるだけだからだ。


 僕は、静止した世界でそう判断した後、【戦闘モード】を解除する。

 減速しても良かったのだが、仮に敵だとしても僕とカチューシャが居ればこのパーティが負けるわけがない。

 というより、街中で冒険者に襲われるなんて普通に考えるとあり得ない話だ。

 しかし、『エドの街』でヤマモト家の部隊に襲われた経験があるので、絶対にないとは言い切れない。


『ローマの街』で僕たちを襲撃する可能性があるのは、僕のことを目障りに感じている商家の回し者だろう。

 そして、その手先となるのが『組織』の人間だと思われる。

 フェーベル家は、イザベラの件で僕に対して敵意を向けていた。

 しかし、『ローマの街』の組合長であるソフィアの怒りを買って、かなりのペナルティを受けたようなので、まだちょっかいを出してくるとは考えていなかった。

 これ以上、ソフィアの不興を買えば、フェーベル家自体が存続できなくなる可能性すらあるのだ。

 リスクが高過ぎるように思うが、僕が『ローマの街』について知っている情報は全体から見れば極僅かだった。

 仮にフェーベル家にソフィアを亡き者にすることができるくらいの戦力があれば、強硬手段に出る可能性もある。『組織』は、ダークエルフと繋がっているのだ。


『ニンフたちを使って調査しておくべきだったかな……?』


 今さら言っても仕方がないが、ニンフ1とニンフ2にフェーベル家を調査させるべきだったと僕は後悔した。


「カチューシャ様?」


 先頭を歩くクリスティーナが立ち止まって振り向いた。


「前方の建物の陰に冒険者のような刻印を刻んだ者が隠れておる……」

「どっかのパーティが物陰でヤッてるだけなんじゃねーのか?」

「まったく、カーラは、こんなときにもお下品ですわね」

「でもよ? 街中で他の冒険者パーティに襲われるとかあり得ないだろ?」

「確かにそうですわね……」

「貴様ら。もっと、緊張感を持て!」

「こんなところに冒険者が居るとは思えないわ。『組織』の人間かもしれないわよ?」

「念のため戦闘準備をして進みましょう」


 クリスティーナがそう言って、白い光に包まれて全身鎧の甲冑姿となった。

 それを見たパーティメンバーたちも次々と白い光に包まれて装備を換装する。

 学園で過ごしているいつもの装備から、僕が与えた装備に換装したのだ。

 仮に敵だとしたら、相手の強さが分からないため、より強力な装備を使うのは当然だろう。


【レビテート】


 僕は、【レビテート】を起動して3メートルほどの高さへ上昇した。

 カチューシャは、相変わらず僕の腕にしがみついている。


「カチューシャさん、離れてください」

「ふむ。仕方がないのぅ……」


 しぶしぶといった感じでカチューシャが腕を放した。

【レビテート】を起動したようで、空中に立って僕のすぐ隣に並んだ。


「主殿、妾も戦って良いかぇ?」

「ええ。もし、襲ってきたら、みんなを護ってください」

「相分かった。妾にお任せあれ」

「ユーイチ。もし『組織』の者だったら、情けを掛けずに殺さなきゃ駄目よ」


 アリシアが振り返り、僕を見上げてそう言った。


「どうして?」

「捕まえても、すぐに釈放されて、また悪さをするわ」


 ――街中で冒険者パーティを襲っても大した罪にはならないということだろうか?


 そういえば、『プリティ・キャット』で暴れた男は地下牢から逃亡したそうだ。

 しかし、その手引きをした職員の所属する商家は、ソフィアの怒りを買って潰されたという話だったはず。

 そのため、捕まえても逃げられることはないと思うが、刻印を施した人間なので何十年もの間、禁固されたとしてもいずれは釈放されるだろう。刻印体は、歳を取らないので捕まったときと同じ若さで釈放されるのだ。だが、長く拘束されることで、心を入れ替える可能性はあるのではないだろうか。

 また、この世界に死刑があるのかどうかは分からないが、僕たちのパーティを襲って戦いになったとしても死刑になるほどの罪になるのかどうかも分からない。


 僕たちが立ち止まったため、後方からの光点が近づいて来ている。

 一つ離れた光点だけは、一定の距離を保ったまま近づいて来ない。

 監視役なのだろうか? 僕たちの動きに合わせて停止したというのは凄く怪しい。


「もし、敵だったら、あたしにも戦わせて頂戴」


 クリスタがそう言った。


「ええ、お願いします」


 クリスティーナがそう言った後、再び寂れた街道を歩き始める。

 パーティメンバーが黙って後に続く。


 戦闘の可能性を感じてか、僕たちの周囲には緊張感が漂っていた――。


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