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 それから僕たちのパーティは、30分くらいで『ローマの街』の南門に到着した。


 南門近くの広場には、北門と同じように駅馬車の停留所があった。

 仮に目隠しをして連れて来られたら、この風景を見ただけでは、北門か南門か分からなかっただろう。

 北門と南門の周辺は、それくらいよく似ていた。


 僕は、着地して【フライ】の魔術をオフにした。

 飛行魔法を使っていると衆目を集めるからだ。


 ただでさえ、ゴスロリ美少女が腕にしがみついているのだ……。


「カチューシャさん、放してくださいよ」


 僕は、あまり目立ちたくないので、カチューシャに腕を放すよう頼んだ。


「主殿、それは命令かぇ?」

「いいえ、頼んでいるだけです」

「別に良いではありませぬか。それともわらわは邪魔ですか?」

「そういうわけじゃ……ただ、人目があるところではくっつかないで欲しいです」

「妾がはべっているところを他人ひとに見られるのは、お嫌ですか?」

「カチューシャさんだからというわけじゃないですよ?」

「あらあら、ユーイチくんは女性にくっつかれているところを見られるのが嫌なのかしら?」


 前を歩いていたグレースが振り返ってそう言った。


「嫌というか、恥ずかしいですよ……」

「まあっ、相変わらず可愛いですわ」

「ユーイチが何を言いたいのか分からないぜ。仲のいい男と女がくっつくのは当たり前のことだろ?」

「ユーイチは、気にしすぎですわ」


 レティシアが振り返ってそう言った。

 ちなみに彼女たちは、既に以前の装備に換装している。

 先ほど城壁沿いを走っている途中でパーティリーダーのクリスティーナがそう指示したのだ。


「ユーイチは、目立ちたくないのだろう。私も無遠慮な視線で不快になることがある」

「そりゃ、エルフは珍しいからな」

「あたしもそうだから分かるわ」


 アリシアがレリアに同意した。

 彼女は、剣闘士をやっていたため『ローマの街』の有名人なのだ。

 数少ない女性剣闘士の上、珍しい赤い髪をしているため特に目立つ存在だったのだろう。


 しかし、カチューシャは離れようとはしなかった。

 僕は、諦めてカチューシャの好きにさせることにした。


「じゃあ、ここで待っていて頂戴」


 そう言ってクリスティーナは、通行税を支払う窓口へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


「お待たせ」


 5分くらいでクリスティーナが戻ってきた。

 関所は混んでおり、ちょっとした行列ができていたため時間が掛かったようだ。


「待ちくたびれたぜ」

「あのくらいで何を言ってますの」


 カーラとレティシアが口論しながら『ローマの街』の城門に向かって歩き始める。

 グレース、アリシア、レリアが続き、僕もカチューシャを連れてその後を追う。


 警備の冒険者に促され、僕たちのパーティは、南門から『ローマの街』へ入った――。


 南門の中は、『エドの街』でもそうだったようにちょっとした宿場町のような感じで宿屋や飲食店が並んでおり、北門と同様に多くの人が行き交っていた。


「クリス!」


 人混みの中から、クリスティーナを呼ぶ声が聞こえた。


「クラウス?」


 レティシアがそう呟く。


 声がした右のほうを見ると学園長の甥のクラウス・バロワンがパーティメンバーと共に人混みの中をこちらへ向かって移動してくるのが見えた。


『もしかしてレティは、本当に……?』


 よくカーラからクラウスに気があるとからかわれているレティシアだが、同じパーティのメンバーでもないのに声を聴いただけでクラウスの声だと気付くということは、カーラが言っていることもあながち根拠の無いデマというわけではないのかもしれない。

 ちなみに刻印体でも【戦闘モード】を起動していない状態では、このような人混みの中でそれほど親しくない人の声を判別するのは難しい。


 クラウスは品行方正な性格でレティシアと相性が良さそうだし、外見もハンサムで背が高く、元の世界のハリウッド映画に出演している俳優のようだった。

 レティシアも女性としては大柄な部類ではあるが、清楚な雰囲気の凄い美人なのでクラウスとはお似合いだった。


『僕が二人の仲を引き裂いてしまったのかな……?』


 僕は、成り行きとはいえ、レティシアとかなり深い関係になってしまった。

 先のことは分からないが、僕がこの街に来なければ、レティシアとクラウスは結ばれていたかもしれない。

 二人とも刻印体なので子供を作ることはできないが、結婚していた可能性もある。


 僕が二人のことで罪悪感を感じていると、クリスティーナが立ち止まった。

 他のパーティメンバーも人混みの中で立ち止まる。

 僕たちは、『ローマの街』の『組合』に続く大通りに入る手前の南門広場に居るため、通行人の流れを遮ることはなかった。


 人混みを掻き分けてクラウスとそのパーティメンバーが僕たちの近くへやって来た。

 クラウスのパーティは、男性4人、女性2人の6人パーティだ。


 クラウスの左右に並んだ小柄な女性は、軽装戦士のアナ・ルーシェとベル・ルーシェだ。

 彼女たちは、僕より少し年下に見えた。実際の年齢は知らないが、外見年齢は15歳くらいに見える。

 アナとベルは、双子の姉妹でアナが姉だった。二人とも金髪でアナはショートカットでベルはツインテールと髪型が違うため、同じ双子のリッチ姉妹に比べると見分けやすい。

 また、彼女たちはクラウスの取り巻き的な存在でクラウスのことを「クラウスさま」と呼んでいた。

 僕にしがみつくカチューシャのようにべったりとクラウスにくっついてはいないが、教室ではいつも左右に並んでいる印象だ。


 クラウスたちの後ろに居る3人の男たちは、重装戦士のテオドール・ベルニ、回復系魔術師のマルコ・ボローニ、精霊系魔術師のマロ・ベーアだ。


 テオドールは、クラウスと同じくらいの年齢・体格で、身長は、180センチメートルくらいだと思われる。

 金髪の長い髪を首の後ろで束ねた髪型で性格はクラウスとは対照的にチャラチャラした女たらしという印象だった。

 僕は、クラスでは他のパーティの冒険者からハブられているので、クラスメイトについてそれほど詳しいわけではないが、他のパーティの女性冒険者に声を掛けて口説いているところを何度か見掛けたことがある。

 その光景を見たレティシアが眉をひそめていたのが印象的だった。

 しかし、カーラによると、僕が入学する前にもこのパーティの女性には声を掛けてこなかったらしい。

 テオドールはカーラやグレースのように刹那的な肉体関係を望んでいるのではなく、恋愛を楽しむタイプだからだろうとのことだった。

 また、クリスティーナやレティシア、レリアは、テオドールのようなナンパ男が嫌いなので、最初から声を掛けてこないということのようだ。

 あくまでもカーラの分析だが、彼女は意外と鋭いところがあるので、納得が行く説だった。


 回復系魔術師のマルコもクラウスたちと同じくらいの外見年齢、つまり僕より少し年上の10代後半くらいだが、身長は僕と同じくらいで、この辺り出身の男性にしては小柄だった。黒髪だが、日本人の僕とは違い、彫の深い西洋人だ。

 性格は、真面目そうでクラウスよりも堅苦しい雰囲気だった。


 精霊系魔術師のマロは、クラウスのパーティメンバーの中では外見年齢が一番高く、二十代半ばくらいに見える。

 身長は、僕よりも少し高く、175センチメートル前後だと思われた。

 無口な性格で教室でも喋っているところを見たことがない。

 僕は、イザベラのパーティメンバーだったエドガーを彷彿した。


 クラウスのパーティは、アナとベルの双子姉妹以外に血縁はなく、クリスティーナ、レティシア、カーラ、グレースのように親戚同士で構成されているわけではないようだ。

 クラウスは、学園長の甥だが、バロワン家はそれほど大きな商家ではないためだろう。

 何人もの子弟を学園に入学させられるほどの財力が無いということだ。


 その割にカチューシャをパーティに入れて、もう一年分の学費をどうやって払おうとしたのかが謎だった。

 1万ゴールドは大金なので、学園の冒険者には短期間に稼ぐことはできないだろう。

 しかも、6人分の学費を稼がないといけないのだ。

 6人パーティでゴブリンを狩って稼ぐとしたら何万体も倒す必要がある。

 ゴブリン1体を6人パーティで倒しても、一人当たり約0.3ゴールド、つまり銀貨3枚程度しか入手できないためだ。


 ――もしかすると、学園長と裏で取引したのだろうか?


 学園の生徒として強すぎる僕たちは学園側から見ると懸念材料なのだ。


「やあ、クリス。偶然だね」

「ええ、あなたたちも今帰り?」

「ああ、半時間くらい前に着いて、そこの店で休んでたんだ」

「そう……」


 クリスティーナとクラウスが世間話を始めた。

 前を見るとカーラとレティシアがヒソヒソ話をしていた。

 どうやら、カーラにからかわれたレティシアがカーラに文句を言っているようだ。


「今回は、君たちもコボルトを狩っていたんだね。カチューシャさんのためかな?」


 クラウスは、爽やかな笑顔でクリスティーナにそう言った。


「いいえ、クラウス。わたくしたちは、地下迷宮を攻略していたのよ」

「な、なんだって!?」


 ――ざわっ……


 クラウスのパーティメンバーたちは驚いたようだ。

 それは当然だろう。学園に通う低レベルな冒険者が地下迷宮へ挑むことなどあり得ないからだ。

 また、どのパーティが何処へ課外授業に行くかは、基本的に他のパーティに知らされることはない。

 別に秘密というわけではないので、仲の良いパーティ同士では情報交換をしていることはあるだろうが、僕たちのパーティはクラスで浮いているので、他のパーティとの交流がないのだ。

 以前は、カーラやグレースがフェデリコのパーティの部屋に遊びに行ったりしていたようだが、今では声も掛けられなくなったようだ。カーラによれば、僕のせいらしい。


「時間が勿体ないから歩きながら話しましょう」


 クリスティーナがそう言って、街道を北へ向かって歩きだす。


「あ、ああ……」


 クラウスも慌てて、その後を追う。


 他のパーティメンバーたちもパーティリーダーの後に続いた。


 僕も左腕にしがみつくカチューシャを連れて最後尾を歩き始めた――。


 ◇ ◇ ◇


「嘘だろ!?」


 クラウスのパーティメンバーのテオドールが大きな声でそう言った。


「えー! 信じられなーい!」

「ありえなーい!」


 アナとベルもテオドールに続いてそう言った。

 クリスティーナがここ数日の出来事を掻い摘んでクラウスたちに話したのだ。


「テオ、失礼ですよ」

「アナとベルもな」


 マルコとクラウスがパーティメンバーの態度を注意した。


「でも、クラウスさまぁ……」


 ツインテールのベルがクラウスに甘えた声でそう言った。


「クリス、何か証拠はあるのかい?」

「別に信じてもらう必要はないわ」


 ここで『ロッジ』を召喚してアンジェラやマリエルに引き合わせることもできるが、クリスティーナはクラウスのパーティメンバーに信じてもらう必要はないと考えているようだ。

 確かに彼らの好奇心を満足させるためにそこまでする必要はないのかもしれない。


「信じるよ。クリスは嘘を吐くような人ではないからね」


 クラウスが爽やかにそう言った。


「なぁ? クラウスはクリスが好きなのか?」


 カーラがクラウスにそう訊いた。

 かなり直球な質問だ。


「なっ、何を言っているのだ! 君は!?」

「そんなぁ!? 嘘ですよね? クラウスさまぁ!?」

「嘘だと言ってください!?」


 クラウスが空気を読まないカーラを責め、アナとベルはクラウスに懇願した。


「そうやって、ムキになるところが怪しいんだよな」

「クリスのことは、同じパーティリーダーとして尊敬しているだけだ」

「ふぅん……ホントかねぇ? まぁ、でも、レティ。良かったじゃんか?」

「なっ、何を言っていますの!?」

「レティは、クラウスに気があんだろ?」

「だから、無いと言ってるでしょう? わたくしは、ユーイチのことが好きなのです!」

「へぇー? この間まで弟みたいと言ってた癖に……まぁ、アレを知っちまったら虜になるのも分かるけどな……」

「カーラこそ、クラウスに気があるのではなくて? 前にクラウスが部屋に来ていたときに誘っていたでしょう?」

「あー、あれは童貞のクラウスを男にしてやろうかと思っただけだぜ?」

「キーッ! この淫乱女! クラウスさまを誘惑するなんて許せない!?」


 ベルがカーラに掴み掛かった。


「おっ、何だ? やろうってのか?」

「ベル! 本気にするな!」


 クラウスがベルを止めた。


「そうそう、カーラはそういう女なんだからさ」

「おい、テオ。そういう女って、どういう意味だよ?」


 テオドールの言葉にカーラが反応する。


「淫乱女!」


 アナがカーラにそう言った。


「ハッ、童貞の取り巻きはこれだから……」


 カーラが馬鹿にしたようにそう言った。


「何ですって!!」


 アナが馬鹿にされて激昂げきこうした。


「でも、カーラには、否定することができませんわね」


 レティシアが話を戻した。


「んだと? オレも今はユーイチ一筋なんだぜ?」

「全く……虫がいいですわね」

「レティこそ、ちょっとユーイチといい仲になったら、弟から恋人に格上げしてるじゃねぇか?」

「べっ、別にユーイチのことは弟のように可愛いと言っていただけですわ。それから関係が進展したのですから、何もおかしくはありませんわ」

「騒々しいのぅ……貴様たちは、ちょっと主殿にお情けを戴いただけで舞い上がり過ぎじゃ」

「「――――!?」」


 カチューシャの言葉にカーラとレティシアが黙り込んだ。

 二人とも恥ずかしそうに俯いている。

 レティシアはともかく、カーラまでこんな反応をするとは思わなかった。


「カチューシャさん、別に僕は二人とそんな関係ではありませんよ?」

「フッ……主殿らしいのぅ……」

「ああん、あんなことまでしておいて、それはないですわぁ」


 今まで黙っていたグレースがそう言った。


「ユーイチ……貴様は……」

「ふぅ……ユーイチの感覚って、よく分からないわね……」


 レリアとアリシアが会話に参加した。


「ユーイチらしくていいじゃない」


 クリスティーナがそうまとめた。


「ちょっと、待ってくださいよ!? あのときのことは、僕の意志じゃなくて、彼女たちが無理矢理……」


 浜辺でパーティメンバーたちとマットの上でまぐわったのは事実だが、僕からしてみればアンジェラとマリエルのパーティメンバーたちに強要された出来事だった。


「ユーイチ、責任を取っていただかないと怒りますわよ?」


 レティシアがそう言った。


「責任と言われても……」

「心配しなくてもわたくしだけを見ろとは言いません。ですが、わたくしも貴方の特別な存在として扱ってください」

「「おおーっ!」」


 クラウスのパーティメンバーたちから歓声が上がる。


「もう! 何ですの!?」


 レティシアがそう言った。

 冷やかされたと感じたのだろう。


「イトウ君、君は一体何者なんだい?」


 クラウスがそう質問してきた。


「と言われても……」


 しかし、質問が抽象的過ぎて答えようがない。


「小僧、貴様と主殿では器が違うのじゃ……」


 カチューシャがクラウスに向かってそう言った。

 しかし、一般的に見れば僕よりもクラウスのほうが、男としてずっと上だと思う。

 100人の女性に僕とクラウスのどちらが好みか質問したら、100人ともクラウスを選ぶだろう。


「カチューシャさん、僕はそんな大した人間ではありませんよ。成り行きで強くなりましたが、全てフェリアのおかげなんですから……」

「ふふっ、主殿は謙虚じゃのぅ……じゃが、謙遜も度が過ぎると嫌味になるぞぇ?」

「そうだぜ? クラウスたちが嫉妬で狂っちまうぞ?」

「ユーイチくんは、本気で言っているのですわ」

「ユーイチ。どうして貴方は、それ程の力を持っているのに自信が持てないのかしら?」

「……本当に僕は、そんなに大した人間じゃないんです……」

「……じゃあ、あとで貴方に自信をつけさせてあげるわ……」


 妖しい笑みを浮かべてクリスティーナがそう言った。


 そして、そんな話をしている間に僕たちは『ローマの街』の『組合』に到着した――。


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