11―36

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 あれから、5日が経過していた――。


「ハァハァハァハァハァ……」

「マリエル、可愛かったですわ」


 ――チュッ……


 シンシアは、そう言って毛布の上に裸で寝ているマリエルにキスをした。


「…………」


 マリエルは、頬を染めて横を向く。

 そういった仕草がシンシアには、たまらなく愛おしく思えた。


 エルフの中には、人間を野蛮な種族と見下す者も多いが、シンシアは人間が好きだった。

 確かに人間は、エルフに比べ愚かな一面を持っているが、シンシアは、人間がエルフよりも革新的で想像力が豊かな種族だと思っている。エルフに比べ多様な文化を持っているのがその証拠と言えるだろう。エルフは、多くが保守的で現状を変えようとしないのだ。


「マリエルもすっかりハマっちまったようだな」

「意外でしたわ」

「そうね」


 焚き火の向こう側からドミニクとアミエ姉妹がそう言った。


「…………」


 マリエルは、彼女たちの言葉を聞き流しているようだ。


 シンシアは、背中に羽織った毛布を押さえながら起きあがった。

 彼女たちは、全員が裸の上に毛布を羽織っている状態だった。

 ここは寒いので、肌を重ねることで暖を取っているということもあり、裸のほうが何かと都合が良かったのだ。


 無言でマリエルが上半身を起こした。

 そして、魔法の袋マジックバッグからタオルを取り出して、身体を拭き始める。

 シンシアも【エアプロテクション】を発動して身体に付着した汗や体液を消し去った。


 周囲を見ると、毛布を羽織ったモニカが本を読んでいる。

 モニカに頼まれてシンシアが【商取引】で買ったものだ。

 アンデッド・モンスターについて記された書物だった。


「マリエル、ずっとこんな生活を続けるおつもりですの?」

「仕方がないだろう……他にどうすればいいと言うのだ?」


 数日前、彼女たちは落とし穴を逆行して脱出できないかどうか試してみた。

 モニカが天井のシャッターをこじ開けようとこころみたが、反対側からは開けることができない構造になっているようだ。

 仮に苦労して開けることができたとしてもシャッターは100枚くらいあるのだ。

 そのため、落とし穴を逆行するというプランは現実的ではないという結論に達した。


「お金はどうしますの?」

「我々の手持ちの魔法通貨でどれくらい持つ?」

「食料だけならそれほど心配は要りませんわ。しかし、食べて寝るだけの生活を何百年も続けられますの?」

「…………」

「でもよ、お金を増やすったって、どうするんだよ?」


 ドミニクが口を挟んだ。


「スケルトンを狩る……」

「それは危険です」

「そうですわ」


 モニカの発言にアミエ姉妹が反対した。


「作戦を立ててみては如何でしょう?」

「全て倒す必要はない……」

「そうか!? 少しずつ倒して金を稼げばいいんだな?」

「リスクが高すぎる!」


 マリエルが反対した。


「作戦は練ってみるべき……」

「そうだぜ。やるかどうかはともかく、考えてみようぜ」

「シンシアには、何か案があるのか?」


 マリエルがシンシアにそう聞いた。


「案というほどのものではありませんが、スケルトンについて検証してみるべきだと思いますわ」

「例えば?」

「まず、確認したいのは、スケルトンがこの通路の中に入ってくるのかどうかですわ」

「それは重要……」

「だな」

「しかし、入ってくるとしたら全滅するぞ?」

「そうでしょうか? オーク・ウォーリア程度のモンスターでしたら、時間を掛ければ殲滅することができると思いますわ」

「――――!? そうか! 入り口の扉のところで戦えば、一度に相手をしなければいけないスケルトンの数が減る……」

「オーク・アーチャーは、どうするの? あの数の矢は脅威よ」

「考えてみたのですが、【ストーンウォール】を空中に設置すれば射線を切ることができると思いますわ」

「しかし、【ストーンウォール】は、攻撃を受け続けると消滅してしまうのだろう?」

「ええ、そこが問題なのですわ……ですが射線の通らない場所には攻撃しない可能性もありますわ」

「それに賭けるしかねぇってことか……」

「いえ、扉はそれほど高くはありませんから、【ストーンウォール】が駄目でも扉の内部で戦えばいいですわ」

「そうなると、逃げ場が無くなるというわけだな?」

「背水の陣……」

「おもしれぇじゃねぇか……」

「ドミニク、もっと慎重に行動すべきよ」

「そうですわ」


 軽率な発言をするドミニクをアミエ姉妹がたしなめた。


「何だよ? おまえらは一生ここで女同士、乳繰り合っていたいのか?」

「そっ、そんなこと言っておりませんわっ!」

「ジョゼ、落ち着きなさい」

「お姉様……」

「どうする……? リーダー……?」


 モニカがマリエルに問いかけた。

 判断は、このパーティのリーダーであるマリエルに任せるということだろう。


「…………」

「どうすんだよ?」


 思い詰めた顔で黙り込んでいるマリエルにドミニクがそう問いかける。


「……やってみよう……」

「本気ですの?」

「危険よ!?」

「危険は承知の上だ……しかし、ここに居ても事態は好転しないだろう」

「ですが、もう少し慎重に考えてからでも……」

「無理はしない……まず、スケルトン共の情報を収集する」

「差し当たっては、スケルトンが扉のこちら側まで追って来るかどうかですわね」

「その前に攻撃したスケルトンが扉を閉めても諦めないか確認すべき……」

「確かにそうですわね」

「では、各自準備を開始しろ!」

「「はいっ!」」


 パーティメンバーたちは、裸で立ち上がり白い光に包まれて装備を身に着けていく。

 シンシアもマジックアイテムの毛布を【大刻印】に戻して、戦闘用の装備に換装した。

【ウィル・オー・ウィスプ】を召喚してから、キャンプセットを戻す。

 マリエル、ドミニク、ローラの頭上に【ライト】の光源が設置された。

 シンシアが召喚した【ウィル・オー・ウィスプ】の光と合わさり、周囲が明るくなる。


「まずは、扉のところまで行くぞ」

「ああ」

「はいですわ」

「分かった……」

「分かりましたわ」

「大丈夫かしら……?」


 先日、スケルトンの矢で射殺いころされたローラは、あまり乗り気ではないようだ。


「いい加減、覚悟を決めろや」

「分かっています」


 ドミニクの言葉にローラがそう答えた。


「行くぞ」


 そう言って、マリエルが通路の奥へ向かって歩き出す。


 シンシアは、パーティメンバーと共にその後に続いた――。


 ◇ ◇ ◇


「モニカ、周囲に敵は?」

「何も居ない……」

「よし、扉を開くぞ」

「オーケー」


 マリエルとドミニクが扉を左右から押す。


 ――ガガッ、ゴゴゴゴゴゴゴ……


 音を立てて扉が開いていく。


「モニカとジョゼは、扉を片方ずつ閉まらないように保持していてくれ」

「分かった……」

「分かりましたわ」


 モニカとジョゼットが開いた扉へ向かう。

 そして、それぞれ左右に分かれて扉を保持した。


 解放されたマリエルとドミニクが開いた扉の中央付近へ移動する。


「よし! シンシア、扉の左右に【ストーンウォール】を設置してくれ」

「分かりましたわ」


 シンシアは、扉の向こうの広い空間に【ストーンウォール】を設置する。

 モニカが保持している左側の扉付近に手前から奥に向かって高さ3メートル、奥行き5メートルくらいの石の壁が現れた。


 数分が経過し、【ストーンウォール】を再詠唱できるようになったので、シンシアは、反対側にも【ストーンウォール】を設置した。

 両側に設置するのは、一度に相手をするスケルトンの数を限定するためだ。


 更に数分後、シンシアは、【ストーンウォール】をスケルトン・アーチャーが放つ矢を遮るよう空中に設置した。

 入り口の両側から平行に設置された二枚の【ストーンウォール】の奥に床から2メートルくらいの高さに石の壁が浮かんでいる。


「モニカ、ローラ、ジョゼは、これを飲んでおいてください」


 シンシアは、【商取引】のスキルで購入した『魔力回復薬』をモニカ、ローラ、ジョゼットに『トレード』で渡した。


「ありがと……」

「ありがとう、シンシア」

「ありがとうございますわ」


 そして、自分の分を取り出して飲む。

 さっぱりとした甘さの魔法薬が口の中へ入ってくる。

 シンシアは、このポーションの味が好きだった。

 一本100ゴールドと安くないので、滅多に飲む機会がないのだが。


「準備は終わったか?」


 マリエルがパーティメンバーに問いかけた。


「ああ、バッチリだぜ」

わたしは問題ない……」

わたくしもいいわ」

わたくしもですわ」

「シンシア、どうだ?」

「魔力は、8割ほど残っておりますわ」

「では、スケルトンを釣り出してくれ」

「分かりましたわ」

「他の者は、矢に注意しろ」

「「はいっ!」」


 シンシアは、【ウインドブーツ】と【ウインドバリア】を起動して奥へ移動を開始した。

【ウィル・オー・ウィスプ】は、頭上あたりに追従させているので視界に問題はない。

【ウインドブーツ】で滑走しながら移動しているが、速度は全速の半分くらいに抑えていた。

 それでも魔力系魔術の【フライ】の全速力と同じくらいの速度が出ているはずだ。


 数百メートル移動すると空中から無数の矢がシンシアに向けて降ってきた。

 その光景を見てシンシアは、ゾクリと背筋に冷たいものが走ったが、矢は見えない風にあおられたように彼女を避けて床に落ちていく。

 カンカンと矢が床に当たる音が周囲に響き渡る。この光景は、『アスタナの街』に滞在したときに降ったひょうに何となく似ているとシンシアは思った。


 そのまま、前進していくと【ウィル・オー・ウィスプ】の光に照らされたスケルトンが見えてきた。

【ファイアストーム】の魔術を起動する。


 ――シュボボゴゴォオオオーーー!!


 射程圏まで近づいてから【ファイアストーム】を放った。

 スケルトンは密集しているので、かなりの数を巻き込んだが、1体も倒せてはいない。

 しかし、これは当然の結果だった。


 精霊系レベル5の魔術である【ファイアストーム】とはいえ、今のシンシアでは、コボルトも一撃で倒すことはできないだろう。

 そもそも、広範囲攻撃魔法は威力が拡散されるため、ダメージはそれほど高くないのだ。

 一撃の威力では、【ファイアボール】のほうが高いと思われる。


 シンシアは、【ファイアストーム】を放った直後に反転離脱した。

 速度を上げて扉へ向かって滑走する。


 暗闇の中、遠方に5つの光が見える。

 マリエル、ドミニク、ローラの頭上と扉の上の壁に2箇所、【ライト】の光源が設置してあるのだ。


 シンシアは、扉に近づいたので減速した。

 そして、前衛の3人の後ろへ移動してから停止して【ウインドブーツ】と【ウインドバリア】を解除する。


「首尾は?」


 マリエルがシンシアに話しかけた。


「【ファイアストーム】で攻撃しておきましたわ」

「うむ。それは見た」


【ファイアストーム】の効果範囲は、直径が10メートルくらいあるのでここからでも発動が確認できたようだ。


「どうだ? 来てるか?」

「近づいてきてる……」


 ドミニクの問いにモニカが答えた。

 彼女は、魔力系魔術の【ナイトサイト】を使っているので光が届かない暗闇でも見通すことができる。


「これだけ引き離されても追ってくるか……」


 マリエルがそう呟いた。


「どうしますの?」


 ジョゼットが質問した。


「まずは、扉を閉めて奥に戻る」

「分かりましたわ」

「分かった……」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 ジョゼットとモニカが扉を引いて閉めていく。

 シンシアたちは、扉の中へ移動した。


「あ……」


 扉を閉めきったモニカが呟いた。


「どうした?」

退いていく……」

「なんだと!?」

「つまり、この扉を閉めるとスケルトンは戻っていくということですわね」

「シンシアの言う通りだと思う……」

「それじゃ、楽勝じゃねーか?」

「かなり安全になったのは確かね」

「良かったですわ」


 マリエルが扉に向き直った。


「よし、では、スケルトンを狩るぞ!」

「「はいっ!」」


 ――ガガッ、ゴゴゴゴゴゴゴ……


 ジョゼットとモニカが扉を開いていった――。


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